第16話 もくくんのおまもり

「○○でやってた呪物展覧のイベント。珍しく写真撮れるタイプのオカルト展示だ~と楽しみにして行ったんだけど何これ、最悪。これ、十数年前に公開された『もくくんのおまもり』っていう実話映画の来場者特典じゃん。」


「何が『霊と交信できるらしい』だよ。映画一回でも見たことあるなら口が裂けてもこんな説明文出てこんわ。」


 数日前にバズった、赤いお守り袋の画像。この投稿を覚えているものは多いだろう。


 ○○ホールで行われていた呪物展覧会。オカルト専門家たちが集めた、国内外の珍しい呪物が撮影可能な状態で展示されているという事で、事前チケットは完売。しかし、初日動員数もホール記録を更新する勢いの最中、投稿されたこの画像により、展覧会は中止、チケットも全額返金に追い込まれた。


「『もくもり』ってあれですよね……。三人家族のお母さんが末期ガンになって、それを献身的にパパと支えてたらそっちもステージ4の腫瘍見つかって……。当時子役の○○君がお守りに泣きながらお祈りするシーン、とても印象に残っています……。」


「これは流石にひどすぎる。映画は両親が家に戻ってくるエンドでぼかして終わらせたけど、確かこの後モデル二人とも亡くなってましたよね?当時のチャリティー番組で親なくしたばかりのモデルの子に手紙読ます企画やってて、虫唾走った思い出。」


「確かこのお守りも神社ある地元試写会でだけ配られたものだったけど、当時『もくくんブーム』みたいなの起きてて、転売続出したんだっけッて思って今フリマサイト開いたら、あの展覧会前後で『例のお守り』で大量出品あるやん。しかも名義一緒。これ主催者側も絡んだ在庫投げ売りじゃね?」


「いずれにせよこいつらはキャリア終わったな。まぁ最近テレビでネット記事から拾った怪談あたかも自分の実体験みたいに語ってたり、心霊スポットで器物損壊騒ぎ起こしてたりしてたし、見なくて済むの助かる。」


「しかし呪物展覧会が初日で中止って文言だけ見たら呪い感あるのムカつくな。なんかアイツら武勇伝として今後騙りそうで。(特に当時学校で『もくくん』見せられて泣いたことある身なだけに)」


「あー。でもその『もくくん』にも色々黒い噂あるよね。両親がカルト信者で治療一切受けなかった説とか。実際親戚がテレビ出たさにエピソード盛った挙句整合性つかなくなって雲隠れしてフェードアウトしたって話はホントらしいし。」


「いずれにせよ、今現在の『もくくん』が呪いとか関係のない穏やかな生活していることを祈ります。」


 事件の反応は様々なものであるが、大体は主催者側への批判、もくくんへの同情。そして当時の闘病感動ブームに関しての苦言が占めていた。


 よってこの記事もこの三点に的を絞り、当事者へのインタビューを敢行した。


「実は展示品のレイアウトとか内容に関しては、あの人らに皆任せてノータッチだったんですよ。だから正直俺もSNS見て騒動に気が付いたっていうか。」


 こう話すのは、呪物展覧を主催していた展示イベント会社代表のAさんである。


 イベント即日中止の判断とチケット返金への対応速度、そして主催専門家たちを一堂に会しての謝罪会見を配信する等、今回の騒動で株を上げた人物である。

(ちなみに主催専門家達へのインタビューも、彼を通してという事になっていたので、直接彼にインタビューすることと相成った。)


「後の流れは投稿の通り。速攻主催問い詰めたら、当事者がフェイク認めて。その他の主催もボコボコフェイクゲロったんで、結局全日中止って事にしました。」


「後から数えたら、展示品の6割作り話だったらしくて。流石にそれ続けるのはオカルトとはいえなぁってビジネス的判断です。」


「まぁうちとしても今後の信用問題とかありますので。この業界噂がすべてだし。」


 そうドライに話すAさん。ネットで沸き上がった転売ヤーのアシスト説に関しては、


「あー。あれもガチですね。聞けば当事者の弟が、本来東京の映画祭で配るはずっだった在庫引き取ってたらしいです。」


「記者さんもあれは記憶に新しいんじゃないですか?『もくくん』のモデルがネグレクト受けてたって記事。あれのせいで映画祭での上映なくなった分のゴミ在庫を、金にしようって言うのが狙いだったらしいです。」


「これも調べたら、人形やらおもちゃやら展示品と同型の奴がいっぱい出品されてまして。流石にそれやったのはお守り事件の当事者だけでしたけどね。」


 ここまで話を聞いたところで、次の取材が入っているという事でAさんへのインタビューはお開きとなった。去り際、Aさんはこう話している。


「まぁー霊にしたって呪いにしたって、結局は『情報』に過ぎませんからね。受け手がどう思うかと、それに余計な情報が入り込む余地完璧に無くすことが、いいの作る条件じゃないですか?」


「『もくくん』に関しては、今でもかわいそうだと思ってまして。もう少し、寄り添える大人がいてあげられたらって良かったのにって。」


 次に取材したのは、「もくくんのおまもり」原作「僕のお守り」著者であり、長年一家へのインタビューを行ってきたライターのBさんである。

 一説では、彼女が最初からすべての出来事を筋書きし、一家を破滅に追い込んだというものまである。

(後に根も葉もない噂だと、出版社が誹謗中傷者を訴えたのは、有名な話である。)

「もう時効ですから」と、彼女は当時の真相を多く語ってくれた。


「自分最初は、地域ごとのおすすめ神社でランキング作る記事やってたんです。ほら、あるじゃないですか。検索エンジンで最初に出てくるようなランキングブログ。」


「その取材行った日、神社でたまたまお百度参りしている家族がいて。それが『もくくん』一家だったんです。」


「私が見た時は、一通りのお参り済ませて帰るところで、その時写真どうするみたいな話をしていました。」


 そこでBさんはその際、持っていた高性能カメラで三人の写真を撮り、後日現像して送付したらしい。(ちなみにその写真も見せてもらったが、もくくんの首には例のお守りが下がっていた。)


「やっぱりこういう思い出は、最高の形で残した方がいいって私が無理言って撮らせてもらって。だって、本当にすごく幸せそうなご家族でしたので。」


 それがきっかけでBさんと一家に縁ができ、連絡を取り合ったり、食事に呼ばれるような仲になったのだそう。


 しかしその際既に、Bさんはある違和感を感じ取っていた。


「まずもくくん。すごい早食いなんです。まるで目の前の食事が誰かに盗られてしまうって思ってるみたいに、すぐに食べ終わってどっかいっちゃって。」


「そしてご両親もそれに対して何も言わずに、話といえば私の会社に所属している有名ライターさんの話やら作家さんの裏話聞きたがるばかりで。」


「後は、親戚一家には著名人紹介しろって何回も言われましたね。会わせるわけにもいかないので、代わりとして食事に誘われる度に、誰かのサイン持って行ったの覚えています。」


「今考えると、あの時既に家族ぐるみでそういう団体と関わりあったんじゃないかって。」


 そして、もくくんが10歳になったある日、母親の方にガンが見つかった。

 当時のBさんは、ランキング記事が頭打ちになり、ライターを辞めるかどうかの瀬戸際であったそう。

 そしてダメ元で、闘病密着し、ブログを書いてもいいかと言うと、一家は快諾したという。


「但し、闘病方法は完治まで一切書くなという条件付きでした。当然違和感覚えましたけど、こっちも生活かかってたんで藁にも縋る思いで密着してました。」


 そして皆も知る通り、父親の方もガンを発症し、もくくんは親戚宅に預けられたそうだ。しかしBさんはそこでの暮らしぶりを、ほとんど知らないのだという。


「私は二人の密着、というかあれは今思えばほとんど介護でしたね。それにつきっきりで、じつはもくくんの事はほとんど取材してなかったんです。」


「だから本の中にあるもくくんのエピソードは、ほとんど親戚の方が教えてくださったもので。私はその話を聞いた両親の反応を中心にブログを書くはず、だったんですが……。」


「両親の答えは、いつも決まってこうでした。」


「『あんな呪いの象徴はどうでもいい。』『それよりその気功水を』」


 どうやら、隠してほしいと言われていた闘病法は、後に著名人の死因にもなったと言われている「○○式気功水」によるものであったらしい。


 その後も、Bさんは介護を続けながら、あくまで闘病日誌としてブログを更新していた。一方で、親戚側も「もくくん」を中心とした育児ブログを自ら立ち上げ、「もくくん」中心に、家族側からの視点を綴っていった。


 やがて二つのブログは話題になり、ニュース番組の特集にも取り上げられるようになった。しかしその内容は「もくくん」のけなげな姿が中心であり、一家の真実に対して言及する者は、誰もいなかったのだという。


「しかも、親戚一家さんもくくんの付添い以外で病室入る事一回もなかったし、両親さんの病状経過が思わしくなくなってきたころから、私のブログは本にした後消せって圧力かけられましたし。」


 Bさんは当事者である両親を無視した周囲に憤りを感じ、著書にする際は真実を余すところなく書く予定であった。しかし、


「……。これは旦那さんがなくなる三日前に聞いた話なんですが。実は二人の間には最初から愛はなくって、もくくんのせいで夫婦やらざるを得なかったって。」


「あの子は二人を引き裂くことしかしなかったが、気功水は二人を繋げてくれた。だから召されてもそれは苦難からの解放だって。」


「その時に決めました。この本は大人たちの話じゃなくって、もくくんの話にしようって。」


「こんなもの、残す必要がないって。」


 こうしてBさんは闘病ブログを消去し、親戚側のブログにおけるエピソードを、ストーリーチックに包む形で出版された「僕のお守り」はベストセラーとなり、Bさんもノンフィクション作家の地位を確立したのだという。


 しかし、その後起こった共書扱いにした親戚一家による原稿料の配分と、もくくんを利用したメディアでの暴走、その罪をすべて被る形で、ライター業からは実質足を洗っている状態なのだという。


「もくくんへのせめてもの罪滅ぼしに、結局責任だけ全部私が取りました。多分、大人たちは最初から水の宣伝だけが目的だったんだと思います。」


「……。最低ですよね、大人たちが寄ってたかって、自分たちのエゴで一人の罪なき子どもの人生、めちゃくちゃにしちゃって。」


 その後、親戚一家も同様に、難病の治療拒否で亡くなったというのだけは風の噂で聞いたのだという。


 記者がインタビューを切り上げようとしたとき、Bさんは記者を引き留め言った


「例のお守りの話は、私も投稿を見ました。それで一つだけ、思い出したんです。」


「そういえばもくくん、お守りに話しかけるような仕草をしていた所を、一回見たことがあるんです。」


「多分そうしなければ自分を保てないほど、追い詰められていたと思うんです。もし、記者さんがインタビューする機会があれば、申し訳なく思っている事、伝えてください。」


「私に、会う資格はないので。」



「いやぁありがとうございます。記者さんに言われて『ああ、そんな人いたなぁ』って思い出せました。」


「正直、あの頃の記憶はほとんど残ってないんですよねぇ。なんか周りに大人がいっぱいいたな。ぐらいで。」


 その後、記者は某所貸し会議室にて「もくくん」本人へのインタビューに成功した。


「でも、みんなが悪く言ってる親戚さん、あの人たちはいい人でしたよ。ちゃんと毎日ご飯出してくれたし。」


「両親も、口が悪い人は好き勝手言ってますけど、まぁ殴ったり湯船に沈めたりしない分、まだマシな方でしたよ。」


 まるで他人事のように壮絶な幼少時代を語るもくくん。おそらく、Bさんの様な普通のライターであるなら、トラウマへの逃避反応だと、哀れに思ったであろう。


「あ、それより本題はこのお守りですよね!よかったら本物触ってみます?」


 しかしそう言った慈愛を持つには、我々は現場を踏みすぎていた。


 記者は、もくくんから差し出されたつぎはぎだらけのお守りに、手袋を脱いだ手で触れ


「……お前が何人食ってきてるか知らねぇが、この俺はそう簡単に食えるか、な?」


 その中身に清め塩経由であいさつ代わりの威圧をかけた


 もくくんは慌ててお守りを引っ込め


「ちょっと記者さん!僕の友達怯えさせないでくださいよ!電話打ち合わせの段階で、この人はやめとこうってちゃんと決めてるんですから!」


 ハンカチを取り出し、入念に塩を払った。


「もー。ちゃんと事の真相は話しますから、喧嘩はやめてください。」


 そう言うと、お守りと自身の事について、語り始めた。


「友達が最初に話しかけてきたのは、まだ言葉覚えたて位の時で。その頃は両親、まだ普通に愛してくれていたのかな?今となっちゃわからないけど。」


「僕、ほとんど外で遊んだ記憶がなくって代わりにこの友達と毎日色んな事して遊んでましたね。」


「一番楽しかったのは、ガリバーごっこって言って、人間の形に積み木並べて、それ一個ずつ取っていくんですよ。最初にどこが取れたらお片付けって決めて、二人で一個から三個取っていったり……。」


「って話ずれちゃいましたね。兎に角5歳ぐらいの時におばあちゃんに勧められたインチキ祈祷師に親戚総出で嵌るまでは平和な一家でしたよ。表面上は。」


 その後、両親は祈祷師の命令により、もくくんをネグレクトするようになったのだという。


「あの頃はマジで友達いなければ死んでましたね。食べてもおなか壊さない虫とか生き物とか、その時学びました。」


「たまに友達が食べたがった時は、お守り口に含んで踊り食い方式でこう……。ってこんなん記事に書けませんよね!次行きましょう!」


「で、その後両親がガンになって、気功水売りつけられたのはもうご存じですよね?あれ実は途中からお祈りすらしなくなった、ただの水道水だったんですよ。」


「僕はと言うと、親戚の家で歳離れた兄姉に影でいじめられながら、相変わらず友達とのお話を生きがいにサバイブしてました。」


「そしたらある日、今まで一回たりとも入れてくれなかったのに、急に両親の病室は言っていいよってなりまして。まぁ現地付いたらカメラいたんで、子供ながらに狙い察してけなげな子供演じていたんですよ。」


「そしたら友達が、『もくくんをかいほうしてあげる』って言い出して。」


「当時の僕には、なんだかそれがすごく温かいっていうか、本当に僕のこと考えてくれているのは友達だけなんだなぁって。その時察して。」


「何があっても、僕は友達と一緒にいようって。そう決めたんです。」


「後は彼の言うとおり、両親の水にお守りかざして、その水をあたかも差し出すように飲ませて……。あぁ、有名なニュース映像では、スポンサーとか言ってそのシーンカットされましたけど。」


「その後ですかね、両親が相次いで亡くなったのは。」


「で、ここ面白いところなんですけど、僕最後二人とも死に水まで取ったんですけど、そっくりな表情で僕のこと睨みつけてまして。」


「今際の言葉まで一緒だったんですよ!『呪いの子め。地獄に落ちろ。』って。」


「僕は友達の言う通り二人のおでこにお守り乗せるだけでよくって。ああここは映画のラストシーンで再現されてましたっけ。お昼寝する両親にお守り乗せていくやつ。」


「その後はさっき言ったとおり、周りに大人いっぱいいるなぁぐらいで全く印象になし。あ、でもなんか顔色悪いスタッフさん何人かにお守り乗せやった記憶はありますね。」


「その後はもうわかるでしょう。インチキ祈祷師が途中で逮捕されちゃったんで、最後の方少し大変でしたけど、まぁその頃には友達もだいぶ強くなったって言ってたし、むしろ楽だったかなぁ。」


 テンション高く陽気にしゃべり続ける「もくくん」。


 記者はこれから起きる事、お守りの中身の狙い、もくくんと友達の末路。すべてを察していた。

 でも敢えてそれを言う事はしない。もくくんは無邪気に語り続ける。


「あの入場者特典お守りも、うまくいけば時間短縮になったんだけど、あれは失敗しちゃって。地元試写の奴は、お金に目がくらんだ神社が、チケット代に利益上乗せして自分とこの在庫はかしたから、僕関われなくて。」


「で、映画祭でもう一回配るってなった時、企画の人に無理言って説明書付けたんですよ。」


「『おでこにかざせば、しあわせになるよ』って映画のセリフ付けてくださいって。あれ、配ってくれたら今頃僕はとっくに『かいほう』されてただろうなぁ。」


「あーでももう後二、三人ぐらいで終わりって友達も言ってたから、あの呪物の人ら全員分で終わりかな?うん?あーもう少し欲しい?でもこのひとつよいからどうするー?ふふふふふふ」


「たのしみだなぁ、かいほう、たのしいことだけになる、かいほう」


 もくくんは、その場に記者がいることも忘れ、幸福そうに友達との会話に耽り始めた。


 記者はその隙に会議室を退室し、隣会議室にて監視を続けていた怪異組織に、合図した。


「おい、ありゃダメだぞ。完璧な成れかけだ。」


「ただいまこっちの溜穢分析も『怪異羽化寸前水域』と出ました。対処班に突入命令出します。」


「おう。ごくろーさん。」


「……。情報提供ありがとうございます。あと少し遅れていたら、もくくんは。」


「ああ、あと少しで、あいつら夢が叶っていたのにな。」


「……。何を言って。」


「別に何も。ただかわいそうな子供に怪異が善意で手を伸ばしたのが、ふいになった、理由は人類に害をなす方法だったから。それだけじゃねぇか。」


「はい。それだけですね。そして僕たちは人類を守る為、監視対象である人類の祓落処置を敢行する、それだけの話です。」


「……。事が終わったら、もくくんの身元引受人はBという女にしておけ。アイツだったら『逃げねぇだろうし』大丈夫だ。」


「かしこまりました。重ね重ねの協力、感謝いたします。」


「……。怪異と人間って奴が交わると、どうしてこう。」


「よりにもよって最悪な間違え方を、いつもやるかねぇ。」


 ちなみに、展示されていたお守りの解説文の全文が、こちらである。


「このお守りを額にかざすと、霊と交信できるらしい。但しこのお守りにいる者に、人間の理は通用しない。」

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