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二階堂家の裏庭の奥にある離れは、昭和中期に建てられたものだった。
外見はキャンプ場などでよく見る洋風のログハウス。
中は十二畳の洋室と風呂トイレ、流し台もあり、先代の院長まではそこで将来有望な若い書生を住まわせていた。
当時建てられた離れはもう一つあり、そこにも同じように書生を住まわせていたが、そちらは昭和の終わり頃に建て替え工事のため取り壊しにっなている。
現在は誰も使っていないその離れは、開かずの間となっていて二階堂家に出入りする人間は庭の飾りの一部としか思っていなかった。
今中の状態がどうなっているか、葉月は一番近くにいた柴田らメイドに尋ねたがみんなわからないと言った。
「メイド長か、レオンさんなら知ってるかもしれないですが……それか、あとは旦那様かな?」
「レオンも?」
「メイド長ほどじゃないけど、レオンさんも子供の頃から二階堂家にいるらしいから……レオンさん今いくつだっけ?」
「三十五歳くらいじゃなかった?」
「そうそう、年齢的には私たちと同じくらいでも、ここでは大ベテランですから……」
葉月が話を聞いた柴田や他のメイドたちは、薫やレオンと比べるとまだまだ勤続年数が浅い。
葉月と同じで、この広い二階堂家の屋敷には踏み入ったことのない場所も多く、用もないのに勝手に入ることも許されない。
「でも、なんで離れなんかに興味があるんです?」
「それが……中に何かあるみたいで、ココがずっと鳴いてるのよ」
逃げないように両手でしっかりココを抱きかかえながら、葉月は窓から中を覗いてみたのだが内側からカーテンが掛けられているため見ることができなかった。
諦めて帰ろうとしても、ココが悲しげに鳴くのだ。
「この子を見つけたのはあの離れの近くだったし、もしかしたら中に母親か兄弟がいるんじゃないかって思って……猫って、自分の頭さえ入れば通れるっていうでしょう? きっと、どこかに穴でもあるんじゃないかなって……」
いつの間にか猫が住み着いているんじゃないかと、葉月は考えていた。
古い建物だから、外壁のどこかが朽ちて隙間ができているとしたら、それもありえない話ではない。
「そういうことなら……メイド長に聞いてみましょう。ちょっと待っていてくださいね」
柴田が薫を呼びに行ったが、すぐに一人で戻ってきた。
「すみません、メイド長今、若奥様からのお仕事で手が離せないみたいで……明日なら、鍵を開けてくれるみたいです」
「明日……? 別に鍵さえあれば自分で開けるのに……」
「よくわからないですけど、貴重なものがあるみたいで……危ないから勝手に入っちゃダメだって言ってました」
「貴重なもの?」
「絵があるんですって……書生さんが残した油絵が」
*
1月1日、元旦。
新年を迎えて、午前中から親戚や病院関係者が新年の挨拶に訪れて、二階堂家の正月は例年通り賑やかだった。
一階のパーティー会場では豪華なおせち料理とお酒が振る舞われ、赤い振袖を着た美月は院長の孫娘として思わずうっとりしてしまうような笑みを浮かべながら挨拶に忙しい。
一方で葉月は着たくもないのに緑色の振袖を着せられ、早く終われと呪文のようにブツブツ文句を言いながら端の長椅子に腰掛けている。
これは毎年の恒例行事で、二階堂家の後継者である美月にとっては交友関係を広げる場だが、葉月にはただの苦痛でしかない。
ところが、珍しいことにいつもパーティーを取り仕切っている薫の姿がない。
いつもなら、異常がないようにパーティー会場全体を見回るように歩いている薫。
今日はその役目を代わりにレオンが担っていた。
耳にインカムをつけ、ゲストの案内や料理の飲み物の補充の指示をだしたり、何かトラブルがあればすぐに駆けつける。
「あの執事さんかっこいい!」
「外人さんかな?」
初めて二階堂家のパーティに参加した病院関係者の若い女たちは、ひときわ目立つレオンの姿にイケメンは目の保養だと頬を少し赤らめている。
確かに父親がフランス人と日本人のハーフで、レオンにもその血が受け継がれているため美しい顔立ちはどこか異国の雰囲気も持ち合わせているイケメンだが、葉月は見慣れた顔すぎてなんとも思っていなかった。
「————あの執事、彼女いるのか?」
ブツブツ文句を言っていた葉月の隣に、シノダ製薬の息子・
隼人は葉月のクラスメイトだ。
四組まであるのに、なぜか小学一年の時から九年間同じクラスといういわゆる腐れ縁である。
隼人の父が二階堂家のパーティーに呼ばれるようになったのは、ここ最近のこと。
隼人は自分が場違いであることを自覚しているが、一応、取引のある製薬会社の後継者ではあるため、仕方なく会場にいる。
「レオンに女がいるなんて、聞いたことないわね。何、あんたもレオンを狙ってるとか?」
「まさか、俺にそっちの趣味はない。それに、彼女できたって言っただろうが……! うちの姉貴にどうかと思ったんだよ。姉貴が好きそうな顔だから」
隼人には五つ年上の姉がいる。
父親が違う姉は、隼人と違ってシノダ製薬の後継者の資格はない。
苦労して医大に入ったものの、そのことを知ってからは学業を疎かにして、男と遊びまくっていると隼人が愚痴っていたのを葉月は思い出した。
「自由奔放すぎて困るから、ああいう大人と付き合えば少しは落ち着いてくれないかなと……今も全然家に帰ってこなくて、どこをほっつき歩いてるんだか……」
「レオン、三十五歳よ? お姉さん大学生よね? 結構年の差あるけど……?」
「それくらい離れてる方が逆にいいんだよ。それに外人好きだから……結局は顔だろ? 男も女も」
隼人がいうと妙に説得力がある。
その自由奔放な姉は、遊ぶ男には困らない程度のいわゆる美人だそうで、隼人とは全然似ていないそうだ。
母親からは鼻と口はそっくりだと言われているが、姉は二重で大きな目をしていて、隼人は奥二重。
以前「目だけでかなり印象が違って見えるんだ」と、瞼を引っ張って一時的に二重にして見せたことがあり、その顔がおかしくて友達に笑われたこともある。
それにあの姉の弟なのだから、さぞイケメンだろうと期待されて紹介された姉の友達には何度もがっかりした顔で見られていて、その度に傷ついている。
そういう点では、隼人と葉月は境遇が似ていた。
「あぁ、そういえば、お前が言ってたイケメンの家庭教師は? 招待してねーの?」
「ちょっと……! その話はここでしないでくれる? それに、呼ぶわけないでしょ。ただの家庭教師を……」
「なんだよ、ついにお前に彼氏ができるのかと思ったのに」
「はぁ? あんた、彼女できたからって調子に乗ってるんじゃないの?」
「乗って悪いか? 今もほら、ずっとLINEで話してて————」
隼人はスマートフォンの画面を向けて、最近できた彼女とのやりとりを葉月に見せる。
「いや、見せなくてもいいんだけど……って、電話かかってきてるわよ?」
「え? あ、本当だ」
画面の上部に着信を知らせる通知が入り、隼人は通話ボタンをタップし耳に押し付ける。
それは母親からの電話だった。
「もしもし? なんだよ母さん、姉ちゃんのことなら心配ないって……どうせまた彼氏の家にでも————……え?」
隼人の顔色が一変する。
目を大きく見開いて、驚愕した表情で顔色が悪くなっていく。
「……どうしたの?」
静かに通話を切った隼人に、葉月がたずねると、今度はその瞳から涙を流した。
「姉ちゃんが……殺された」
「……え?」
今朝発見された新たな遺体。
二十歳の大学二年生————
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