ツカイ
程なくして救急車が到着し、女性は自分の足で救急車に乗り込んだが、興奮状態の様で受け答えがままならず、隊員さんの質問にはパパが対応していた。
その間も低い声は続いていた。自分にしか聞こえていない事は分かっていたけれど、集中しないと言葉が聞き分けられなくて、パパに気付かれない様に林の中へ戻り喧騒と少し距離を取った。それにしても、勿体付けて話している割には半分ほどは何を言っているのか分からない。
『遅し!二たび命受けし者は神にツカエマツローベシトオーセタルを忘れたるか!』
「えっ?神?あっ、あなたが神様って事?」
『いかにも。呼ばルレバ、直ちにイデコズデイカントス!』
「…??…あのぉ、ごめんなさい。ちょっと、言ってる事、よく分かんなくって…。」
『…。』
「あの、きっと大事な事なんだろうな、って事は分かるんですよ…。でも、肝心なとこが伝わんないと…。私の言ってることは通じてるんですよね?だったら、も少し分かりやすく話してもらえません?」
『…。ゲニ…。』軽い咳払いの様な音がして、さっきとは打って変わって軽やかな口調になった。声色も一気に普通に近づいて、何なら随分若返った感じもした。
『ソチの言う事にも一理あるやもしれぬな。ではよく聞け。今日からソチはワシの使いじゃ。与えられた命、コトなす事で報いるのじゃ。よいな。』
話し方が変わって少し親近感が湧いたのも束の間、偉そうで一方的な言い草にイラッとした。
「えっ、使い?…もしかして使いっ走りって事?雑用係?」
言いたい事はまだあったけど、途端に全身がボワっと温かくなったかと思うと、身体が数センチ宙に浮いた…様な気がした。
腹立ち紛れに投げかけた問いに答えはなく、唐突の静けさが焦りを生んだ。
答えを求める様に祠の方を見たが、光の柱はほんのりと余韻を残して消えてしまった後だった。
「それにコトって何よ…?」
鼓動が早くなった。
「明日叶~!」
呼ばれているの気が付き、顔を上げると、パパが手を振りながら、こっちへ向かって小走りでやってくる所だった。
「あ、パパ。」、と応えて歩き出したはいいが、足元の地面が変にフンワリしてバランスを崩しそうになった。フラッとよろめいたところをパパが駆け寄って支えてくれた。
「おい、大丈夫か。…やっぱまだ本調子じゃないんだよ。」、と心配そうに覗き込むパパに、
「大丈夫。多分小石か何かに足取られたんだと思う。」
そう言ってみたものの、遊歩道に戻って数十メートルも歩くと、どっと疲れが出た。どうしようもなくて、近くのベンチに腰掛けた。
「ねぇ、パパ。ごめん、何か疲れちゃったみたい。ちょっと一休みさせて…。」
次に気が付いた時は居間のソファーの上だった。
「えっと…?」
初め自分がどこに居るのか分からなくて、ボンヤリしていると話し声が聞こえて来た。
「だからぁ、明日叶がちょっと歩きたいっていったんだよ。ちゃんと舗装された遊歩道だったし、行きは元気に気持ちよさそうに歩いてたんだ…。」
「でも、しばらく一人きりにしたんでしょ、明日叶のこと。」
「って言っても15分位だ。だって仕方ないだろう。倒れちゃった
ゆっくり身体を起こして深呼吸をした。大丈夫、苦しい事もないし、痛い所もない。
「ママぁ。パパぁ。」、とできるだけ自然に聞こえる様に、二人を呼んだ。
パパの「おー。明日叶!」とママの「目が覚めた?」が同時に聞こえた。
「ねぇ、私、もしかしてまた倒れちゃったの?」
「いや倒れてはないよ。ベンチに座って、そのままコテっと寝落ちしたんだよ。パパの肩に寄りかかって。でも、風も強かったろ?冷えるといけないと思ってさ。オブって車まで運んで…、やっぱ家で休んだ方がいいと思ったから、帰ってきたんだ。」
「それより気分はどう?息苦しい、とかない?病院行く?」、とママは側に来て心配そうに、そっと頭を撫でた。
「大丈夫。思ったより弱っちくなっちゃったみたいね。」と笑うと、ママも安心したのか少し笑顔になった。
「それにしても、明日叶おぶるなんて、何年振りだ?覚悟して担いだのに思ったよりも軽くて拍子抜けしたよ。今、体重、何キロ位?」
「そんな事、パパに言うわけないでしょ!」
「この子、入院中に少し痩せたのよ。でも、お医者さんも特別何も言ってなかったから心配するほどじゃないとは思うけど。」、と言いながらママは少し眉間に皴を寄せた。
「って事は、俺の体力もまだまだ捨てたもんじゃないってことかぁ?」
「そう言えば、何かお腹空いたぁ。」ママの事を思って、そう言うと、
「ああ、お弁当食べそびれちゃったからなぁ。そうだ、ちょっとキッチン借りていい?ソーセージとかサッと炒めちゃうよ。」
そう言って、パパはキッチンに立ち、あっと言う間に出来上がったキャンプ飯を皆で頬張った。食べ始めてみると、案外本当にお腹が空いていたらしく、自分でも驚くほど沢山食べられた。
「元気になったら、キャンプ、リベンジな!」、とパパは引き留めて欲しそうな顔をして帰って行った。
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