ネガイ

 ユウの20歳の誕生月を境に、ユウを探し始めた。ただ、あてもなく探して簡単に見つかるわけもなく、月日は流れるばかりで手掛かりはなかった。


 でも、相変わらずユウは時々夢に出てきてくれていて、夢の中ではもう立派な大人だ。もちろん実際のユウがどうしているのかは分からないけれど、小さい頃の面影を残した姿には現実味があって、夢で見る度にきっと元気にしているんだろうと思えて安心できた。それが、3カ月ほど前だろうか、夢の中のユウの様子が変わった。明らかに暗い表情をしていて、その気分を映す様にユウが纏う空気も深い川底の緑がかった藍色をしていて暗く冷たいのだ。夢の中では大抵、顔かたちはユウだと分かる程度には見えるけれど、音はくぐもっていて聞きわけられない。ただ息遣いの様なものは感じられて、溜息や、舌打ちが多くなっている様な感じがしていた。


 やっとお咎めを受けずに会える様になったのに、どこをどう探していいか分からない上、不穏な夢のせいで気持ちが焦るばかりで途方にくれていた。ユウの叔母にあたる昔の同僚は、あの禁止命令が出てからブロックされてしまったのか連絡は取れない。以前の祖母宅は長く空き家になっている様で、近所で少し尋ねて回ったが、彼女の引っ越し先を知る人はいなかった。あまりのつてのなさに、ユウとは赤の他人であるという事を今更ながら思い知らされて心が挫けそうなっていた。『こうなったら興信所にでも頼むしかないか』、などと、仕事帰り公園のベンチで光を集めながら昇り始めた月を見るともなしに見ていたとある夕暮れ、突然声を掛けられた。


「あのぅ、すみません。」

「はい。」見ると、やけに色白で痩せた子が目の前に立っていた。高校生位だろうか。

「あの…、これどうぞ。」そう言うと、手のひらサイズの小袋を私に差し出した。

「えっ?」

「あっ、…えっと…」、と口ごもると、その子の顔はみるみる内に赤くなってしまった。思春期を象徴する様な鮮やかな頬の色に、こちらまで恥ずかしくなってしまった。その子は何かを確かめる様にチラッと後ろを振り返り、何やら口の中でブツブツ言うと、サッと向き直って、意を決した様に早口で

「あの、これ持ってると、願い事、叶います。」

「はい?」

「願い事、ありますよね。」

 長い前髪の奥から見開いた目で真っすぐ心内を見透かされた様な気がして、ちょっとひるんで固まっている内に、その子は小袋を私の膝の上に置くと、首だけでお辞儀して、あっという間に走り去ってしまった。


 『いったい…?』女の子が視界から消えてしまってからも、彼女の足跡がぼんやり月明かりに浮かび上がっている様に見えて、さっきあの子が立っていた場所へ足先を伸ばした。ほんのり明かるい靄に触れた途端、ワッと強く光って、線香花火の火球が落ちる様に、シュっと暗くなった。

『キツネ…につままれた…?』自分の突飛な思考回路に楽しくなって、思わず少し笑った。頬に笑顔を感じながら見ると、ちょっと毛羽だった水色の麻の葉模様の小さな巾着が膝に乗っていた。鼻先まで持ち上げるとチリンと音がした。赤い鈴が付いている。かわいい。

「あの子が作ったのかな…。」、ともう一度鈴を鳴らしてみて思った。

「危ない物が入ってて捕まったりしないよね…。」

あの時の警官の有無を言わさない表情を思い出し、中身を確かめる様に膨らんだところをそっと触ると何か固い物が指先に触れた。少しいびつな形状をしているみたいだった。石か何かだろうか。がどんな物か、知識はあまりないけれど、おそらく粉とか錠剤とか葉っぱとか、そういう系じゃなさそうだし、鼻を近づけたが臭いも無かった。

「考えすぎか…。」

よく見ると巾着の口を結ぶ紐が変わった結ばれ方をされていて、お守りっぽいと言えば、それっぽい。ほどいてしまうと、元に戻せないのは明らかだった。

「捨てて罰が当たっても困るしね…。」

自分に言い訳するようにそっとカバンの内ポケットに入れた。

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