カゼ

カーナビに誘導されるまま丘に上がる坂道を登って行くと前方に通行止めの看板が出ていた。

「参ったな。ちょっと待てよ…。」、とパパは考え事をする時の癖で左手のグーを口元に持っていって親指と人差し指で作った輪っかに息を吹き込みながら、カーナビの地図を広域にしてキャンプ場への他のルートを探し始めた。


でも、私が行かなければいけないのは、明らかにその看板の向こう側だった。光の壁が奥の方に見えていて、木々の枝がざわざわと手招きするように揺れている。

すると、後続の軽四のトラックが看板の前で止まり、運転手が下りてきてガリガリと音を立てて看板を横にずらした。

私はパパの袖を引っ張って、

「ねぇ、あの人…。」

「あっ。あのぉー、すみません!」パパは急いで車を出ると、声をかけた。

「その道、通って大丈夫なんですか?キャンプ場行きたいんですけど。」

「ああ、キャンプね…。」、と言いながらパパと私を品定めするように見ると続けた。

「この先の道が二手に分かれててね、右手の池をグルっと回っていくルートが、こないだの大雨で相当ぬかるんでるんだよ。これ、昨日まではそっちの道の前に置いてあったのに、向こう見ずな若者が2回ほどハマって動けなくなっちゃってね。大騒ぎだったんだ。まぁ、そっちに行かなきゃ大丈夫だ。」、というと、通って、通って、と言う風に右腕を大きく振った。

パパはおじさんに「ありがとうございまーす」、と言って、車を進めた。サイドミラーに小さくなるおじさんの影が看板を元の位置に戻しているのが見えた。

「ラッキーだったな。あの人がいなかったら、今日、諦めなきゃいけなかったかもな。」

車はそのまま光のドームに入っていった。車体がエンジンの振動とは違う揺れ方をしている。

「風強くなってきたなぁ。テント張れるかなぁ。」

パパの声を遠くに聞きながら、当たりがだんだん桃色を帯びてきているのに気が付いた。『近い!』一際濃い桃色の光を放っている場所が右手に見えたかと思うと、さっと過ぎ去った。

「あっ、あそこ!」

「おん、さっきの人が言ってた池の方に行く道だろうな。」

『池か…』、と思い振り返ると、大きな木の根元辺りが輝いて見えた。


キャンプ場はそこから2、3分だった。と言っても、開けた場所はあまり大きくなく、テントが3つもあれば、お隣さんが何を食べているかまで分かりそうな広さだった。ただ、きれいなトイレとシャワー室、それに品ぞろえの豊富な自販機が2台に簡易台所まであって、利用者が少なくない事を誇示してた。


空は快晴。でも風が強い。

「すごいな、風。家出る時、風なんて無かったよな。」とパパが寝ぐせのある長めの髪をなびかせながら私を見て言った。「こりゃ、少しおさまるまで、テントも火も無理だな。」申し訳なさそうな表情に、こっちこそ申し訳ない気持ちになる。

「じゃさ、ちょっとその辺歩いてみよーよ。」

池の見える場所に行かなくちゃ。


風が背中を押している。


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