アート・オブ・テラー

星来 香文子

ART OF TERROR

1 Kitty


 その年の春、猫の死体が相次いで発見された。

 頭を切られた猫、腹を引き裂かれた猫、四肢を切断された猫……

 まるで何かの芸術作品のように、それらはドライフラワーやピーズ、スパンコール等で美しく飾り付けられていた。


 そのどれもが公園や小学校の近くで発見されていた為、気味が悪いと噂になっている。

 猫の次は、人間じゃないか——と、誰かが更に恐怖を煽った。


 そして、事件は起こる。


 左手の薬指。

 猫の死体が発見された公園で、半年後に発見された遺体には、左手の薬指がなかった。


 衛生面から使用禁止となり、緑色のビニールシートで囲われた大きな丸い砂場。

 その中央に三週間前から行方不明となっていた若い女性の遺体は、紺色の襟に白いラインが入ったセーラー服を着て胎児のように膝を曲げ、体を丸めた状態で横たわっていた。

 首には吉川線よしかわせんを隠すように白いレースのリボンが結ばれ、遺体を囲うように青い薔薇、紫のラナンキュラス、白い霞草などで飾られている。

 それはまるで砂場を囲う煉瓦を丸い額縁に見立てた絵画のようで……————息を呑むほど美しい。


 第一発見者の小学生たちも、初めはそのあまりの美しさにそれが死体だとは思わなかった。

 何かの撮影か、あるいは人形作り物だろうと……

 その内、一人が近づいたところで、それが初めて人間の死体であることに気がついて悲鳴をあげる。

 通報を受け駆けつけた警官も、その美しさに初めはいたずらだと思ってしまったという。


 この事件を皮切りに、同様の事件が四件発生している。

 被害者は15歳から20歳前後の若い女性。

 死後にセーラー服を着せられ、左手の薬指が切断されている。

 現場は公園や廃校、廃病院など様々である。

 絞殺された遺体の首には吉川線を隠すようにレースやシルクのリボン、腹を引き裂かれた遺体にはその引き裂かれた腹を花瓶に見立て、花を生けているものもある。

 死因は窒息死や失血死など様々で、被害者同士の接点は現在のところ不明だが、これらは同一人物による連続殺人であると断定された。

 警察は犯人を捕まえようと必死に捜索しているが、現在のところ、犯人につながるような手がかりはまだ、見つかっていない。



「————えー……皆さんもテレビやネットなどで知っているように、最近、恐ろしい事件が起きています。被害にあった方の中には、高校生も含まれます。明日から冬休みが始まりますが、あまり不用意に出歩かないように」


 二学期の終業式。

 三日前に遺体が発見された公園近くの景星けいせい学園中学校では、用心の為多くの親が子供たちの送迎を自家用車でしていた。

 母親自ら運転するのが大半を占める中、磨き上げられた真っ黒な高級車が校門の前に停まり、黒いスーツにサングラスの金髪の男は運転席から降りて、雇い主の娘たちを待ち構える。

 高身長でモデルのような体型の彼は、多くの生徒たちや迎えに来た母親たちの注目の的になっていた。


「————レオン、今日の迎えは必要ないって言ったでしょう?」

「申し訳ございません、お嬢様。お祖父様旦那様からのご命令ですので……」

「もう、せっかく今日は午前中で終わりだから、クラスのみんなでランチにでも行こうと思ってたのに……」


 誰が見ても美しい少女・二階堂にかいどう美月みづきは、不機嫌そうに口を尖らせ、執事である満島みつしまレオンに文句を言う。

 ここまで一緒に歩いてきたクラスメイト数名とファストフード店で昼食を取る予定を潰されたからだ。


「仕方ないわ、お姉ちゃん。レオンはお祖父様の命令が絶対だもの……」

「それは、そうだけど……葉月はづきだって、食べてみたかったでしょう? その……なんて名前だったかしら?」

「テリヤキバーガー」

「そう、それよ」

「私は別にいいわ。それより、早く乗りましょう。ここであれこれ言っていても目立つだけよ。レオンだけでも異質なんだから……それに、お姉ちゃんだって」

「異質だなんて、失礼ね、葉月。確かにレオンはフランスの血が混ざってるけど、私は純粋な日本人よ?」

「わかってるわよ。顔は全然違うけど、同じ母親から生まれた双子なんだから」


 代々続く大病院・二階堂総合病院の院長の孫である双子の姉妹。

 姉の美月は女優である母親によく似た美しい容姿、そして、優秀な脳外科医である父親の遺伝子を引き継ぎ、推薦ですでに進学校への入学が内定している秀才。

 一方で、妹の葉月は父方の祖母にそっくりで地味でぱっとしない容姿、成績は中の上くらいとまずまずなところ。

 同じ母親から生まれたとは思えないほど、ちっとも似ていない対称的な姉妹だった。


「とにかく帰りましょう。進路の決まってるお姉ちゃんと違って、私は受験生なのよ。この時間が惜しいわ」

「もう、わかったわよ。レオン、今日のところは諦めるけど、私は絶対食べるからね、その……テリヤキバーガーってやつを! シェフが作ったものじゃなくて、お店で売ってるやつよ! みんなが食べてるのと同じものが食べたいの! あとポテトも!」

「はい、はい。では、乗ってください」


 二階堂家のお嬢様。

 二人は執事やメイド、シェフ、庭師などもいて、この地域では一番大きな屋敷で暮らしている名家の孫娘。

 食べ物や着るものも、目にするものもすべて一流のものを与えられている。

 その為、庶民の間ではおなじみのあの店のハンバーガーを口にしたこともなかった。


 特に、姉である美月は二階堂家の後継者として育てられているため、より気にかけられている。

 この執事であるレオンがついているのも、葉月ではなく美月だ。

 葉月もそれをわかっている。

 幼い頃に亡くなった二人の祖母・和子かずこから典型的な嫁いびりを受けていた母親は、容姿が似ている葉月をどうしても愛することができず、その愛情の全てを美月にそそいでいた。

 祖父は母親ほど葉月に冷たくはないが、明らかに期待しているのは美月の方。

 寡黙な父親も何も言わないが、同じだ。


 奇しくも葉月にとって家族の中で味方になってくれるのは、嫉妬の対象になるべき美月ただ一人だった。


「一つだけですからね。誰にも内緒ですよ」


 レオンは車を出すと美月が行きたかったファストフード店のドライブスルーでテリヤキガーセットを二つ注文し、美月に手渡した。


「やった! さすがレオン!! ありがとう!!」


 美月は、車内で包みを開けて喜んでいる。

 車内に充満する、ハンバーガーとポテトの臭い。


「これが、みんなが言っていたやつね! ほら、葉月も食べなよ」


 嬉しそうな姉と違い、葉月はため息を吐く。


「……レオンもお姉ちゃんには甘いわね」


 ————みんなそう。醜い私なんかより、お姉ちゃん。お姉ちゃんが大事。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る