お姉ちゃんのことは、嫌いじゃない。

 でも、好きかと聞かれれば、少し考えてしまう。

 だって私は、顔も勉強もスポーツだって、何一つお姉ちゃんには敵わない。


 二階堂家の姉妹————それも双子ということで、いつも比べられる。

 身内からも、他人からも。

 お姉ちゃんは可愛いのに、お姉ちゃんは優秀なのに、お姉ちゃんは足が速いのに……何度も何度も、そう言われて比べられて来た。

 だから、高校はお姉ちゃんとは違う高校を目指すことにした。


 私の頭じゃ、どう考えても医大には入れない。

 それでも、二階堂家に生まれたからには医療関係者である必要がどうしたって出てくる。

 お母さんは芸能人だけど、お祖父様もお父さんも、二人いるお父さんのお姉さんたちもみんな医師。

 父方の親戚はみんな医療関係者。

 だから、もう少し勉強を頑張って、看護師か薬剤師を目指すことにした。

 医師免許を取ろうなんて考えはない。

 お祖母様だって看護師だった。

 お祖母様によく似てる私は、きっと同じ道を行けばうまく行く。


 それにお姉ちゃんなら医大にも一発で合格してしまうだろうけど、私には難しいもの。

 何年も浪人して、お姉ちゃんの後輩になるくらいなら、別の学校に行った方がまだ比べられないで済むでしょう?


 もしお姉ちゃんと同じ医師になったら、きっと患者さんにも比べられる。

「お姉さんの方がよかった」「どうして妹の方なんだ」って。

 そんなのはもう嫌だった。


 勉強を頑張って、今の自分より少しだけ高い偏差値の学校に行く。

 四月から新しく来た家庭教師の影山かげやま大志たいし先生は、前の先生より歳が近いせいか話しやすくて、とても教え方が上手で、それに横顔が綺麗ないわゆるイケメンってやつで、私の成績はぐんと伸びた。

 影山先生は「もう少し頑張れば、志望校にきっと受かるよ」って、そう言って私の頭を優しく撫でてくれて、嬉しかった。


 大好きだった。

 お姉ちゃんのことは好きかと聞かれれば、少し考えてしまうけど、影山先生のことは大好きだった。

 だから、頑張った。

 影山先生に褒められたくて、少しでもいい点数を取りたくて……


 推薦で内定が決まっているお姉ちゃんは、私と違って残りの中学生活はやりたいことをするんだと言って、私が勉強している間、隣の部屋でネットで出会った友達とずっとゲームで遊んでいる。

 お祖父様はあまりいい顔をしていなかったけど、高校生になるまでの間だけだならって、結局は許してくれていた。


「ずいぶん楽しそうだね……」

「え? 何がですか?」

「お姉さんの笑い声——……ここまで聞こえてる」


 私は集中していて気がつかなかったけど、確かにお姉ちゃんの笑い声が聞こえる。

 きっと、ネットでできたゲーム友達と一緒に狩りに出ているんだと思う。

 何をしても上手なお姉ちゃんは、始めたばかりのゲームでもすぐに友達を作ってしまった。

 私と違って、コミュ力も高い。


「ああ、昨日のイブから五日間限定でモンスターが出るとか言ってました。きっと、それです」

「モンスター? 一体なんのゲームをやってるの?」

「さぁ……詳しくは知りません。それより、先生、この問題なんですけど……」


 お姉ちゃんのことは嫌いじゃない。

 だけど、影山先生の関心がお姉ちゃんに向くのは、なんとなく嫌だった。

 影山先生は、私の家庭教師であって、お姉ちゃんの家庭教師じゃない。

 前は私たち二人とも同じ先生だったけど、二人の学力の差が大きいことがわかって前の先生はお姉ちゃんの専属になった。

 その代わり、私のためにお祖父様が新しく雇ったのが、影山先生。


 薬学部がある大学の二年生で、今日が誕生日らしい。

 だから今日の授業が終わったら、プレゼントを渡そうと思って、名前入りのボールペンが入った箱を用意していた。

 誕生日プレゼントとして渡したくて、クリスマスの緑と赤のリボンじゃなくて、先生がよく使ってるペンケースと同じ、青色のリボンでラッピングしたもの。


 初めて会った時、勉強に必死になっていた私に「勉強だけがすべてじゃないよ」って、そう言ってくれた影山先生の声は優しかった。

 その時手に持っていたのも青色のシャープペンシル。

 きっと、先生は青色が好き。

 だから青色を選んだ。


 そして私はこの日、少しだけ、ほんの少しだけ浮き足立っていた。

 終業式でもらった成績表も、私からしたら悪くなかったし、今日こそ言おうと思った。

 合格したら、先生の彼女に立候補してもいいですかって……勇気を出して言いたかった。

 でも……————



「————……それで、次はどうする? 美月」

「……大志がしたいようにすればいいわ」


 私の知らない間に、先生はお姉ちゃんのものになっていた。

 私がお祖父様に呼ばれて、ほんの少し部屋を出た間に、戻ったときには私の部屋に影山先生はいなくて……

 隣のお姉ちゃんの部屋のドアがほんの少し空いていて、その隙間から見てしまった。

 見つめ合う二人を……————


 一体……いつから……?

 気がつかなかった。

 なんで?

 どうして?

 どうやって?


 影山先生は、私の先生なのに……

 私の先生だったのに……————


 二人の姿は、絵画のように美しかった。

 まるでロマンス映画のワンシーンを見ているような、そんな錯覚に陥る。

 私の先生なのに……

 そんな目でお姉ちゃんを見ないで……


 でも、私は情けなくも思ってしまう。


 ————仕方がない。


 そう、私は何をしてもお姉ちゃんには敵わない。

 お母さんも、お父さんも、お祖父様も、レオンも、メイドたちも、学校のみんなも……みんな、みんな私なんかよりお姉ちゃんが好き。


 あの誰が見ても美しいと思える容姿と、明るい性格に惹かれる。

 同じ親から生まれたとは思えないほど、何もかも完璧なお姉ちゃん。

 私から、なんでも奪っていくお姉ちゃん。


 醜い嫉妬心さえ奪うのだから、もうどうしようもない。


 先生が帰った後、私は渡せなかったプレゼントを持って、裏庭に出た。

 裏庭にある焼却炉。

 そこに箱ごと捨ててしまおうと思った。


 私は知ってる。

 毎週月曜と金曜日にメイド長の日吉ひよしさんがこの焼却炉を使っていることを。

 何を燃やしているのかまではわからないけど……

 きっと家から出たゴミだ。


 今日は木曜日。

 その中に入れてしまえば、明日には燃えてなくなる。


 でも焼却炉の扉を開けたその時、私は見てしまった。

 中に、茶色い染みのついたグレーのセーラー服が入っていた。

 これはおそらく、乾いた血。


 確か三日前、学校の近所の公園で見つかった死体は、このグレーのセーラ服が制服で有名な成蓮せいれん高校の生徒だったはず。

 私の志望校の一つだったから、一度見学に行ったことがあって、そこの生徒が殺されたんだって思ったからよく覚えてる。


 これとは別のセーラー服を着せられて、花やリボンで飾り付けられて殺されていた。

 他の殺人事件の被害者と同じように、絵画みたいに美しく飾られて————


 それがどうして、ここにあるの?



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