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きっと違う。
あれは、あの血まみれのセーラー服は被害者のものじゃない。
何か別のものを見間違えた……そういうことにしておこう。
そう決めたはずなのに、焼却炉の煙が見えなくなった頃、私はまた裏庭に来てしまった。
「葉月お嬢様、どうしました?」
焼却炉を見ていた私に、レオンが声をかけてきた。
レオンは二階堂家の誰よりも背が高いから、話す時は見上げなきゃいけなくて、首が痛くなる。
それがわかっていてなのかわざとなのか、他に誰もいない時、いつもレオンは片膝をつく。
主従関係とか、そういうのじゃない。
レオンは私が生まれる前から二階堂家で執事をしているから、きっと私をまだまだ小さな子供だと思っているんだ。
「別に……ちょっと気晴らしに外に出ただけよ。悪い?」
「いいえ、たまの気晴らしは大事です。今日は午後から雪の予報ですから降り出す前にお部屋にお戻りくださいね。受験生が風邪をひいてしまっては大変です」
レオンはジャケットを脱いで私の肩にかけた。
伝統なのかお祖父様の趣味なのか、執事は基本的に屋敷内では燕尾服だから私が羽織ると裾が地面につきそうになっている。
でも現代の日本じゃそれで外を出歩くとかなり目立つ。
最近じゃTPOに合わせて外出の時はメイドも執事も、普通のスーツに着替える。
それってすごく面倒じゃないかと思って一度聞いてみたことがあったけど、学校の制服だと思えば別に苦ではないらしい。
私の家は純日本人なのに屋敷は西洋風の洋館で、執事とメイド、シェフに庭師……家族以外にも住み込みで働いている人がこの家にはたくさんいる。
明治時代に初代の家が建てられて、昭和初めと終わり頃に建て替え工事をしたらしいけど、ところどころにその当時の面影は残っていた。
裏庭の奥には、今は使っていない離れも残っていて、二階堂家の人間に生まれても一度も足を踏み入れたことのない場所はいくつかある。
きっとレオンの方が私より二階堂家について詳しい。
おかしな話だ。
家主の孫より、他人の方が詳しいなんて……
「————レオン!」
二階の窓から声がして、見上げるとお姉ちゃんが窓から顔を出している。
本当にこれから雪なんて降るのか疑いたくなるほど眩しい太陽に、一瞬目がくらんだけど、声でわかった。
「これから出かけたいんだけど……って、あら、葉月何してるの? そんなところで」
「ちょっと散歩してただけよ」
「そう? それじゃぁ、レオンを連れて行ってもいいかしら?」
いいかしらも何も、レオンはお姉ちゃんの執事だ。
生まれた時から、ずっとそうだった。
私の許可なんて必要ないのに、なんで一々そんなことを聞いてくるんだろう。
「別に用はないわ。レオン、お姉ちゃんのところに行って。私は一人で大丈夫だから」
「そうですか? では……」
レオンはお姉ちゃんのところへ行った。
それでいい。
「ああ、そういえば葉月!」
「なに?」
「影山先生がお部屋で待ってるわよ。繭子ちゃんが探してたけど、まだあってないでしょ?」
冬休みの間、影山先生はこの時間に来るんだって忘れていた。
「……わかった」
お姉ちゃんの口から、影山先生の名前が出て胸が少し痛かったけど、なんでもないふりをした。
昨日の光景が頭をよぎって、それと同時にあの血まみれのセーラー服を思い出してしまう。
被害者の山下
あれは、きっとただの偶然。
そう思いたいのに、別物だと思いたいのに、もう燃えて灰になっているのにどうしても気になってしまう。
それが失踪時に着ていたものかどうか、確かめることもできないのに……
二階堂家に出入りしている人間なら、誰でも焼却炉にものを入れることはできる。
でも、あんなもの持ち歩いていたら、誰か見てる人がいたんじゃないかしら?
誰なら知ってる?
誰に聞けばいい?
でももし、それを聞いた相手が、犯人だったらどうする?
私も殺される?
あの芸術作品の一部にされる?
……いや、そんなわけない。
他の被害者の顔写真もネットに載ってたのを見たけど、みんな可愛らしい顔をしていた。
アイドルとか芸能人にいそうな、そういう綺麗な整った顔をしてた。
殺されるとしたら、私じゃなくてお姉ちゃんみたいな綺麗な顔だ。
もし私が犯人に殺されたなら、作品にもされずに、きっと、あのセーラー服みたいに焼却炉に捨てられる。
誰も知らない間に燃やされて、骨が見つかって終わり。
お姉ちゃんが死んだらみんな悲しむだろうけど、私が死んだって、誰もなんとも思わない。
きっとお姉ちゃんだけだちょっと泣いて、それで終わり。
お姉ちゃんは私がたった一人の妹だからって、優しくしてくれるけど、結局はみんなに優しいし。
太陽みたいな人だから、きっと私のことなんてすぐに忘れて、影山先生と…………
ああ、光と影か。
よく考えればお似合いの二人じゃない。
「にゃー」
おかしな想像ばかりしていた私の耳に、猫の鳴き声が聞こえたのはその時だった。
焼却炉に入り込んでしまった猫の話を思い出して、私は焼却炉の扉を開ける。
まだ熱を持った空気が雲のように冷たい空気に触れて白く吐き出される。
中に、猫はいない。
変な汗をかいた私は、ホッとした。
きっと、ただの勘違いだって、そう思った。
「にゃー」
でも、やっぱり猫の鳴き声がまた聞こえて、私は声の主を探した。
「あ……」
焼却炉と離れの間に、赤いハンカチのような布が落ちていて、その下でうごめいている。
寒くて潜り込んだのか、めくると白とグレーの子猫が一匹。
大きな瞳で私を見て、何度も鳴いていた。
どこから迷い込んだのか、子猫はプルプルと震えていて、だいぶ弱っているようだった。
私は子猫を抱き上げる。
寒いだろうからと、落ちていたハンカチで取り合えず包んであげようとそれを手に取った。
そこで気がついた。
これはハンカチじゃない。
セーラー服の三角ネクタイだ。
裏に山下と小さく刺繍された、成蓮高校の制服の赤い三角ネクタイだった。
やっぱり、あのセーラー服は————
(1 Kitty 了)
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