離れから部屋に戻って、私は改めてスマートフォンで芸術アート連続殺人事件の記事を読み返した。

 事件の始まりは、ネットの記事であったように、猫の死体だ。

 離れにあった、十二枚の左手の薬指がないセーラー服の少女の絵。

 その通りに殺すために、実験というか、練習を猫でしたんだと思う。


 二人目の被害者・林夢姫ぷりんさんに使われた花やリボンが、猫の死体で作られたものとよく似ている。

 それと、気がついたのだけどこれまでの被害者の顔は、みんな似たような系統で……猫に似ているの。

 目尻が上向きで、黒目が大きくて丸い目。

 鼻と口が小さくて、顎が細くて輪郭がシャープ。

 みんな猫のような顔つきで、美人といえる容姿をしている。


「それにしても……夢姫ぷりんって…………」


 私のクラスにもそんな読み方するんだって名前の人はたくさんいるけど、ここまでじゃないな……


 こんな、どちらかといえばペットにつけるような名前。

 キラキラネーム。

 この共通点も、やっぱりあるのかもしれない。


「ココ……」


 大人しく眠っているココ。

 偶然にも隼人のお姉さんと同じ名前だった。

 隼人のお姉さんの写真ももちろんすでにネットに上がっていて、確かに隼人が言っていた通り、目は違うけど、他は隼人に似ている。

 お姉さんと隼人はお父さんが違うから目元は違うけど、鼻や口元、輪郭はきっとお母さんに似ているんだと思う。


 私とお姉ちゃんみたいに、似ているところが一つもない顔とは違って、姉弟と言われば、確かにそうだなって思える程度だ。


「……希星きてぃさんの三角ネクタイ————」


 これを持って、今すぐ警察に駆け込もうか。

 裏庭に落ちていたって。

 グレーのセーラー服も見たんだって。


 きっと、染み付いているこの血を調べたら、希星きてぃさんのものだって証明される。

 警察は、何一つ手がかりがなくて捜査に行き詰まっているらしい。

 遺体はセーラー服だけじゃなくて、死後に下着まで新しいものに替えられていて、体についた汚れも拭き取られているんだとか。


 どこで殺されたとか、そういうわずかな手がかりもほとんどないらしい。

 司法解剖をしても、胃の内容物やわずかに付着した繊維だけじゃ、犯人まで繋がらない。

 それに、みんな遺体発見の数日前から行方不明になっている。


 行方不明になってから、遺体で発見されるまでの間、どこで何をしていたのか……せめてそれだけでもわかれば…………ということだったけど、町中の防犯カメラを探しても、犯人と思われる人物と接触しているのは見つかっていないのだとか。


「あ……」


 その時、私はつい数分前に更新されたばかりの記事に動画を見つける。

 再生ボタンをタップすると、視聴したユーザーのコメントが次々と流れてきた。


【これ、今回の被害者じゃない?】

【この男が犯人?】

【え、これ本物!?】


 それはドライブレコーダーの映像。

 隼人のお姉さんらしき女の人が、白いマスクに黒い帽子を被った男の人に抱えられ、車に乗せらている。

 お姉さんは気を失っているみたいで、ぐったりしていて、体に力が入っていない。

 腕が重力に引っ張られて、だらんと垂れ下がった。


 この映像は、路上駐車していた車の所有者が、後日、当て逃げをされていることに気づいて、その瞬間を確認している時に偶然見つけたらしい。

 日付は12月25日午前1時22分。


 警察はこの映像を元に、容疑者を探し始めている。

 犯人は男。


「男……か」


 二階堂家に出入りしている、男の誰かが犯人?

 でも、何度か映像を見直したけど、ほとんど顔が見えない。

 この映像だけで誰か特定するのは難しかった。


「葉月、何してるの?」

「お、お姉ちゃん……!?」


 映像を見るのに集中していた私の目の前に、いつの間にかお姉ちゃんがいた。

 私は驚きすぎて、手にしていたスマートフォンを床に落としてしまう。


「あらら、そんなに驚かなくても……何度もノックしたのよ?」

「ごめん……全然気づかなかった」


 お姉ちゃんは落ちたスマートフォンを拾い、私に渡そうとした。

 でも、その時、画面を見られてしまう。


「これ……なんの動画? 映画とか?」

「違うわ。アート連続殺人事件。犯人が映ったドライブレコーダーの映像だって」

「ああ、今話題の。え、なに? それじゃぁ、犯人の顔がばっちり映ってるの?」

「いや……そういうわけじゃ……」


 私は映像を最初からお姉ちゃんに見せた。


「うーん……これじゃぁ、まるで誰だかわからないじゃない。もっとはっきり犯人が映ってるのかと思った」


 お姉ちゃんは眉間にシワを寄せる。


「隼人くんのお姉さんが被害にあったんでしょう? 早く犯人が見つかればいいけど……これだけじゃ、ねぇ?」


 お姉ちゃんはスマートフォンから視線を私に移した。

 その時の目が、私には猫に似ている気がした。

 よく考えたら、お姉ちゃんも被害者たちと同じく猫のような顔をしている。

 他の被害者とは比べ物にはならないほどの美人だけど、顔の系統は同じだ。


 犯人が二階堂家に出入りしている男なら、お姉ちゃんも狙われるかもしれない……

 そんな考えが頭をよぎって、胸が騒ついた。


 もし、お姉ちゃんが殺されたら、私はどうなる?

 二階堂家はどうなる?


 お母さんもお父さんも、お祖父様も、みんな私を必要とはしていない。

 でも、唯一、私をたった一人の大事な妹だと思ってくれているお姉ちゃんが殺されたら……————


「あのね、お姉ちゃん……」


 そうだよ。

 結局、いつも私の話をちゃんと聞いてくれるのは、お姉ちゃんしかいないじゃない。

 影山先生のことで、私は勝手にお姉ちゃんを最近少し避けていたけど、この家で、お姉ちゃんだけはいつだって私の味方なんだから……————

 日吉さんみたいに、私の言うことを頭から否定したりなんて、絶対しない。


「私、犯人は、二階堂家に出入りしていると思うの」


 私は、お姉ちゃんに全部話した。

 焼却炉で見たグレーのセーラー服のこと、拾った三角ネクタイのこと、あの離れにある絵のこと。

 全部、全部、何もかもお姉ちゃんに話した。




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