「水仙、オンシジュウム……」


 隼人のお姉さん————篠田娘々ここさんの発見直後の動画の切り抜き画像と一緒に、今回の芸術アート殺人で使われた花の種類や花言葉が添えられた記事が出回っていた。

 毎回、使われた花の花言葉を事件と結びつけたりして、込められたメッセージを考察する人がネット上にいて、その人の書いた記事からプロフィールに飛ぶと、これまでの遺体で使われた全ての花と花言葉が書かれているのを見つけた。

 そのどれもが、離れにあったこの油絵と一致している事に気がつくには、そう時間はかからなかった。


 被害者は六人。

 該当する絵も六枚あって、この他にも左手の薬指がないセーラー服の少女が中央に描かれ、周りに花や手首や首にリボンが装飾されているものが六枚あった。


「これ……全部同じ……————」


 棚に並んでいた絵を何度も確認したけど、左手の薬指がないセーラー服の少女の絵は、全部で十二枚。

 今日までに六人の被害者が、この絵と同じ状態で殺されている。

 ここにあるのが本当に全てなら、あと六人。

 あと六人、殺される。


「同じ……? 何がです?」

「何がって、アート殺人連続事件よ!! 隼人のお姉さんが被害にあった!!」


 日吉さんはココを抱いたまま、無表情で私を見つめる。

 世間を騒がせている猟奇的殺人犯の犯行と全く同じ絵を見ても、1ミリも動揺しているようには見えなかった。

 殺人犯につながる証拠が、この二階堂家にあるっていうのに、日吉さんは何一つ表情を変えない。


「それが……どうかしたんですか?」

「どうかって……!! 殺人犯がしてることは、明らかにこの絵と同じこと————絵を再現してるとしか思えないじゃない! 違う!?」


 私は怖かった。

 恐怖で、変に興奮して声を荒げてしまった。

 それでも、日吉さんは————


「そんなの、ただの偶然ですよ。葉月お嬢様、少しお休みになられたらいかがです?」

「え……? 何言ってるの?」

「きっと受験勉強と子猫の世話でお疲れなんですよ。だから、そんなおかしな事をおっしゃるんです」


 私の考えを頭から否定した。


「ご学友の身内が事件にあわれたことで、そのような考えに至ってしまっているんですよ。冷静になってよくお考えください。この二階堂家の離れにある絵を、どうやってその殺人犯が知るんです? この離れはもう何年も誰も使っていませんし、部屋には常に鍵がかかっています。いくらお屋敷が広いとはいえ、警備の者もいますし、監視カメラもついています。そんな中、どうやって犯人がこの離れにある絵を知ることができるんですか?」

「そ、そんなの……犯人が二階堂家に出入りしている人の中にいるって……————そういうことでしょう!?」

「ありえません」


 日吉さんは否定する。

 私の言葉を全部否定する。


「離れとはいえ、ここは二階堂家ですよ。戦前——……いえ、もっと前、古くは幕末から続く名医の家系です。由緒ある二階堂家です。この二階堂家に、そんな不届きな人間が出入りできると思いますか? ここで働くものは、皆、徹底的に調査されます。家族や親族、近しい関係者に犯罪者や前科者がいないか、家の財政状況も、ありとあらゆることすべて。代替わりはしましたが、メイドも執事もほとんどの使用人が幼い頃から二階堂家に仕えているんです。親の代、そのもっと前からの者もおります。その二階堂家に出入りしている人間の中に、殺人だなんて、そんな恐ろしいことをする人がいるわけがありません」


 日吉さんは、表情一つ変えなかった。

 いつもの口調で、冷静に淡々と事実を言って、否定した。


「ただの偶然です」


 私は、それ以上何も言えなかった。

 何を言っても、無駄だとわかった。


 確かに私は疲れている。

 受験勉強に、影山先生とお姉ちゃんとのこと、それに走り回るココの世話も可愛いと思うけど大変だ。

 それに、隼人のお姉さん……同級生のお姉さんが殺されたショッキングな出来事。


 焼却炉にあったグレーのセーラー服は、灰になってしまった今、何かの見間違いだったと言われれば証拠がないから否定できない。

 山下と刺繍が入った赤い三角ネクタイだって、薄い生地だから風に乗って飛んできて、たまたま二階堂家の裏庭に落ちていただけかも知れない。


 日吉さんには、このことは話せない。

 メイド長————……この家で起きた出来事の、その全てを誰よりも把握している日吉さんが、二階堂家に出入りしている人間が犯人だなんて、私が何を見て、何を持っていると言っても信じてはくれない。

 ————というより、絶対に認めないんだ。


 日吉さんがその可能性を認めてしまったら、日吉さんが代々守ってきた二階堂家の名前に傷がつく。

 犯人が二階堂家に関わりのある人間だって、認めたくないんだ。


「……わかったわ。もういい。その代わり、一つ、教えて」

「なんでしょう?」

「あなたは、犯人を知らないのよね?」

「……ですから、犯人も何も、二階堂家に出入りしている者に、そのような者はおりません」

「そうね。日吉さんは、二階堂家のことならなんでも知っているものね」

「ええ、左様でございます。それが、メイド長として当然のことですから」

「じゃぁ、私が今日、離れに入ることを知っている人間を教えてくれる?」

「…………」


 日吉さんは少しだけ驚いたように目を見開いたけど、すぐに元の顔に戻って言った。


「私に葉月お嬢様が離れをご覧になりたがっていると伝えに来た柴田。それから、レオン。掃除のために今日のパーティーの責任者を交代しましたので、その際に……。あとは、若奥様です」

「お母さんも?」

「ええ、ここは若奥様が一時期、歌の練習室として使っていましたので……若奥様から鍵をお借りしました」





(2 Coco 了)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る