第12話 えんぴつさん

「こっくりさんですか?それならうちにも似たようなのありますよ。」


「『えんぴつさん』って言うんですけど。」


「禁止?特にされてないっていうか、これ先生が教えてくれた遊びなんですよ?」


「確かその先生は―――。」



「ええ、25年前に亡くなっている『はず』なんですけどね。」


「夏は出張の季節」弊誌編集室で一種の標語と化している言葉だ。


「夏はホラーの季節。という事はうちの記事閲覧も夏場は大変に伸びる」


「そして組織の繁忙期もお盆。そこに向けて案件も右肩上がりに増えていく」


「というわけで足使ってネタ取ってこい。そして一本でも多く記事を上げろ。そうすれば君たちの冬はより豊かなものになる。わかっているな。」


「ついでにこっちにも人手かしてな♡夏はモブ記者いくらおっても戦力や。」


「……こいつ方の依頼はほどほどにしておけ―。命が惜しければ、な。」


 という部長と専門家の発破を受け、記者も早速田舎の小中合同学校が主催するサマースクールの教員バイトを斡旋してもらった。


 ちなみに例の組織所属員も何人か同じバイトにて働いている。


 記者は割とすぐに組織の中でも「対処要員」と呼ばれる、竹光を帯刀したスーツ姿の青年と仲良くなり、情報交換がてらよく一緒につるんでいた。


「なんかネタありましたかー。記者さん。」


「いやーこっちは全然。割と女生徒に話しかけられるようにはなったんですけどな。」


「そりゃ記者さんイイ感じにあか抜けた『大人のおじさん』っていう田舎女児がときめきそうなルックスしてますもん。俺なんか道場修行しかしてないゴリラですから少年しか寄ってきませんよ?」


「そう言いながらガキへのチャンバラ演武がてら浄水場のカッパ伝説処置したんでしょー?」


「あんなベタな定型怪異、隊員なら斬れて当たり前っす。この村みたいな怪異多発地帯じゃ、それじゃ仕事したことにならないんすよ。」


「俺もあんな子供向けの妖怪図鑑にも書いてある通りの話上げても、ボツどころか捏造疑われるのがオチだ。」


「……まぁこのままでかい案件もなしに夏終えるのが一番いいんですけどね。」


「そうだな。……今年のクリスマスは高級ハムじゃなくてスーパーの半額レッグで我慢するか。」


「律義にそういうことするタイプなんすね……。」


 なんて会話をした矢先、塾の女子中学生から冒頭の当たりを聞かされた。


 こうして俺たちは、いささか悪運が良すぎる夏のスタートを切ったわけである。


「やり方は他の所と一緒ですよ。よく尖らせた鉛筆50音書いたシートの上にのせて、真ん中に鳥居書いて横にはいいえ書いて。終わったら参加者が鉛筆の上に人差し指置いて。」


「あ、鳥居の真ん中には満月書くと成功率あがるらしいよ!」


 昼休憩後、記者は早速ネタ提供の女生徒とその友達を呼び、取材を決行した。


「んで、『えんぴつさん、えんぴつさん。とあけてぴょんとはねてこき』って9回唱えて、はいの方に鉛筆の先が滑って動いたら成功。」


「そしたら色々質問して、最後に呼ぶときとおんなじ呪文唱えて―」


「いや同じじゃダメだって。最後のワードを『きこ』にしなきゃ。」


「ちなみに『こき』は古い方言で『来い』。『きこ』は『帰れ』っていう意味なんですよ。」


 矢次早に女生徒たちがまくしたてるのを手で制し、記者は一人筒に質問を投げていった。


「えっと、まず、『えんぴつさん』ってのは何なんだ?例えばこっくりさんだと狐とかあるだろ?」


「それが兎らしいですよ!だから『ぴょんとはねてこき』なんです。」


「確かお母さんが学生の時かその前かぐらいに飼っていた学校の兎が必ず『えんぴつ』って名付けられたからとか言ってましたね。」


「なるほど半世紀ぐらいの歴史……。と。」


「次に、その、『えんぴつさん』からは、質問の返答以外に話しかけてくることはないのか?」


「ありますよ。例えば恋愛の質問中にいきなりなくしものの位置教えてきたり。」


「『えんぴつさんは』他のこっくりさんと違って、別に会話しながらしてもいいんですけど、なんかクラスの男子誰がかっこいいかみたいな会話の時に、なぜか先生の名前指して来たりとか。」


「そういうときって、芯の先が必ず少し震えるんですよ。」


「そうだったっけ?ごめんその回の『えんぴつさん』私その後覚えてないかも」


「まぁ『えんぴつさん』って結構くだらない話がメインになって、肝心の質問覚えてないとか割とある話だから。」


「なるほど意思疎通可能かつ意識混濁化あり……。っと。」


「最後に、そんな遊びしてたら、誰か大人に注意されるんじゃないのか?その類の遊び、おじさんの頃は学校中で禁止令が出たもんだが。」


「禁止?特にされてないっていうか、大体これ先生が教えてくれた遊びなんですよ?」


「……。あんだと?」


「うん。小学生クラスの○○先生。」


「ママの頃からこの村でずっと教えてる先生らしいよ。というか兎飼うの禁止したのもその先生。」


「なんかお母さんが言うにはあの先生……。」


 と、ここまで話したところで、女生徒たちの声が一瞬止んだ。そして、誰からともなく


「ねぇ、講師さんもやりましょうよ。『えんぴつさん』」


 驚くほど感情のこもってない声で、ぽつりと呟き誘った。


「そういえばいま私たち、講師さん含めて四人だよね!確か四人が一番成功率高いんだよね!」


「『えんぴつさん』って本当にすごい存在で何でも知っててやるべきことも全部教えてくれる本当にすごいお方なんだよ」


 その声に釣られて、他の女生徒もまくしたてる。遠くの机を見ると、いつの間にやら例のセットが待ち構えるようにして揃っている。


 いつの間にか、夕暮れの公民館から他の生徒は消え失せていた。


「だから、講師さんもやろ、『えんぴつさん』」


「ぜったいに、こたえてくれるから」


「『えんぴつさん』わるくないから」



 そして立ち上がった記者の腕を、女生徒たちがありえない強さで掴んでいた。


 記者は眉一つ動かさず、怪異眷属と化した女生徒たちに応じる。


「……。ごめんけどおじさんね、いろんな村を見てきてるの。」


「だからそんぐらいの強制力じゃ話にもならねぇし、大体ガキは射程圏外だ。」


 声を低めて、息を吸い、しっかりと虚ろな三人の目を見据え


「生き人の体から失せろ、三下!」


 勢いよく腕を振り、一振りで手を振りほどいた。弾みで後ろに後ずさる三人の女生徒。

 その隙に記者は勢いよく近くの窓を開ける。


 うだるような夏の風が、途端に吹き抜ける。


「……。ん?」 「あれ?」 「え?」


 その風に、三人の女生徒はきょとんとしたように我に返っていた。


 記者は、眷属化が解除されているかを確かめるために、もう一度聞いた。


「おい、『えんぴつさん』って、何なんだ?」


 三人は、きょとんとしたまま、質問に応えた。


「あの」 「えんぴつさん……?」 「なんですか?それ?」


「わぁ流石素人対処。ツッコミどころしかないっすね。」


「いやあの状況で除霊にまで行ったの誉めてくれよ先に……。」


 夜、村の宿舎で記者は隊員に夕方の出来事を報告した。


「まぁそれだけ情報あれば十分といえば十分です。しかも犯人の名前聞き出せてますし。でも肝心の記憶消えてた回の詳細聞き出せなかったのが痛いですね。」


「で、そっちはどうだったんだ、学校調査。」


 これ以上うだついているともっと強烈なダメ出しをされそうだったので、記者は話題をそらした。


「ええ、こっちもだいたい詳細は引き出せたと思います。」


「まず、さっき記者さんも言ってた『えんぴつ』のウサギ小屋。あれまだ解体せずに学校の裏手にあるらしくて。」


「しかも、数年前から鍵が行方不明になってるそうで、普段は開かないらしいんですよ。」


「そして、『えんぴつさん』これ結構ブームには波があるらしくて。なんでも半世紀の間、5年おきぐらいに不規則に流行ってるらしいんですよ。」


「でも、僕が話聞いた女教師は、『これ以上は……。』ってそこまでしか教えてくれませんでした。」


「その教師、周り気にしている様子とか、何か隠してる様子は。」


「確かにそんな感じでした!案内してくれてるときも、ずっときょろきょろしてましたし。」


「というかあんたの方こそ記者には向いてないな、隊員さん。」


「それ言われると弱いんですけど、一個イイもの手に入れましたよ!ほら!」


 と、隊員が差し出してきたのは、「祝 兎小屋完成 ○○○○年」と60年前の年度が書かれた横看板とともにウサギ小屋前で記念撮影された写真のコピーだった。


「念のためコピーさせてくださいって言ったら、すんなりOKしてくれて。人物の所に名前書いてあるし、なんか手掛かりにならないかなぁと。」


 記者が写真の人物と名前をチェックする。


 そこには「○○先生」の色褪せた笑顔と、抱きかかえられた小さな兎が写っていた。


 記者が絶句してると、隊員は


「あー。やっぱその人ですよね。なんか子供たちがよくその先生の話してるから、同姓同名なのかなって確かその先生はって探り入れてみたんですよ。そしたら、」



「ええ、25年前に亡くなっている『はず』なんですけどね。」


「って、その先生も今気が付いたみたいな顔で驚いてましたっけ。」


「……この写真、ちょっと借りるぞ。」


 だいたいの事態を掴んだ記者は、さっそく写真の人物の調査にかかる


 その様子を見て、隊員の目の色も変わった。


「ちなみに女教師は、一応村の外にある宿を手配して、そこに泊まってもらっています。護衛隊員も二人付けました。」


「でかした。後は念のため同僚にウサギ小屋の前に建っていたモノと、それの伝承聞いて来い。俺はこれに写ってる教員の動静徹夜で追う。」


「お任せします。後今集会所で夏祭りの鼓笛隊が練習やってるそうなんで、行ってる隊員になるったけ情報収集させときます。」


「助かる。お前は終わったら寝とけ。明日朝一で奴さんに凸かけるぞ。」


「……。凸かけるなら、一応待機指示も行けますけどどうします?」


「かけろ。昼前までには事情聴いて終わらせる。」


 ここまで会話したところで、隊員がふと、弱気に呟いた


「……やはり、子供たちが、操られて。」


 そこに記者が発破をかける


「ああ。だからこれ以上ガキの手汚させるわけにもいくまいて。急ぐぞ。」


「はい!」


 こうして記者と隊員は、徹夜であらゆる情報を集めた。


「……まず、写真に写ってた教員。全員なくなっていた。しかも最終赴任地であるこの村で、な。」


「赴任時期と『えんぴつさん』の流行時期も完全一致……。ですね。」


「そして死因はまちまちだが、遺体が見つかった場所は、」


「ええ。空になった兎小屋。ですね。」


「そうだ、そしてこの事件はなくなった5人の教員、全員分の事件がもみ消された。一つに至っては目撃証言もあるのに、だ。」


「複数人の子供たちが閉じ込められた教員を見下ろしていた。これは鼓笛隊の保護者一人から言質が取れました。」


「先生に言っても、取り合ってくれなかったと。」


「んでその取り合わなかった教師というのが」


「戸の向こうにいる、犯人です」


 記者と隊員は、職員室の戸を開け、声をそろえた


「おはようございます、○○先生。」


「特務隊のものです。お話、聞かせてもらえますね。」


 職員室内にいた「50代の男性」は、静かに書類から顔を上げ


「ええ、いいですよ。この冬に全員、終わりましたことですし。」


「せめて夏休みの終わりまではって、我儘やってただけですから。」


 子供たちの噂通り、優しい笑顔で二人に応えた。


「そもそも、兎小屋が建てられた理由も、予算消化目的でして。実際兎も最初の数羽が死んだら、それ以降は購入しないつもりだったんです。」


 記者と隊員に茶を振舞い、穏やかそうに話す教師。一見しては、子供たちを唆し、5人の命を奪った怪異だとは思えなかった。


「しかし、他の教師が、こっそりペット業者から金もらって、さばききれなくなった子兎をバレないだろうって入れてたらしくてですね。問い詰めたら『子供たちの為』なんて言って。」


「そう言ったかと思えば兎の世話は『子供たちの安全の為』って、すべて私に押し付けてたんですから。何が『子供の為』なんだか」


 しかし所々語気や内容に混ざる憎悪は、彼が後戻りできないところまで成れ果てていることを如実に表していた。


「兎の世話だけじゃなくて、他の仕事も面倒なやつは次々に私に押し付けられて。手柄だけ取って責任は押し付ける。そういう奴らでしたよ。」


「でも、秋から着任する校長が元教育委員会だって知ってから、そいつらの態度が急変しましてね。急に私がいないところで相談するようになって。」


「そして、あの日がやってきました。」


「夏休み、休日出勤していつものように兎小屋の掃除をしてたらですね。一人の教員が『業者がスペア作るから鍵を預けてほしい』って言いだしまして。」


「バカな私は『わかりました』なんて言って、鍵預けまして。すると後ろ向いた隙に、こっそり鍵をかけられまして。」


「あなた方も見たでしょう。あの兎小屋。鍵は外側からしか開かないし、辺鄙な場所にあるもんだから、助けを呼んでも誰も来ない。」


「しかもあの日はとても暑くって。前面以外はコンクリで固められてたものですから、風も通らない小屋の中で、何時間も直射日光にさらされ続けましたよ。」


「衰弱して倒れた私の前を、何人も子供たちが通り過ぎるんです。その度に鍵を取ってきてくれ、助けを呼んでくれ、せめて水をくれ。なんて言って。でも子供たちは全員決まった答え。」


「『先生に怒られるから』ですって。教師扱いもされてなかったんですよ。私」


「まぁそうするとだんだん目の前も暗くなってきて、ああ、ここで死ぬのかなんて思いながら顔上げるとですね、なぜかそこに湧水があるんです。」


「もう無我夢中で飲み干して。その時の記憶はそこまで。次に目が覚めたのは凍てつく冬の日でした。」


「そこで見た景色で、あなたは自分が何になったのか悟った。というわけですね。」


 隊員が教師の目を見据え、尋ねる。


「ええ。この湧水に祀られていたものが、小さな命を贄にし、私に使命を授けたのだと確信しました。」


「『埋められた私に代わって、愚かな人間に復讐しろ』と。」


 教員は隊員から目をそらさず、かすかに浮足立った声で応えた。


 この兎小屋が建てられる前。そこに湧水の水源と小さな祠があった事は、地元住民の聞き取りから判明していた。


 しかしその湧水は兎小屋を建てる際、完全に埋め立てられ水源もわざわざ外の蛇口からホースを引っ張ってこなくてはいけない位置にあった。


 となれば、あの日彼が呑んだという湧水。そして彼が見た光景は。


 ここはあえて描写しないものとする。話を先に進めよう。


 記者は、あえて声を低め、教員に尋ねる


「そしてアンタは、自分を見捨てた子供たちに流行のおまじないを媒介させることによって操った。」


「そうして無意識に手を汚させる形で、復讐に及んだ。そういう事だな。」


 教員はもう、正体を隠す必要がないと悟ったのか、はたまた吐き出したい気持ちの表れだったのか、声を掠らせながら言う。


「ええ。あなた方のおっしゃる通り!最初はあの日私を閉じ込めた実行犯にしました。しかも同じ夏の日に。あれだけはこっそり様子見に行きましたよ。あの頃には兎飼うの廃止してたので、そのまま干からびていきましたよ。」


「その時に知りましたね、あいつら、鍵をプールの女子更衣室っていう絶対取りに行けない位置に隠してたこと。そこであいつら全員が共謀者だと確信しました」


「だからその後が大変で。何故ならほかの共謀犯、全員転出してましたから。」


「そこでこれも子供たちに『○○先生、昔の学校のお話直接聞かせてください』なんて言って他の教員呼び出して。」


「一回呼びさえすればこっちのものです。後は『えんぴつさん』の言うとおり、子供たちが閉じ込めてくれましたから。」


 そのあまりの態度に耐えかねたのか。隊員が声を荒げる。


「あんたは心が痛まなかったのか!罪のない子供たちだぞ!」


 教師も、声を震わせて答えた


「だから記憶を残さないように、懸命に力は加減したんですよ!」


「子供に罪がないのはわかってます!でも私はあの日見捨てた人間共が、どうしても許せなかった!」


「自分がおぞましいものに変わっていくのも、感覚でわかりましたよ!だって私は年も取らないし、それを周りに指摘されることもない!」


「おまけに人が五人も死んでいるのに、この村の連中は私と同じように、その死をすべてもみ消した!」


「しかも!あの頃と違って子供たちは私を優しい先生だと慕ってくれる!でも!でも……。」


「……。最後まで行っちまったんだな。アンタは。」


「ええ。それどころかむしろ。その先に行こうとしてました。」


 教員は悲しそうに、力なく肩を落とした。そして唇を震わせ、絞り出すように続ける。


「今年の冬、最後の一人を見届けた後。次の命日で終わりにしようって決めていたんです。でも、ダメだった。」


「あの女教師、あの人が兎小屋の記念写真掃除しているのを見て、自然に決めてしまってた自分がいたんです」


「ああ、次はこいつをって。」


 しばらく職員室に沈黙が流れる。時計は10時前を指していた。あと数時間もすれば、子供たちがプール開放目指して、やってくる時間帯であった。


「……怪異は、人じゃないものは、結局どこかで歯止めがかからなくなるんです。」


「だから、そう言ったものを終わらせるために、我々がいます。」


 隊員が竹光を抜き、教員の肩に置く。刃は首元に向け、構える。


「そして、そう言った存在がいたことを忘れさせないためにも、俺たちのような記録屋がいるってこった。」


 記者はメモを取り終え、教員の目を見据えて言う。


「あんたがその先まで行くなら、俺やアイツを、残さず喰って超えてからにしろ」


 教員は息を荒げ、胸を押さえる。己の内にある衝動と戦うように。


 荒げた息の隙間、絞り出すように、声が漏れた


「……。終わらせてください。」


「私が、子供たちを、生徒として愛せるうちに。」


「私が、私でなくなる前に。」


 隊員は肩に置いた歯をそのまま下に向け、目を伏し座したままの教員を袈裟斬りにした。


 血も出ず、悲鳴も上がらず。ただ目を凝らせば見える程度の兎の毛が、あたりに舞う。


 頃を見計らったようなチャイムだけが、二人しかいなくなった職員室に響き渡った。


「プールカードにスタンプ押してるとき、子供たちに聞いてみました。当然、誰も彼のことは覚えてませんでしたよ。」


 隊員が記者にそう告げたのは事が終わった数時間後、誰もいなくなったプールサイドの後片付けをしていた時だった。


 記者も、そんな隊員に応えるように、仕入れた情報を告げる。


「だろうな。ああ、後さっきホテルから帰って来た女教師とすれ違ったんだが、あの兎小屋、夏休み中に撤去するってよ。」


「そこに向かう坂道、昔から土砂崩れやら雪崩ででしょっちゅう塞がってたらしくてな。これを機に道ごと立ち入り禁止にするってさ。」


「ああ、そうすれば水源もまた元通りってわけですね。そうすればこの村の澱みも解消されて。」


「俺達もお役御免ってわけさ。」



 そう雑談しながら、二人は片づけをテキパキと進める。


 将来の解決が約束された村に居続ける必要はない。この片づけが終わったら、隊員も記者も、それぞれ次の現場へと向かわなくてはならない。夏はまだ始まったばかりで、他にも怪異が棲む場所は、幾等でも潜んでいる。


 そんな二人の脇を、ガヤガヤと子供達が通り過ぎていく。


「刀の兄ちゃん!笛教えの兄ちゃん、今夜も来るって言ってた?」


「河童と川底で相撲取らないいい子ならな!」


「はぁい!飛び込みはもうしません!」


「講師のおじさーん?よかったら夏祭り私達と回りませんかー?」


「20年後に出直してきなー。」


「やだー!」


 子供達は、笑いながら手を振り、夕暮れの家路を急ぐ。


「……僕達の仕事って、こういう子どもたちが何も知らないまま大人になって行くために、あるんですかね。」


「いや、万が一知ったとしても、道踏み違えねぇ様に、怖いと思う気持ちを守る為、じゃねぇのか。」


「かもですね。」


「んじゃまた、どっかで会えたらそん時は露払い頼むわ。」


「そちらこそ情報屋役、お願いしますね。」


 こうして二人の大人達もまた夕暮れに消え、またそれぞれの仕事に向かって去っていく。


 スピーカーからは夕焼け小焼けが流れ、唯蝉が、けたたましく鳴くだけ。そんな夏のある一日が、ひっそりと終わっていった。

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