「————レオン、悪いけど明日の新年パーティ、あなたに任せていいかしら?」

「ええ、別に構いませんけど……どうかしました?」

「葉月お嬢様が、離れに入りたいと言っていてね。あそこはしばらく誰も使っていないから、掃除をした方がいいかと思って」


 大晦日の夕方、レオンは突然部屋に訪ねて来た薫に頼まれパーティーの責任者を交代した。

 これは別に、初めてのことではない。

 長く二階堂家に仕えていれば、執事であるレオンがその場を取り仕切ることも普通にある。

 レオンは一応、美月付きの執事ではあるが、今は冬休みで美月も家にいるし、新年会は病院関係者との交流を深める場でもある。

 将来、この二階堂家を継ぐ美月にとって大事な場なのだ。


「葉月お嬢様が……?」


 そういえば、数日前もあの離れの近くで葉月を見たなと思い出したレオン。

 あの時は焼却炉を眺めているように見えたが、今度は離れ。

 受験勉強の気晴らし……にしては、あの離れに興味を持つ葉月に少し違和感を感じていた。


「確かにあそこはしばらく誰も使っていませんね。でも、僕が年に何度か掃除をしているので、そこまで汚れてはいないかと……」

「そうね。でも、最後にしたのは二ヶ月前でしょう?」

「————よく知ってますね。さすが、日吉さんだ」

「当然よ。この家で起きたことは、すべて把握しておくのが、メイド長としての役目なのだから」


 口では薫を褒めていたが、レオンはいつもあまり表情を変えない薫に少しだけ恐怖を感じている。

 この家で起きたことすべて————ということは、レオンの抱えている秘密も知られているのではないかと思えてしまうからだ。


「……まったく、恐ろしい女だ。どこまで知ってるんだか……」


 薫が去った後、レオンはそう呟きながら薫に渡されたパーティーの参加者リストをタブレット端末で確認する。

 左手の白手袋を外し、画面をスライドしていると参加者の中には昔からよく知っている権威ある大学の教授や医師、医療機器メーカーの社長など大物の名前が並んでいる。

 おそらくこの中大物たちの身内に将来、美月と結婚し、二階堂家の婿になる男がいる。


 去年は、「是非うちの息子に……」だとか、親の七光りで自分の年齢を考えずにまだ中学生の美月と結婚しようと考える身の程知らずの中年男がいたりした。

 相手を見極めるのは、レオンの仕事。


「年齢的には、このシノダ製薬の長男————確か、葉月と同じクラスだったな」


 学校の成績は中の中。

 これだと美月にはふさわしくない。

 葉月にならお似合いか……などと考えていた。


 院長から、そろそろ美月の相手に婚約者としていい男はいないか候補を探しておくように言われてはいる。

 しかし、まだ美月は中学生。

 来年から高校生になるとはいえ、レオンは赤ん坊の頃から世話をしている美月に婚約云々の話が出るのは抵抗があった。


「いや、どう考えても、まだ早いだろう。せめて、成人してからでも……」


 執事としてそばにいるが、レオンにとって美月は娘同然。

 母親の珠美に似て、美しい美少女に成長した美月は、幼い頃からまさに目に入れても痛くないほど可愛い大切な存在だった。

 それに、長く一緒にいるせいかふとした瞬間、発言や行動が自分と似ている時があり、それが余計に愛しい。

 コーヒーが苦手で、ココアが好きな甘党であるところも同じだったりする。


「————何してるの? レオン」


 いつの間にか美月はレオンの前に立っていて、大きな瞳でレオンを不思議そうな顔で見上げる。


「お嬢様、またですか。部屋に入る時はノックをしてください。びっくりするでしょう?」

「したわよ? でも、返事がないから入ったの。何か考え事? 眉間にシワが寄ってるけど?」


 美月はレオンが見ていたタブレット端末の画面を覗き込む。


「あ! もしかして、またお祖父様に私のお婿さん候補探すように言われてた? それに、この隼人くんなら、うちのクラスの子と付き合ってるからダメよ?」

「え、そうなんですか?」

「めちゃくちゃラブラブなのよ。だから、二人の邪魔はしちゃダメ。————っていうか、私のことより、レオンは? 結婚しないの?」

「僕は別に……そういうのはもう諦めているので」

「いやいや、まだ三十五歳でしょ? レオンは背も高いし、顔だってイケメンなんだから、諦めるのはまだ早いわよ」


 美月はレオンに一切浮いた話が出ないことを心配していた。

 二階堂家の執事は、そこらのサラリーマンよりはるかに年収は高いし、レオンの見た目も性格も悪いところは一つもない。


「いいんですよ。僕のことは……」


 レオンは美月たちが生まれる前に一度大恋愛を経験したらしく、それからは恋愛に興味がなくなっている。

 美月はそれがどんな相手だったのか、何度もしつこく聞いたが、決して教えてはくれなかった。


「それより、お嬢様、なにか用があって来たのではないんですか?」

「あら、そうだったわ。明日のパーティーで使う花なんだけどね」


 美月は昔から美しいもの、可愛らしいものが好きだ。

 小学生の頃に母親の珠美がドラマの役柄で天才華道家の役をやった時、二階堂家に本物の華道家が直接指導に来ていた。

 その時美月も花道に興味を持ち、才能があると認められ、今では二階堂家に飾ってある花は美月が趣味で生けている。


「————オンシジウムが少し足りないの。今からでも買えるお店、ないかしら?」


 この日は大晦日。

 営業時間はとっくに過ぎている。


「すぐに手配します。少々お待ちください」


 レオンはすぐに花屋に連絡し、美月の元に一時間もせずにオンシジュウムが届いた。


「————さすがレオン。有能ね」

「これくらい当然です。二階堂家の執事ですから」


 二階堂家の使用人は、皆、有能だ。

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