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隼人はすぐに隼人のお父さんと一緒に血相を変えて出て行って、パーティーはお開きになった。
世間を騒がせている連続殺人事件の被害者が、まさか二階堂家の関係者の家から出るなんて誰が予想できただろう……
みんなスマートフォンでニュース記事や動画を見て、パーティーどころじゃなかった。
隼人のお父さんと、お姉さんは血が繋がっていない。
それでも、親子であることには変わりなくて、かなりショックだったと思う。
お姉さんに会ったことは一度もないけど、速報の記事によると、遺体は他の遺体と同じく、セーラー服を着ていて、左手の薬指がない。
警察が来る前に誰かがカメラに収めたモザイクなしの動画がネット上に出回っていて、日本中が騒然となっていた。
死亡推定時刻は、昨日の午後11時から深夜2時の間くらい。
発見された場所は、お姉さんが通っている大学の近くの廃校のグラウンド。
近所に住む人が、犬の散歩をしていた時にそばを通って気がついたらしい。
隼人のお姉さんがいつから行方不明だったのかは知らないけど、もし……
もしも私が、あのセーラー服のことを誰かに言っていれば……
ココが潜り込んでいた赤い三角ネクタイを警察に届けていれば……
犯人は捕まって、お姉さんは殺されずに済んだかもしれない。
私が殺したわけじゃないのに、私のせいで死んでしまったような気がして、罪悪感に押しつぶされそうになった。
あの時、ああしていれば……こうしていれば……って、何度も頭の中がぐちゃぐちゃになる程、後悔でいっぱいになった。
部屋に戻って振袖を脱ぎ捨てて、私はベッドの上でうつ伏せのまま、しばらく泣いていた。
「犯人は二階堂家の中にいる」って、今からでも警察に通報しようかとも考えた。
でも、私が通報したことに犯人が気づいたら?
私が何か知っていると気づかれたら?
怖くてたまらなかった。
そんな怖がりな自分が情けなくて、勇気が出ない自分が情けなくて、余計に悲しくなる。
「にゃー」
ココは私を心配してるのかにゃーにゃー鳴いて、私の手を舐めている。
心配……?
いや、これは多分お腹が空いているんだ。
よく考えたら、今日はまともにご飯をあげれていない。
繭子さんもパーティーの準備で大変だったし……
新年早々、ご飯をあげてないなんて、ダメじゃないか。
こんなダメな私はいつ死んでも構わないけど、この子は死んじゃダメだ。
せっかく元気になったのに……
「ごめんね、ココ。お腹すいたよね」
ココ。
偶然にも、亡くなったお姉さんと同じ名前。
確か、中国では娘娘って書いてにゃんにゃんって読むんだよね。
小説か何かで見て、かわいい呼び方だと思ったけど……ここは日本で、娘に娘の文字をつけるその感性、私にはちょっとついていけそうにない。
山下
他の被害者も、変わった名前。
キラキラネームについて言及してる記事とかもあったな……
そんなことを考えながら、ココにご飯をあげていると、部屋のドアをノックする音が4回聞こえた。
この4回ノックは、日吉さんしかいない。
「葉月お嬢様、よろしいでしょうか?」
「————何?」
ドアを開けると、日吉さんはいつものように頭を下げて立っている。
その手に、古そうな真鍮の鍵を持ってた。
「昨日、お嬢様が離れの中を見たいと、柴田から……————鍵を持ってまいりましたが、いつ行きますか?」
離れのこと、すっかり忘れてた。
*
「葉月お嬢様がお入りになられるということで、軽くですが掃除をしておきました。少々埃っぽいかもしれませんので……こちらを」
日吉さんは私に不織布のマスクを渡してきた。
日吉さんはいつも完璧な人で、少し怖いけどこういう気遣いの人だ。
本当に繭子さんの伯母さんだとは思えないほど、冷静というか、落ち着いているというか……
次のメイド長は繭子さんになるって柴田さんが言っていたけど、あののほほんとしてる繭子さんも将来はこうなるのかな?
不安になってきた。
「どうぞ……」
ギィィっと嫌な音を立てて、離れのドアが開かれる。
これのどこが少しなのか……中は今すぐにでも生活できるほどに綺麗だった。
蜘蛛の巣一つもなくて、床に惹かれている赤い花柄の絨毯の上にも、埃一つ落ちてない。
スリッパまで用意されている。
「これ……すごい……」
暖炉もあって、火はついていなかったけど、レンガで囲われたその暖炉の上には、大きな油絵がかけられていた。
赤や白、黄色の花を背景に、絵の中心には袴姿に髪を後ろで結った美しい女性が描かれている。
明治とか大正時代の女学生って感じがした。
大正ロマンとかそういう雰囲気。
暖炉の前には木製のユラユラ揺れる椅子、部屋の中央にはイーゼル。
スケッチブックに絵の具、筆に鉛筆、パレットもあって、学校の美術室と同じ匂いがする。
そして、壁の棚には大きさが様々なキャンバスが本みたいに側面をこちらに向けて並んでいた。
「掃除した際に確認しましたが、猫の死骸などは見つかりませんでした。壁のどこにも穴は空いていませんでしたし……暖炉の中も、煙突は掃除して見ないとわかりません」
「そう……古いけど、ちゃんとした作りなのね」
それでもココは、私の手の中でやっぱり何かを呼ぶように鳴いている。
一体何を呼んでいるんだろう?
「この絵、誰が描いたの?」
「……さぁ、私も詳しくは知らないのですが、若い男性だったようです。先代の————葉月お嬢様のひいお爺様がその男性が描く絵をとても気に入っていたようで、ここで書生をさせていたとか……」
「写真みたいに綺麗な絵ね……この棚にあるのも、みんなそう?」
「ええ、おそらく」
棚の絵をよく見たくて、私は日吉さんにココを預けて重なっていたキャンバスを引き出して見る。
どれも写真のように美しくて、芸術に特に興味があるわけじゃない私にもわかるくらいに素晴らしいものだった。
そして、一番下の段の絵を見た時、私は既視感を覚える。
「……ポインセチア……セーラ服……手首に赤と緑のストライプのリボン……」
————左手の薬指が、ない。
申し訳程度にモザイクがかけられていたあの画像と同じ。
中央に描かれた可愛らしい子猫のような顔のセーラー服の少女。
胸の前で祈るように手を重ねているけど、左手の薬指がない。
背景には赤と白のポインセチア。
ヒペリカム、松ぼっくり…………
まさか…………
その次の絵も、同じく左手の薬指がない、セーラー服の少女の絵。
それは、ついさっきネットに上がっていた動画と同じだった。
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