第15話 つどい斎苑

「本当に勘弁してほしいですよ、うちも先日棺から汁出ちゃって大騒ぎになったんですから」


 こう話すのは○○市にある大手チェーン祭典場勤務のAさんだ。


「昨今流行りの感染病、そしてそもそもこの地域の高齢者の多さ。去年ぐらいから新しいのもう一個増やさないと間に合わんぞって業界内では話題になってたんですけどねぇ。」


「ついに来ちゃいましたよ、Xデー。○○斎場が設備老朽のボヤ起こしかけたのをきっかけに、ロストルを皆台車式に建て替えるって言うんで改装工事入っちゃって。」


「そして今年のこの暑さでしょう?やられちゃった人がまぁー多くて。おかげで最大2週間待ちですって。火葬。」


 Aさんはほとほと困り果てたという様子で続ける。


「最初に言った汁漏れ事件のご家族も、『親族全員が揃うまで葬式上げるな』って遺書律義に守らなきゃいけなかったらしくて、最悪この時期だから先に焼いてくれってお願いしてたんだけど、結局親族のブッキングごたついて10日後に葬儀なんてことになっちゃって。」


「まぁ、業者も焼くどころか冷蔵庫の空きがない状況だって言ってたし、だいたいいつ今日が葬儀ですってお呼びがかかるかもわからないから野ざらしだったらしいんですよ。」


「しかも後で聞いたら通夜の時にガキが棺蹴っ飛ばして継ぎ目がずれたらしくて。まぁ起きるべくして起きた事件だってことです。」


「まぁ遺族には込み込みタダってことで丸く収めてもらったよ。棺の中身がめんどくさい爺だったらしく、好感度が底値だったのも幸運だった。」


「うちはこの通り全国に千店以上あるようなチェーンだから、これ以外にこれといってめぼしいネタはないんですけどねぇ。記者さん。」



 Aさんの話がひと段落付いたところで、弊誌記者は本題の質問をぶつけてみた


「しかし変ですねぇ。この地域にはもう1個火葬場あるでしょう。」


「ほら、つどい斎苑とかいう所。あそこ建ってから十年も経ってないし、設備もきれいで豊富だし、オマケに欧米のどっか有名な建築家が監修やってるんでしょう?」


 するとAさんは先ほどまでの柔らかな雰囲気を崩し、


「チッ。流石オカルト部署。目当ての話はそっちか。」


 眉間にしわを寄せて、吐き捨てるように言った


「この地域でまともなヤツは誰もあそこじゃ焼かん。」


「理由知りたきゃ行ってみろ。ちょうど明日、うちの客がどうしてもって言ってあそこで焼くらしいからな。」


「でも、気ぃ付けろ。あそこの煙浴びた奴は、皆呪われるからな。」


 そういってAさんは、自分の持ち場へと帰って行った。


 翌日、記者は早速社用車を走らせ、つどい斎苑へと向かった。


 つづら折りの山道に沿うガードレールには、所々へこみ跡が見え、場所によっては途切れており、テープが張られている。


 途中、崖側に藻が生したため池が見えた。普段は澄んでいるのだろうが、暑さのせいで底も見えぬほどの新緑に染まっていた。


 こうしているうちに、つどい斎苑の近代的な建物が、山から浮く様に建っているのが見えた。


「本日はよろしくお願いいたします。」


 そう言って記者を出迎えたのは、裕福そうな三人家族であった。

 終始、沈痛な面持ちで黙りこくった父親(喪主、亡くなったのは彼の母親らしい)

 娘をあやしながら、申し訳ないと謝る記者に「いいんですよ」と疲れた顔でほほ笑む母親。


 最初の方ははしゃいでいたが、斎場が大きくなるにつれ、大人しくなっていく小学歳ぐらいの娘。


 彼らの話からも、故人が穏やかで、慕われるような人物であったことは容易に想像できた。


 施設に入り話を聞くと、この火葬場では近隣の斎場と提携し、「煙浴」というサービスを行っているらしい。


 これは、この斎場のロストフ式を利用し、遺族により良い最後の時間を提供すべく、「火葬時の煙を浴びることができる」らしい。


「記者さんが最初に取材された葬儀場。実は知り合いが働いてて、そこで勧められたんです。」


「母さんも生前から、僕らに内緒で香り決めていたらしくて。今日初めてわかるんです。」


 と、父親が赤くはらした目で説明してくれた。


 読者の皆様におかれては、一瞬眉を顰めるようなサービスではあるが、煙は一旦施設内の蒸留された後、濾過装置にかけられ、故人が付けていた香水や生前からの打ち合わせで決めた香り等の匂いを足して、煙浴室に流れるという仕組みなのだそう。


「命の循環をじかに感じることができる。より親密に故人との最後のひと時を過ごすことができる。と、大変好評サービスとなっております。」


 と受付の女性は、静かに説明した。

 しかしその声は、微かに怯えで震えていたようだった。


「大好きなおばあちゃんとの最後だから、煙浴室には、三人で入らせてください。」


 そう言って三人は、煙浴室へと入って言った。その背中を見送った記者に対し、


「お暑いでしょう、お水でもどうぞ。これうちの特別濾過装置使ってて、とてもおいしいんですよ。」


 と、先ほどの女性が、紙コップに入った水を差し出した。しかし、


「いえ、ウチ社の規定で、そういうのダメって言われてるんで。」


 と、記者はやんわりと断った。


(社の規定とは言ったが、実際には専門家の教えで、「事が起こっとる場での飲み食いは、そいつらの仲間になるっていう意思表明や」というのが、我々には染みついており、現場取材時の飲食は皆避けている。)



「あ、雑誌の記者さんでしたね。すいませんでした。」


 と、女性はすんなり察してくれたのか、水を引っ込めた。

(ちなみに先ほどの三人は、皆水を飲んで煙浴場へと入っていった。)


 女性は記者と同じ長椅子に座ると、


「すいません、煙浴室に入ったお客様いたら、外でスタッフ一人待機してなきゃいけないんです。」


 と、申し訳なさそうにこちらを向いて頭を下げた。

 いいんですよ、と記者が言わぬうちに、女性は先ほどと同じ微かに震えた声で、


「最近、煙浴サービス受けたお客様が……その……」


 そう口ごもった瞬間、館内にブザーが鳴り響いた。焼き始めの合図なのだという。


 それから数分後、煙浴室の外に立つ我々にも、微かに匂いが流れ込んできた。


 少し時期には早い、金木製の香り。花言葉は「謙虚」。


 故人のイメージ通りの、穏やかで甘い香り。


 本来であるならば。


「……!?匂いが甘すぎる。」


「……。お姉さん。口元にハンカチ当てて、なるべく匂いを認識しないようにしてください。」


 記者は女性に注意を促した、女性は慌ててハンカチで鼻から口をふさぐ。


 記者も用心のためマスクを取り出し、二重掛けにする。するとほどなくして、


「やっぱりお前が謀ったんじゃないか!○○!」


「母さんの食事の塩分量に細工したんだろう!どうせ遺産目当で!」

 と、夫が妻をなじる激しい怒号が、煙浴室から聞こえてきた。

 同時に、妻と子供の泣き叫ぶような怒号もこだまする。


「そんなに私の事信用できないなら!とっととお義母様の希望通り、施設に入れればよかったじゃないの!お金ケチったのはあなたの方でしょう!」


「あばあちゃん、あついって言ってるのに喧嘩しないで!」


「いい?○○ちゃん。パパが、おばあちゃんグループホームに入れるの賛成してくれたら、約束だった誕生日に遊園地、四人で行くことができたのよ。」


「それだってお前が、家建てるとき階段玄関前でいいって言ったからだろ!」


「もうやめて!おばあちゃん!私のせいであついのはわかったから!」


 女性が、煙浴室の戸を緊急解放した。


 途端に、マスク越しでもわかる甘い香りが場内に流れ出る。


「落ち着いてください!何があったんですか!?」


「遺骨は後日引き取りに行きます。もう帰らせてください。」


 混乱しながらも引き留めようとする女性の声も虚しく。夫は、泣き叫ぶ我が子を置いてすたすたと出口のほうに歩いていく。


「まだ話は終わってないわよ!あなた!」


 妻も子供を置き去りにし、後を追う。


 女性が途方に暮れたように、火がつくように泣き叫ぶ子供を必死で宥める。


 本来穏やかな場が、地獄絵図の様相を呈していた。


 だが、こんな地獄は我々には慣れている。


「お待ちください。まずは四人とも、僕の前に集まって下さい。」


 記者は、プロから受講した発声法でまず場を制す。(専門家所属組織のセミナーで、血を吐くような特訓させられたのが生きた。)


 そして怪訝そうな顔をして集まった四人に対し……。


「えいっ!」


 はっか油+塩+滝行場の清水+変な監修で構成された弊社特製清水をスプレーボトルでまんべんなく吹きかけた。


「……。あれ、」「私、達」「……。なに?」「え?不安が一気に」


 強めのメントール臭に、正気に戻る四人。彼らに対し、記者は言い聞かせるように言う。


「おばあちゃん、そんなこと言わないですよね。多分。」


 その途端、父親はその場に泣き崩れた。妻も、「ごめんなさい」と連呼し、泣きじゃくる。その様子を娘は、しゃくりあげながら見つめる。


 場内に、火葬終了のブザーが、静かに鳴り響いた。


「煙浴サービス受けたご遺族の皆さんの中には、たまにああやって錯乱される方がいるんですよ。」


「しかも今年の夏に入ってから特にひどくって。今日のでもう5件立て続けです。」


「そうしているうちに、ライバル関係にある祭典場が、『あそこは呪われている』なんて噂立てちゃったらしくて。」


「おかげさまであっちの火葬場は予約待ち、うちはガラガラなんてことになっちゃいましてねぇ。」


 騒動の後、記者は駆け付けた祭典場の支配人から話を聞くことに成功した。


「しかし私たちも運が良かった!たまたま特務班幹部直属部下の記者さんが、たまたま場に居合わせてくださったんですから!おかげで助かりましたよ!」


「我々の業界でも、結構な人数兼務扱いで出向してるとは聞いたんですが、何せウチはまだまだ業界でもルーキーで、そういう人材、いればいいんですけどねぇ。」


 話が人材の融通に移行しそうになったので、記者は慌てて話を本題に移した。


「すいません。今回のような事態が多発している原因を探りたいですので、いくつかお話伺ってもよろしいでしょうか。」


「あ、はいぜひぜひ!うちとしても肝になるサービスなんで、早々に解決してもらわないと困りますよ!」


 支配人は、早速、錯乱事案の詳細を説明してくれた。箇条書きにするとこんな感じである。


 ・火葬場をオープンと同時に煙浴のサービスもスタートさせたが、今年までは特に問題も起きず運用できていた


 ・火葬場の設立には、あらゆる分野からの監修を受けたと建築家は説明しており、実際こういった事態の防止に対しても万全の対策は練ってあった。


 ・しかし今年の春頃から錯乱事案が相次ぐ。


 ・それだけならまだいいが。そのまま帰路についた客の事故も相次いでいる。山中に消えたまま行方不明になったり、交通事故で犠牲になったりと、山絡みの事故が多い。(道中のガードレール工事が間に合わないレベルで。)


「他には、記者さんが甘ったるい匂いしたとも言ってましたよね?実は金木犀の花言葉には『誘惑』なんてものもあるらしくてですね。関係ありますかね?」


 熱心に情報を出してくる支配人。記者が熱に辟易して遠くを見やると、ふとスケジュール表が目に留まった。


「すいません。この『浄化施設管理会社・点検』というのは。」


「あーそれ。なんか今年の春から、提携してるウォーターサーバー会社が始めた新しいビジネスらしくって。」


「どこでも高山の天然水、って売り文句でやってて、実際水も結構おいしくなってね。記者さんもお飲みに……。いやいや失礼、面倒事になりますね!」


 記者は会社名をスクショし、同僚にメールする。


 するとほどなくして、返事が返ってきた。


 この事件の、「答え」と共に。


「……。支配人さん。その提携今直ぐ切ってください。」


「これ以上、この山に餌をやるわけにはいかない。」


「……。どういうことです。」


「多分この事件、原因は『水』です。」


「あー、山の湧水が濁っているとか、そういう話ですか?それなら心配ご無用ですよ!うちは完全循環システムで館内の水は常に綺麗に……。」


 自信満々に語る支配人だったが、何かに思い至ったようで、顔を見る見るうちに曇らせた。


「……。その湧水が、穢されている?まさか。」


「あ、あぁっーーーー!やりやがったなあのインチキ会社め!」


 支配人は慌てて業務用携帯を取り出し、スタッフに指示をする。


「館内の全スタッフに、水提供と煙浴室の提供を一時止めるように言ってください!」


「あと、手が空いてるスタッフ居たら、煙浴の予約入れてるお客様に順次キャンセルの電話!」


「通常の火葬は順次行ってください!何なら○○斎場は俺から詫び入れて話付けるから!」


 そう矢次早に指示をして電話を切ると、記者に向かって


「今から私は、業者が作った廃水用路辿りに行きます。一緒に行きましょう!」


 そう言って長靴を履き、外へと飛び出していった。


「実は私、昔民間の祓い屋に所属していまして。」


 道中、支配人は記者に対してこう明かした。


「あのウォーターサーバーメーカーもその時からの付き合いで。というかかつては敵同士だったというか。」


「記者さんも調べた通り、あそこ山伏信仰を魔改造した新興宗教組織の資金源でして。そういうのからは足を洗ったと言っていたのに……!」


 記者は、悔しさをにじませる支配人に対し、事情を知っていると踏んで、同僚メールの内容を確認する。


「あの組織、『山よ、困難を与えたまえ』とか言いながら、山を穢しまくって成れ果てさせて、『修験場』とか言って信者放り込んで餌にするトンデモ集団、ですよね?」


 すると支配人は、「だから葬儀場なんてやりたくなかったんだ!」と大声で嘆いた。


「そうですよ記者さん!あぁ!こんなことになるなら親父が亡くなった時、欲かかずに相続放棄してりゃよかったんだ!そうすれば被害者を生むこともなかった!」


 そんな会話をしながら、記者と支配人は排水用路を辿り、一周した。


 水は、火葬場と共同墓地の地下を経由した後、近くの金木犀群生地を通り、あのため池へと流れついていた。


 そしてため池近辺には、業者が建てた組み上げ装置が建っていたが、


「……。お清め的な装置は、やはりなし、ですか。」


「この様子だとおそらく、あの煙浴室へ流す煙も、同様かと思われます。」


 記者がそう無慈悲に告げると、支配人はその場に膝をつき、絞り出すように言った


「……。実は俺があの業者と提携したのは、もう一つ理由があってな。」


「うちの火葬場、実は今年入ってから、経営急に傾いてさ。」


「んで俺、一回自分にかかってるお金で何とかしようと思って、山に紐持って入ったんですよ。」


「そしたら、例の金木犀群生地で、声がしてさ。」


「『てきとてをくめ』って。そしたらほどなくアイツらがやってきて。」


「……。嵌められたとはいえ、俺もまた、この山に棲む金木犀の誘惑にやられちまった口、か。」


 支配人はそれでも力なく立ち上がり、


「すいません……。○○斎場ですか……。はい……。先日頂いたフランチャイズ化の話ですが……。」


 斎苑により良い末期を与えるために、奔走していた。


 なお、この地域の火葬場不足は、今後二週間は続くそうである。


 まだまだ暑い最中、皆様も気を確かに、日々を過ごしてほしい。

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