ホホエミ
誰かに助けられたあの日以来、時々思い浮かぶ顔がある。思い浮かぶと言っても、写真を見る様なはっきりした画像じゃなくて、ぼんやりとして掴みどころのない顔。女の人だという事は分かるけど、それが誰なのか心当たりはない。ただニコニコしていてるのは分かるから、家族じゃない事は確かだ。かなりレアな幸せな空気感を纏っている思い出だ。これまでに向けられた笑顔は数えるほどで、それさえ憐んでいるだけなのが分かって鬱陶しかった。上っ面の「かわいそう」は何の足しにもならないし、ウザいだけだってのが何で分からないんだろう。まぁ、普通に恵まれた奴らには多分一生分かるはずもないけど。
オレは警備員のバイト以外にも3件バイトをしている。中3の時に嘘ついて働きはじめてからずっと休まず働いてきた。ばあちゃんの家にいた頃は家賃はいらなかったし、最低限以外の金も使わなかったから、結構貯金はある方だと思う。それでも、朝から晩まで毎日働いているのは、そうでもしていないと、時間があり過ぎて、碌なことを考えないからだ。だから、毎日体力ギリギリまで働いて、アパートに帰ったら考える余裕もなく身体も頭も自然とシャットダウンするのが理想だ。でも、まだ22歳。寿命で死ぬまでには恐ろしいほどの時間がある。こんな退屈で面白くもない日々を、果てしなく重ねていくのかと思うとマジでげんなりする。
物心ついた時から抱いてきた明日に対する歴然とした嫌悪感が、あの日命拾いをしてから少し薄れた。それまでのただのしょうもない命が、あれからは誰かが助けてくれた命になった。一着しかないジャンパーに袖を通す度に、引っ張られた感覚が蘇る。
「誰だったんだろう。」
ユラユラと揺れる蜃気楼が遠い景色を映し出すように、またあの笑顔が浮かぶ。
「お礼ぐらいは言わないとな。」、と思うようになっていた。
目的が生まれた。
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