キザシ

女の子に巾着をもらった2日後、夢の中でユウが話すのを初めて聞いた。

「まじ、だりー。」

これまではユウの存在だけがぼんやり分かるだけで、周囲は瓶底を通してみる様に歪んでよく見えなかったのが、全角度で急に解像度があがって、最初は夢だとは気づかなかった。大抵は、最初からこれは夢だな、と分かるのに。


ユウは薄暗く狭い路地を、いつものように少し猫背気味で足元ばかりを見ながら早足で歩いていた。深緑のジャンパーの襟が擦り切れている。チラッと前を見ると、急に小走りになって、もう青信号が点滅し始めている横断歩道へ踏み出した。条件反射で右を見るとスクーターがスピードを落とさずに近づいていた。

「あぶない!」、と口走って思わずジャンパーの袖を掴んだ。

ユウが少しよろけて立ち止まった側スレスレを二人乗りの赤いバイクが通り過ぎた。少し間をあけて、ユウは驚いたように、くるりと振り返った。

「あり…」

「あぶないじゃない!」

ユウはキョロキョロと辺りを見回した。

「引かれるとこだったのよ!」ユウの袖を引っ張りながら訴えた。

ユウは私が引っ張った袖を見た。私の事は見えていないようだった。そして手から袖の感触がスッと消えた。


ここで気が付いた。『夢か。』、と。ただ、いつもの夢とはちょっと違う生々しい感覚があった。雨が通り過ぎた後の様な湿った空気も、ジャンパーの袖のシャカシャカ感も、バイクが通り過ぎた時の風も。まるでその場にいる様だった。

ユウはちょっと眉間にしわを寄せ、訝しそうに首を傾げて、また前を向いた。スマホをチラッと確認すると、信号はまだ赤なのに、急いでいるのか、左右を見て渡れる隙を狙っている様だった。

「もー、危なっかしいなぁ~。」


そう思ったところで目が覚めた。一瞬自分がどこにいるか分からなかった。窓の外はまだ暗い。手足が冷えて、喉がカラカラだった。加湿器の水切れランプの赤が点滅していた。

ぼんやりと水を飲みに立って、ぼんやりと給水タンクに水を入れて、ベッドに戻った。あまりに現実味ある夢の余韻は続いていて、まるで10数年振りにユウに会えたような気がして、ざわつく心は収まらず眠れないまま朝を迎えた。


「この年で寝不足は、辛いんだよねぇ。」、などと独り言ちながら、濃いめのコーヒーを淹れた。


やけにハッキリ見えたあの狭い路地、あの交差点…。無意識のうちに、記憶と照らし合わせてみていたけれど、どうも知っている街ではない様だ。でも、あそこは現実にある場所のような気がした。

あそこに行けばユウに会えるかもしれない。

「今度は、もっと目印になるもの探さなくちゃ…。」

そして、ずっと気になっていた枕を買おうかと思った。

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