第10話 天恵
「ファールボールに、ご注意ください」
野球観戦をしていると良く聞こえてくるこの常套句が、不幸な事故の教訓のたまものであることはよく知られている。本日はそのファールボールに関する、数奇な話を一つ、ご紹介しよう。
本州西部にある地元密着で有名なプロ球団の○○。実はここでも過去痛ましい死亡事故が起きている。
ホームランポール際のファールゾーンで観戦していた両親と男子。その上に無情にもあわやホームランの特大ファールボールが落ちてきたのである。
とっさに避ける両親と観客。しかし男子はそれがホームランだと思い込んでいたのか、上を見上げたまま微動だにしなかった。
結果ボールはかなりの速度で男子の脳天に直撃。すぐさま緊急搬送されたが、治療の甲斐なく数日後息を引き取ったのだという。
事故を受けて球団でも、他に先駆けてヘルメットの貸し出しが行われたり、文言アナウンスよりもわかりやすいブザー音などの導入を進めてきた。
しかしその後、男子が座っていた席にて、怪現象が起きるようになったのだという。
「当時から、『あたるの呪い』ゆうて有名だったのう」
こう話すのは、当該の席にて、ファールボールが命中し、3針縫ったという元応援団の男性である
「球場の構造上、ようその席に向こうて風が吹くんじゃ。んで、ホームランボールが流れて、あの近辺でファールになる。」
「でものう、なんでか知らんけどそのボール。必ずあたるが座っとった番号付近に狙いすまして落ちてくるんよ。」
「でも、なぜかそこ座っとると、金縛りにあったように動けんくなるんじゃ。ワシはスクワットで立ち上がっとった瞬間じゃったけ針縫う程度で済んだけど、子供かぼうて頭蓋骨陥没したお母さんもおったらしいで。」
「まぁ―あの頃はみんな怖がっとったの。これはあたるが道づれしよるんじゃって」
「でも、それが今は『頼むからあたる様ここに落としてくだせぇ』『俺の悪い頭なら砕いても構わんから』ってみんな拝みよるんじゃから。わからんもんよ。」
そう、今この球団において「あたるくん」は恐怖の対象というより、一種の新興対象になっている。それはなぜか。
理由は、あたる君の事故から十数年後に制定された、ルール改正と、それに伴う球場改築がある。
まず、ルール改正でホームランゾーンのサイズ改定があり、当該球場はその基準を満たしていなかった。
そのため球団は、ホームランポールの位置を変更。それに伴い、例のあたる君の席が、ホームランゾーン内になったのである。
また、老朽化に伴うアルプススタンドの改築により、そこ一体が応援団エリアになったことにより、ボールが落ちてきた際の危険度が軽減した。
地元住民の中には球団が呪いを断ち切るためにやったと噂するものもいたが、大半はそんな話題に無関心であった。
何故ならそんな改築がファンの間でほとんど話題にならないほどに、当時チームの人気と成績は低迷していたのであった。
さて、いざ改築後の球場で応援すると、何という事だろう。改築前と同様にその席めがけてボールは勢いよく落ちてきた。
しかし、その席はすでに地元応援団の指定ゾーンになっていたので、事情を知っている団員は各自、荷物置き(しかもあたる君が人間が座ってないと気が付かれないように巧妙にヒト型を模した荷物)として使用。
結果、呪いの力がホームランという祝福を生む、とんでもない反転が起きてしまったのであった。
これを受けて応援団は、とうとう専用のチャンステーマまで作ってしまった。以下にその歌詞を掲載する
(かごめかごめのリズムで)
あたる あたる ぼんやり坊主のあたる
こわかなんかないぞ
○○(ここには現在のチーム状況や相手の主力など様々なワードが入っていたのだという)の方が恐ろしや
こわがってほしけりゃ
○○(選手名)のバットに当ててみな
ウ~ オイ×4(以降繰り返し)
その後歌詞等に遺族からのクレームが入り、現在はこのチャンステーマは使われなくなっている。
しかし、間違いなく、○○球団のかつての5連覇や日本一には、この「あたる君の呪い」が大きくかかわっていた……。とファンは口をそろえている。
遺族も、チャンステーマには反対したものの、「あたるがああやって人様の役に立っていると言われ、またかつてあった事故の風化を防いでくれているのは、ありがたいことです」と後年のインタビューで語っている。
余談だがこの球場、ホームランゾーン拡張後は、落球による事故が0なのだという。
○○というチームの長距離打者がいない現状、今一度この逸話に思いを馳せ「あたる君の祝福」がチームに訪れることを、記者は切に祈っている。
(スポーツ新聞コラム「一投打魂」より)
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