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『この殺人は
今、世間を騒がせている連続殺人事件は、どこかの誰かがそんなまとめ記事をネット上に上げたため、「アート連続殺人事件」または「芸術連続殺人事件」と呼ばれている。
誰かが
わずか半年の間に、判明しているだけで五人の若い女性の遺体がアート作品の一部に使われているこの事件は、たった一夜にして何もなかった場所に美しい作品が生まれる。
壁の落書きであれば、その壁の持ち主には迷惑な器物損壊罪。
だが、描いたのがかの有名なバンクシーであれば大歓迎。
迷惑どころか、そのおかげで宣伝効果抜群の
誰が描いたか、誰が作ったかで、作品の見方や価値がかわる世界だ。
芸術に興味のない一般人であれば、その違いなんてよくわからない。
こんな落書きみたいな絵に数十億の値がつくなんて、あんなただの箱にそんな価値があるなんて……芸術ってなんだろう?と、疑問に思う人も多い。
『でも、これは殺人事件です。何が死体を使ったアート作品ですか! 人が死んでいるんですよ!?』
『アートですよ。これこそ芸術なんです。みんなが考えるでしょう? この事件をきっかけにいかに日本が平和ボケしているか……安全だなんて言っていられないんです』
『力の弱い女性でも、簡単にできる護身術を————……』
マスコミは面白おかしく事件を煽り、人々の関心を引く。
特集番組を組めば視聴率はうなぎのぼり。
ネット上ではこの連続殺人事件の犯人は誰か、身勝手な想像と的外れな推理で溢れかえる。
被害者が皆、15歳から20歳前後の若い女性ということで、犯人のターゲットにならない男たちには、対岸の火事。
被害者女性らと同年代の少女たちは、怖いといいながらも自分にはそんな事態は訪れないと危機感を全く感じていない。
同年代の娘や孫がいる親たちは、いつ自分の娘がターゲットにされるかわからないと戦々恐々としていた。
『三つだけじゃない!? 被害者をつなぐ新たな共通点!』
『アート殺人に使われた花に隠された意味とは?』
『芸術殺人被害者の共通点探してみた』
次から次へと新しい憶測記事や考察動画が出回る。
消えた左手の薬指、セーラー服、若い女性……そして、被害者の女性の名前がいわゆるキラキラネームだとか、生年月日に六が入っているとか、死んだ猫の呪いだとか都市伝説のような無理なこじ付けも多い。
葉月の関心は、そんなものより、三日前に発見された被害者のことだった。
裏庭の焼却炉で見つけたあの制服————大量の血が染み込んだあのグレーのセーラー服。
あんなものがなぜ二階堂家にあるのか……
流石に気味が悪くて触る勇気はない。
その上にプレゼントを箱ごと置く気にもなれず、焼却炉の扉を何も見なかったようにそっと閉めて、自分の部屋に持ち帰り、結局机の引き出しに押し込んだ。
あの血だらけのセーラー服が、もし被害者のものだとしたら、犯人はこの二階堂家に出入りしている人間ということになる。
執事、メイド、シェフ、庭師など広いこの屋敷に出入りしている者は多い。
その中に、連続殺人鬼がいるのだとしたら……そう考えただけで葉月は暖房の効いた部屋にいるのに、妙な寒さを感じた。
そして葉月は受験勉強のためにあまり触れないようにしていたスマートフォンで、三日前の被害者のことが書かれた記事を探し出しだす。
成蓮高校2年A組
12月12日→吹奏楽部の練習後、他校の友人に会いに行くと一人で出て行ったきり消息不明
12月22日→景星こども公園の花壇にて遺体発見
死因→胸と腹部の刺し傷による出血死
死亡推定時刻→前日の夜〜早朝
真新しい紺色のセーラー服、両手首の痣を隠すように赤と緑のストライプのリボンが巻かれている。
使用された花は主に赤と白のポインセチアとヒペリカム。
遺体は仰向けで胸の上に両手を祈るように重ねられていた。
遺体の写真には申し訳程度にモザイクはかけられているが、被害者の個人情報は生年月日はもちろん、住所や親の職業まですべて載っている。
同級生の誰かがアップした中学の卒業アルバムの写真やSNSのアカウント、裏垢までご丁寧に並べられ、なぜ殺害されたのか動機もわかっていないのに、次々とネット上に晒され続けていた。
SNSに上げられていたものはアプリ等で多少加工されてはいるが、
中には中学時代に
それが本当かどうか真実は不明。
そもそもその書き込みをしたいじめの被害者だって本物かどうかもわからない。
それでも、中には「殺されて当然」だとか「死んでよかったね」なんて心無いコメントがいくつもある。
「————葉月お嬢様?」
食い入るようにスマートフォンの画面を見ていた葉月は、部屋のドアをノックされた音に驚いて肩を大きく揺らす。
「な、なに……!?」
「お夜食をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」
「え……ええ、いいわ」
気づけばもう一時間も経っている。
遅くまで受験勉強を頑張っている葉月にカニと卵の雑炊と水を持って来たメイドの
「あら……お嬢様、サボりですか? 珍しいですね」
「べ、別に、そういうわけじゃ……」
中央の丸テーブルに一人用の土鍋とグラスを置くと、繭子は水を注ぎながらニコニコと笑う。
「まぁ、明日から冬休みですしね。私はお勉強のことはよくわかりませんが、たまには息抜きも必要ですよ」
持って来たのが繭子だから、これだけで済む。
これが繭子の叔母であるメイド長の日吉
葉月はテーブル前の椅子に腰をかけ、スマートフォンをテーブルの上に画面を伏せて置いた。
「……ねぇ、繭子さん」
「もう、繭子でいいですってば、お嬢様。私はメイド、お嬢様はご主人様なんですからね」
「でも、繭子さんの方が年上だし……」
「もう、葉月お嬢様はそういうところ律儀なんだから……それで、どうかしました? 何か私に聞きたいことでも?」
「…………裏庭の、焼却炉のことなんだけど…………」
この能天気そうなメイドが、殺人事件の犯人とは思えない葉月は、焼却炉について繭子に聞いてみることにした。
もちろん、血まみれのセーラー服を見つけたなんて話はせずに————
「————いつも何時くらいに火をつけるか知ってる?」
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