5
日吉薫は、代々二階堂家の使用人をしている家系に生まれた。
母親がメイドとして住み込みで働いていたため、幼い頃からこの家で起きたことは全て知っている。
そして実は八年前に亡くなった和子とは中学の同級生だった。
中学時代、使用人の娘だと虐められていた時に助けてくれた和子は、「今の時代に身分なんて関係ない。馬鹿げてる」と言っていた。
薫にとって、それがどんなに救いだったか、和子は知らない。
薫にとって、和子は同級生でありながら憧れの対象だった。
良家のお嬢様で、将来は看護師になって人の命を救う手助けがしたいと夢を語っていた和子。
その凛とした姿は、美しい輝きを放っているようで、みんなが彼女を慕っていた。
しかし、中学卒業から数年後に再会した和子からは、あの時の輝きは失われていた。
当時まだ研修医だった現在の院長・二階堂
さらに結婚して二階堂家に入ってからすぐに、使用人達と線を引く。
「使用人の分際で」
「メイドのくせに」
「黙っていうことを聞きなさい」
明確な主従関係。
使用人を下に見る言動。
姑からそういう指導を受けたのだ。
日に日に、姑だった当時の院長夫人と言動が似ていき、長男の
薫が幼い頃から見て来た、院長夫人そのものだった。
先代が他界し、章介が院長の座についた頃にはもう中学の頃の面影は消えていた。
あちらは主人で、こちらは使用人。
薫も母が亡くなり、メイド長になってからはとにかく和子を怒らせないように、和子が快適な暮らしを送れるようにと、当時のことは幻想であったと思うように割り切った。
だからこそ、二階堂家の全てを知っている。
この家で起きることは全て、何もかも知っている。
「————焼却炉を使う時間? 葉月様が?」
「そーなんですよ。急に聞かれてびっくり。一体なんでそんなことに関心を持ったのかなって……」
子供がいない薫は、自分の仕事の後継者として妹の娘である繭子を二階堂家のメイドとして雇い入れていた。
繭子はいい就職先が見つかったと喜んでいるが、まだまだメイドとしての自覚が足りない。
なんど注意しても、一応上司にあたる薫に対してタメ口混じりの敬語になってしまう。
「葉月お嬢様から私に何か聞いてくるなんて……最近はほら、受験に向けて一生懸命だから、すごく珍しいじゃない? でも、なんで焼却炉のことなんて……」
「……それで、なんて答えたの?」
「え? そんなの毎週月曜日と金曜日のお昼くらいに燃やしてますよーって、それだけよ」
「そう……」
葉月に夜食を届け、戻って来た繭子は食器を洗いながら薫に報告した。
それは繭子からしたら、美月と違ってあまり喋らない葉月から話題を振ってきたのは珍しいことで、二階堂家で働き始めて半年経つが初めてのことだった。
「焼却炉の話ですか?」
繭子の隣でワイングラスを磨いていたもう一人のメイド・
「私もいつだったか美月お嬢様に同じことを聞かれましたよ?」
「美月お嬢様も? あの二人、見た目は全然似てないけど、やっぱり姉妹なのね……同じことに興味をもつなんて。私、初めてお二人を見た時、あまりに違いすぎてどちらか別の家の子どもなんじゃないかと思っちゃったけど……」
「ああ、わかるわ。初めて見る人はみんなそう思うのよ。でも、美月お嬢様は若奥様にそっくりだけど、葉月お嬢様は亡くなられた奥様にそっくりで……」
和子の顔を写真で見たことがある柴田は、葉月の顔は確実に隔世遺伝で、二人が姉妹であることに間違いないという。
「こういう大きな家だと、ドラマとか小説なら出生の秘密があったりするじゃない? 私も最初はそれかとちょっと期待しちゃったわ」
「ああ、昭和のドラマでやってたような話ですよね? 赤ちゃんの時に入れ替わってるとか……実はあの人とこの人は血の繋がった兄妹だった!!的な」
「そうそう! 一昔前の韓国ドラマでもよくあったあれよ! 父親が同じだったとか、あとほら、王道なのは事故にあって記憶喪失で……」
繭子と柴田の会話は、なぜかそれからお気に入りの韓国ドラマの話にシフトしていき、盛り上がっていく。
薫はそんな二人の会話を尻目に、葉月が焼却炉に興味を持った理由を推理する。
いくら姉妹だといっても、何かきっかけがなければ焼却炉に興味を持つこともないはずだと。
気になった薫は、管理室に行き廊下の監視カメラの映像を確認した。
防犯のため、二階堂家にはいくつか監視カメラが設置されている。
警備の人間は何人かいるが、泥棒はいつどこから入ってくるかわかるものでもないからだ。
薫は葉月が何かの箱を手に裏庭の方へ行った映像を発見する。
残念ながら裏庭にはカメラはついていないため、そこで何をしていたかまでは映っていなかった。
しかし数分もせずに葉月は箱を持ったまますぐに自分の部屋へ戻って行き、それからは部屋から出ていない。
繭子が夜食を持って部屋の中に入るまで、なんの動きもなかった。
薫は裏庭へ出ると、焼却炉の扉を開けて中を覗き込んだ。
中には、血まみれのセーラー服。
「ああ、これを見たのね……」
眉間にシワを寄せ、薫は深いため息をついてから扉を閉めた。
翌日、薫は葉月が二階からこちらを見ていることを知りながら、決して焼却炉の扉を開けずに、火をつける。
これは、この家の二階堂家の平穏を保つためだ。
メイド長として、守るべき秘密がある。
薫は焼却炉が燃えている間、空高く上がっていく煙を眺めながら自室で紅茶を飲んだ。
お気に入りのウェッジウッドのティーカップに注がれたダージリンのフルーティな香り。
彼女の唯一の趣味であるお茶は、ざわついた心を穏やかに落ち着かせた————
「さぁ、仕事に戻りましょう」
セーラー服は跡形もなく灰になった。
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