私もこの子と同じで、母親に捨てられたようなものだ。

 お母さんはお姉ちゃんと私で明らかに態度が違う。

 最近じゃぁ、私の顔はますますお祖母様に顔が似てきたみたいで、ろくに目も合わせてもくれない。


 ドラマや映画の仕事で家を空けることは少なくないし、お土産にと現地で買って来る服やアクセサリーは、ほとんどお姉ちゃんのもの。

 お姉ちゃんは若い頃のお母さんと同じ顔で同じ体型だから、何が似合うかよくわかっている。

 選ぶのに苦労はしないみたい。


 私のものは最初から選ばないから、可哀想に思ったマネージャーが「お母さんからだよ」っていくつかお土産をくれたことはあるけど、本当はお母さんが何一つ選んでいないことを私は知っていた。

 いつだったか、もう辞めてしまったメイドたちが話していたのを聞いたことがあるけど、お母さんはお祖母様にかなり嫌われていたみたい。

 女優の仕事も、本当は結婚したら辞める約束だった。

 それで一時期すごくもめたらしい。


 お祖母様は芸能の仕事をしているお母さんを、「二階堂家の嫁としてふさわしくない」って何度も言っていたそう。

 お母さんとお父さんの結婚の話は、全部お祖父様が進めたことらしくて……お祖母様は最初から反対していた。

 結婚が決まった当時、お母さんは人気絶頂の若手女優だったから、世間ですごく騒がれたみたいで、お祖母様はそれが気に食わなかったんだって。

 でも、お母さんのお腹の中にはその時もう私たちがいて、どうすることもできなかったんだって……


 お祖母様が亡くなって8年経つけど、よくお母さんに「ハシタナイ」って言っていたのを覚えてる。

 当時は私も幼かったから意味がわからなかったけど、今ならわかる。

 お母さんはお祖母様から、嫁いびりを受けていたから、同じ顔をしている私が嫌いなの。


 私たちがお母さんのお腹にいる時、お祖母様は本当にお父さんの子供なのか疑ったことがあったみたい。

 お母さんが他所で作った子じゃないかって……

 でも、子供の頃の自分にそっくりな私の顔を見て、嫌々だけどお母さんを二階堂家の嫁と認めたらしい。

 そういう理由があるから、私はお母さんにどんなに冷たくされても、仕方がないと思うようになった。


 私だって、好きでこの顔に生まれたわけじゃない。

 もし、一卵性の双子に生まれていて、お姉ちゃんと同じ顔だったら……そう思ったことは何度もある。

 でも、私がこの顔じゃなかったら、お母さんはお祖母様からもっと虐められていたんだろうなって思う。

 私のおかげで、お母さんが二階堂家の嫁として認められたんだから、「もっとその顔に自信を持ちなさい」って、お姉ちゃんに言われたことがある。

 それでも私は、お姉ちゃんと同じ顔に生まれたかった。


 ……なんて言ったら、お祖母様が悲しむかな?

 でも、お祖母様がお母さんをいびったりしなければ、こんな風にはならなかったんじゃないかって、思うこともある。

 お祖母様は私を可愛がってくれたけど、もう会えないし……今更、お母さんと仲直りしてなんて言うこともできない。


「————ねぇ、葉月! 猫を拾ったって本当!?」


 部屋で子猫にミルクをあげていたら、お姉ちゃんが様子を見にきた。

 タオルを敷いた箱の中で、小さく動いている子猫。

 お姉ちゃんは大きな目をいつもよりさらに大きく開いて瞳を輝かせて、嬉しそうに子猫を撫でようと箱の中に手を伸ばした。


「すごく小さいのね……!」


 でも、子猫はお姉ちゃんに触られるのが嫌みたいで、にゃーにゃー可愛く鳴いていたのに、シャーって全身の毛を逆立ててる。

 私が撫でると気持ちよさそうにしていたのに……

 全然ちがう猫みたいになった。


「あれれ? 私嫌われてる?」

「……うーん、わからないけど、とりあえず慣れるまではお姉ちゃんは触らない方がいいかも」

「ええ!? 何よそれ……つまんないの」


 お姉ちゃんが手を引っ込めると、元どおりのにゃーにゃー鳴く可愛らしい子猫に戻る。

 ミルクの残りを飲み干すと、今度は眠ってしまった。


「この子、ここで飼うの?」

「うん、お母さんが猫は嫌いだから、私の部屋からは出さないようにしなさいって」

「ああ、確かにママは猫嫌いそう。猫を抱いてるママとか想像できないわ」

「お姉ちゃんは、猫は好き?」

「うん、好きよ。小さくてかわいいじゃない? 私は嫌われてるみたいだけど……」


 お姉ちゃんを嫌う人間は見たことがないけど、動物には嫌われるんだってその時、初めて知った。


「犬とか猫とか、私はかわいいと思ってるのよ? でも、どうしてか昔から嫌われるのよね。私何もしてないのに……」


 子猫の寝顔を見つめながら、お姉ちゃんは悲しそうに眉毛を八の字にしている。


 お姉ちゃんでも落ち込むことがあるんだ……

 いつも自信満々で、何をしてもうまくいくのに……


「名前は? 名前はどうするの?」

「名前? そうね……まだ決めてないわ」

「飼うなら名前を決めないと!」


 お姉ちゃんは自分の部屋から小さいホワイトボードを持ってきて、名前の候補を書き始めた。


 お姉ちゃんの部屋なんて、もう何年も入っていないけどホワイトボードなんて何に使ってるんだろう?

 そんなにすぐ持ってこれる場所にあるってことは、よく使うのかな?


「やっぱり猫といえばキティちゃん?」

「……いや、そのまますぎるでしょう」


 一瞬、キティと言われてあの三角ネクタイのことが頭をよぎったけど、キティは子猫ちゃんって意味だし、有名なキャラクターだから、真っ先に浮かんでもなんの違和感もない。

 ただの偶然。


「じゃぁ、ドラえもん? タマ? トム? ニャンコ先生?」

「なんで、猫のキャラクターしばりなの?」

「え? だめ? わかりやすいし、呼びやすくて良くない? ていうか、この子はメス? オス?」

「メスよ」

「うーん、メスか……」


 顎に手を当てて、お姉ちゃんは考える。


「それじゃーぁ、ココちゃんは?」

「ココ?」


 いきなり傾向を変えてきたから私が驚いて首を傾げていると、最近テレビか何かで観た猫の名前がココちゃんだったらしい。


「可愛くない? ココちゃん」

「うーん、まぁ確かにかわいいけども……」


 他にいい名前も特に思い浮かばなくて、結局ココに決まった。

 次の日、お姉ちゃんはココのためにデパートで猫の飼育に必要なものをたくさん買ってきてくれたけど、やっぱりココはお姉ちゃんにだけはなぜか懐かなかった。


 私はお母さんの言いつけを守って、ココを部屋から出さないようにしていたけど、たくさん食べて、たくさん寝たココはすっかり元気になって部屋中を走り回る。

 私が勉強している間、繭子さんがココの面倒を見てくれていたけど、ココは大晦日の昼に突然いなくなった。


 ほんの少し、目を離したその間に、閉め忘れたドアの隙間から外へ出たみたい。

 お母さんに見つかったら、怒られる。

 私は必死に探し回った。


 そして、ココがいたのは、初めにココを見つけた裏庭。

 ココは裏庭の離れの前で、何かを呼ぶようににゃーにゃーと鳴いていた。


「……この中に、なにかあるの?」

「にゃー」




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