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毎週月曜日と金曜日。
私は小学生の頃、学校から帰ると、裏庭の焼却炉から煙が上がっているのを見たことがあった。
家庭用焼却炉といっても、そこまで大きなものじゃない。
一応、設置や使用にはいくつか法律とか条例があるみたいで、日吉さん以外は使い方を知らないらしいと繭子さんは言っていた。
「確か、毎週月曜日と金曜日のお昼過ぎくらいね。そんなにすごい臭いがするってわけでもないけど、若奥様がご友人を呼んでランチってこともあるし……お客様が帰ったお昼過ぎから夕方までの間ってところじゃないかしら?」
「そう……」
若奥様————私のお母さんは、お祖母様が亡くなって八年の月日が経ってもいまだにみんなからそう呼ばれている。
お祖母様が亡くなってから、お母さんは結婚してしばらく休んでいた女優の仕事を再開して、よく家にドラマや映画の共演者やスタッフを呼んでお食事会を開いたりしている。
そういう時は、いつもお姉ちゃんだけを紹介して、私のことは呼びもしない。
そのせいか芸能界のママ友で仲良しの紅白に出場した歌手は、私を住み込みの
灰皿の場所を聞かれたけど、そんなの私が知るわけなくて、無視したら「生意気なガキね」って言われたことがある。
それ以来、私はその歌手がテレビに出ているとすぐにチャンネルを替えている。
「焼却炉で何か燃やしたいものでもあるんですか? だったら、私が入れておきますけど」
「入れておくって、中に入れるのは誰でもできるの?」
「ええ、もちろん。まぁ、流石に燃えるゴミだけですよ? 落ち葉とか木の枝とか……あとは個人情報が書かれた紙とか。使い古した雑巾もですね。燃えないゴミとかプラスチックとかは燃やしたらダイオキシン?とかいうやつが発生して環境にも悪いですし」
ただ燃やしてしまえと思っていたけど、箱とリボンは燃えてもボールペンは燃えないゴミだったってその時初めて気がついた。
環境のことなんて考える余裕もなかったし……
「まぁ、ものすごい高温になるみたいだから、なんでも燃やせるといえば燃やせますけどね。昔間違って猫が入り込んじゃって、危うく焼き殺すところだったって話も聞いたことがありますよ。さすがにその時はうちの
その話は聞いたことがある。
私が生まれる何年か前、まだお父さんとお母さんが結婚する前の話。
確かお祖母様が飼っていた猫で、私が生まれる少し前に病気で死んでしまった。
その猫がいない今、焼却炉に猫が入り込む心配もないし、多分確認はしていないと思う。
そうでなきゃ、あんな血だらけのセーラー服を袋に入れるでもなくそのまま捨てているのは不自然だ。
きっと確認されないことを知っているから、隠すこともしないでそのまま入れてあったんだと思う。
明らかに不審物だし、見つけたなら警察に通報するべきだけど……
明日、日吉さんはあれを見つけるのかしら?
それとも、中を確認しないでそのまま、火をつけるのかしら?
自分で通報する勇気のない私は、日吉さんがあのセーラー服を見つけてくれることを願うしかない。
確率は低いかもしれないけど……
でも、もし警察に通報したら、警察も二階堂家の関係者が犯人だと疑うはず。
そうしたら、きっと、どこかから情報が漏れて、この家の住所がネットに晒されるかもしれない。
お母さんは女優だし、二階堂家は代々続く大病院を経営している……世間一般からしたら超お金持ちの家ってことになる。
私の個人情報も晒されたりする?
嫌だな……こんな醜い顔が、世間に知れ渡るなんて……
私はSNSのアカウントは持っていないけど、小学校の卒業アルバムとか、修学旅行で同行したプロのカメラマンが撮ったちっとも可愛くない私が写った写真を誰かが載せるのかな?
そしたら、きっと書かれる。
顔も知らない、何処かの誰かに……
「お姉ちゃんは可愛いのに、妹は全然可愛くないね」って、バカにされるんだ。
「これがあの二階堂
それは嫌だな……
でも、連続殺人犯がいるかもしれないってこの状況よりはマシなのかしら?
わからない……
私が通報したら、犯人はすぐに捕まるのかな?
わからない……
連続殺人犯はお姉ちゃんと違って可愛くない私を殺さないかもしれないけど、顔も知らない誰かのせいで、自分から死にたいって思う日が来るかもしれない。
ああ、どうして、私の人生っていつもこうなのかな……
その時、なぜか脳裏に影山先生の顔がよぎった。
執事、メイド、シェフ、庭師、家庭教師の影山先生だって、二階堂家に出入りしている人の一人だ。
影山先生も、容疑者としてネットに晒されるのかしら……?
そしたら、お姉ちゃんとの関係とか、面白おかしく並べられそうね。
だって、みんな好きでしょう?
お嬢様と家庭教師の恋愛とか、そういう身分を超えた恋みたいな話。
昔から腐る程あるじゃない。
かくいう私も、そんなストーリーを愚かにも期待してしまった一人だけど……
「それより、葉月お嬢様、お腹空いてないんですか?」
「え……?」
「早くしないと冷めてしまいますよ。シェフがお嬢様の為に作ったんですから、食べないなら私が食べますけど?」
正直、お腹は空いていなかった。
でも、目の前でお腹の虫を鳴らしながら、雑炊を見つめている能天気な繭子さんを見ていると、なんだかイラついてあげる気にはならなかった。
私はこんなに悩んでいるのに……
「…………繭子さんって、悩みとかないでしょう?」
「え? わかります?」
その通りですって顔をしながら、繭子さんは笑った。
やっぱり腹が立ったから、私は繭子さんの目の前で雑炊をわざと美味しそうに食べた。
そして、次の日。
金曜日のお昼過ぎ。
繭子さんが言っていた通り、日吉さんは裏庭の焼却炉へ向かっていた。
私は裏庭が見える二階の部屋の窓からその様子を見ていた。
日吉さんは、焼却炉の扉を開けなかった。
血まみれのグレーのセーラー服は、灰になって跡形もなく消えてしまった。
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