第11話 青い花火
「ホントだって!うちの地域じゃあったんだって!青い打ち上げ花火!」
先日、全国的に梅雨明けが発表された日本列島。今週末にも、多くの花火大会が予定されており、全国の夜空を大小色とりどりの炎の花が彩ることだろう。
今回の記事では、そんな花火にまつわるある町の不可思議についてのお話である。
「うちの町の花火大会じゃ名物だよ。最後に青空みたいな二尺玉が夜空にバァンって打ちあがってさ、一瞬真昼間みたいに空が明るくなるの」
「でも、こないだ東京行った友達が、『青い花火なんて見たことない』って周りから言われてびっくりしたらしくて、うちの地域だけなのかなって。不思議に思って今回投稿させてもらいました。」
そう証言するのは、今回投稿してくれたAさん(仮名)
聞けば、Aさんの地元では毎年夏祭りの最後に打ち上げ花火が上がるらしい。
しかもそれは千数発と町の規模に対してかなり規模が大きい。
一説によると街の産業廃棄物処理場建設の際振舞われた住民への見舞金が、そのまま花火大会の費用になっているのだという。
「あんな街中やら港に見に行かなくっても、こっちなら河川敷すれすれまで近づけるから映える写真が取れるよって、地元の子らの中じゃ話題なんですよ。」
Aさんは嬉々として、他にも地元名物の神楽団や祭りの露店など、地域のすばらしさを延々と語っていた。しかしその中にはいくつか不自然と思える記述があった。
・花火開催中は町の周辺道路が封鎖され、地域住民以外の出入りが禁止される。(ちなみにこの町を通らずに迂回しようとすると、十数キロのロスになる上、花火の開催時間は二時間にも満たない。)
・露店や神楽団の催し自体は、近所の公園内で行うとても小規模なもので、正直花火の規模と全く釣り合っていない。
・花火を見る際は、皆河川敷またはその周辺地域にいる必要がある(しかし山と地形の都合上、この地域に立っているほとんどの家から見ることは不可能なためある意味合理的ではある。)
・県内でも10の指に入る規模である上、戦後まもなくの頃から規模の違いこそあれで青い花火がラストなのには変わりない。しかし、ネット検索しても花火大会の写真はほとんど出てこない上。最後の青い花火に至っては地域紙にも記述すら出てこない。
最後については一応理由があるらしい
「あ、でも青い花火は写真とか一切禁止で、自分の目に映るままを見ろって決まりがあるんです。カメラ向けてると怒られるし、後で帰るとき警備員さんにデータ調べられて、青い花火映ってたら即消去です。」
「まぁ大概の人があれキレイにとるの不可能なんですけどね、何せ音も色もすごいですから。機材の花火モードにも反応しないし、大体見とれちゃいますからね、あれ。」
「青い花火が作れるようになったのって実は本当に最近なんですよ。」
次にそう話すのは全国でも有数の花火師。念のため青い花火は可能かどうかを取材した。
「元々花火の原料の硝石って、暖色系統がメインなんですよ。」
「だから青色の花火っていうのは長年の命題みたいなもので。」
「今では科学の発展によって青色の発色ができる花火作れる工房も増えては来てますけど、うち含めいまだに作成方法は企業秘密のとこ多いっすね。」
「まぁそれだけ作るの大変だってことですよ。」
そんな花火師に、冒頭の発言者であるAさんの証言を伝えると。
「いやあ。まず常識ではあり得ないっすね。これは断言できます。」
「一応海外の方で火薬は開発されていたって話は聞いたことありますけど、でも戦後まもなくからずっとそんな大きさでその色出せるって、花火師界隈でも聞いたことないっすよ。」
しかし、花火師の間でもその町で行われる花火大会は、近年都市伝説として語られているらしく
「でも、その話最近若い花火氏の間で有名なんすよ。どっかの街にスカイブルーの二尺上げるとこがあるって。」
「でも、師匠や親に聞いても『んなわけねぇだろ』とか『間違って見に行こうとか思うなよ』とかしまいにゃ『これ以上聞いたら破門するぞ!』って脅されて奴もいるみたいで。まぁ謎は謎のままですね。」
「ちなみにうちの先輩に聞いたらかっこいい答え帰ってきましたね。」
「『いいか○○。太陽がないと人の目にはわからんだけだが、空はどこまで行っても青いんだ。』だから人間が夜空に青空打ち上げたところで、その光に照らされた本物の青い空に惨めになるだけだ。』って」
「だからまぁ多分その子は、真っ白い花火に照らされた空見て、青い花火と勘違いしたとか、そんなところでしょうねぇ。」
その後我々は取材を進め、ついにその町で昨年まで長年町内会長を務めていたある男性との接触に成功した。男性は開口一番
「墓場まで持っていくつもりでしたが、まぁそろそろ時効ですじゃろ。全部話しますんで記者さん。名前と顔だけは出さんでもらえるか。」
と、前置きしたうえで、街の歴史と青い花火に関して話し始めた。
「まず、あの青い花火の原材料は、あの町の山々に生えている固有種の木と、生る木の実が貯めた油ですじゃ。」
「町じゃぁ枝の枝垂れ具合から、『イトツリ』言われてるんですかね。これもまた青い花を咲かせるんですわ。」
「春にもなれば山が真っ青に染まりましてなぁ。でも桜よりも短こうて、二三日もすれば枯れてしまうんですがな。」
「で、花が枯れた後に実ができますじゃろ、その実を町の集が花火職人の真似をして乾かして敷き詰めて打ち上げたところ、なんと素人の真似事なのに大層奇麗な花火ができましてなぁ。それがうちの町の青い花火の始まりですじゃ。」
(ちなみに本題と関係ないので紙面上省いたがこの技法についても先述の花火師に伝えてみた。すると「こんなんで花火出来たら俺らの職はなくなる」というメッセージが付いたきり、音信不通になった。きっと最繁忙期なのだろう)
「で、実ができるできないは山の都合もありますじゃろ?だから最初の方は鍛冶屋やら炭焼きが身内で一発上げてた、というのが始まりみたいですなぁ」
ちなみにそれが昭和初めごろまでらしい。しかし戦時になると状況は一変する。
「戦争が始まった時、なぜか軍が町の山に研究所を立てたんですじゃよ。しかもかなりのお偉いさんがぞろぞろやってきて。」
「まぁ『火が付く実』なんて噂を聞いたんでしょう。あの頃は色々足りていなかったそうですし。」
そして戦争が激しくなるにつれて、町は疎開の受け入れ所になったらしい
「でも、うちに疎開に来た人は割かしすぐにいなくなったんですよなぁ。何せ若い人多かったですから。」
「それも何か賢そうな人たちで、来てすぐは『この戦争は負け戦だ!』とか当時にしては過激な事言っとりましたなぁ。」
「でもその人ら、あの山にあった施設に行くとすっかり大人しくなって、町の為にようしてくださりましたわ。『何せこの国と町が大好きですから!』が口癖でした。」
「でも、しばらくするとあっちも人が足りなくなったのか、研究所も若い人らも、皆中央の方に帰っていきまして。その直ぐ後ぐらいに終戦でしたなぁ。」
そして終戦後、表向きは慰霊。裏向きは戦時中に研究所から町にもたらされた寄付金の消化のため、花火大会が始まったのだというが、もう一つ理由があるらしく
「戦争終わってすぐに、町の集で山に入りましたら、イトツリの木が異様なほどに生い茂っとりまして。」
「イトツリは食えはしますけどほとんど味も匂いもせんので、こっち生やすぐらいなら山菜とれるようにせにゃと、木を間引いとったんですわ。」
「そんで大量に余った木と実を花火やらとんどやらに使うとるうちに、どんどん規模がでっかくなっていった訳ですじゃ」
しかしそんな花火大会に一度、危機が訪れたのだという。そう、産業廃棄物場の建設だ。
「本当にあの時は大変でした。何せ町が賛成反対真っ二つに分かれもうして。」
「そんでもってうちの親父ですよね、当時の町内会長は推進派で……。うちも毎日石投げこまれてそれはそれは大変でした」
実際に学校も賛成派と反対派でクラスが分かれるまでになるレベルで、夏祭りの開催どころか町内会の維持すら危ういレベルだったのだという。
しかしその騒動は半年もたたずぴたりと止まり、産業廃棄物場は無事建設されたのだという。
どうしてかと、記者が問うと、元会長は一瞬口を閉ざした。しかし
「……。はい。全部吐くのが楽への道ですじゃ」
そう一言小声で一人ごちると、続きを騙り始めた。
「こっから先は、ワシのまた聞きや考えも交じるんで、正確ではないですが、どうやらあの実が関係しとるらしいんですよ。」
「多分、あの実を食うと人が変わったようになるんです。」
記者は「山怪における同化式眷属作成」とメモを取り、続きを促した。
「夜中に親父が、業者の人と電話しとるのを一回だけ聞いたことがありますんじゃ。内容もはっきり覚えとります。」
「『ええ大丈夫です大丈夫です。人体に影響はないし、水に混ぜてもまずバレませんので。なんせ軍のお墨付きだったんですから。』」
「『そちらも、そんなとこよりいい場所があるって言う社の反対押し切ってやるからには、なんとしても成功させたいですよね。』」
「『……迷ってるんでしたらもう一度その実を頂いて御覧なさい。』」
「『大丈夫ですよ。今回の事業は。すべてあの山のお墨付きですから。イトツリの実がそう言うております』」
「……その後の住民説明会を境目に、反対派が一気にいなくなって。」
「なんでも水質汚染の問題を解決する薬品の制作に、成功したらしいです。」
「そしてその年も無事に青い花火が上がりました。」
最後に、その後から最近までの町の様子を聞いてみた
「その後も特に変わりない。春には青い花が咲き、夏には空に大きく青い花火が上がる。」
「でも花火は、今年から業者に全投げするそうです。お金の削減と、イトツリの節約ゆうとりました。青い花火はその業者が作ってくれよるそうですから、伝統が途切れる心配はないそうですじゃ。」
「それに田舎にしては若いのも離れずに、地元愛してようやってくれとります。」
「でも、ワシはせめて最後はこの町から離れたいとわがままゆうて。息子に全部任して今ここにいますじゃ。」
「ちなみに最近廃棄物場が何捨てよるか知ったんですわ。町を離れたのも、それがきっかけです。」
「あそこ、大手納骨堂や墓業者と提携して、骨やら墓石やらを埋めよるみたいです」
「そしてそこで出た水清めるために『焼いたイトツリ』を水に混ぜよるみたいです」
「それと町に残る人との関係は……。もうやめましょうか。この話は。」
町内会長は取材した三日後、熱中症による脱水でなくなったそうな。
この町の花火大会は今年も8月上旬に行われる。
今年から移住者案内ブースも出るそうである。
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