第9話 玄関まで

「仲は悪くないんですよ、正月旅行にも一緒に行きましたし。」


「でも、どうしても実家に上げてくれないんですよね、夫の親夫婦」


「もしかしてこういうのでも、心霊記事のネタになったりしますかね?」


 ある日、ネタの枯渇に困った弊社記者が、出入りしている健康食品の売り子(40代女性、二児の母)に藁にも縋る気持ちで何かないかと聞いたところ、「そういえば……。」と話してくれたのが、この話らしい。


「もう年なんで、定期的に食品とか買いだめして差し入れるんですけど、いっつも『玄関に置いといて!後はやるから!』って、そこから先に上がらせてもらえなくて。」


「それもなぜか私だけ。子供らは普通に上がらせてもらえるのに。」


「子供ですか?上がお兄ちゃんで下が妹。だから男女って事でもないと思うんですよ。」


「正月旅行もそれが理由でして、毎年義父母がいつの間にか宿セッティングしてて、絶対実家に私が入らないようにしてて。」


「それがもう結婚してから20年ずっとで。」


「何度か夫には問いただしたんですよ、私に何か隠してないか、あの家に何があるのかって。でも、夫自身も原因がわからないみたいで。」


「『いや特に曰く付きの土地でもないし、あの家には二人以外いないし、変なものも置いてないんだけどなぁ』って」


「ほんとに義父母と仲は良好なんですよ?結婚する時も祝福してくれたし、近くに住んで子供たちの面倒も見てくれるし、困ったときにはすぐに援助してくれるしで、頭上がらないぐらいの聖人なんですけど。」


「どうも、そのせいでまだいまいち本当の家族になり切れていない気がするんですよ。」


「でも、理由調べようにも直接聞くわけにいかないし、夫や子供に聞かせるわけにもいかないしで……。」


「え?気になるから調査してみたい?いいですよ。むしろ探偵とか雇うわけにもとか思ってたんで、ノウハウある人らにやっていただけると助かります。」


「では、結果わかったらまたこっそり連絡ください……。あ、その野菜ジュース十本入りは1500円にしときますね。」


 こういうわけで、記者は謎の家と夫婦について調査することになったのだが、


「……。案外あっさり、真相は分かったのはわかったんですけど……。これ本人に伝えてええんですかね……。」


 記事公開と真相の伝達の是非を、思い悩む羽目になる。


 さて、本来ならこのまま後半である、売り子の義父母である老夫婦への取材になるのだが、その前に読者から寄せられた質問に売り子がいくつか答えてくださったので、掲載しよう。


 Q1:旦那さんとはどのようにして出会ったのですか?また交際中に実家に上がったことはないんですか?


 A1:旦那とはお見合い結婚で、ほとんど交際せずに結婚しました。お見合い場所も式場も有名なお寺でしたので、実家には上がらせてもらえませんでした。


 Q2:言える範囲でいいので、子供のことを知りたい


 A2:私も夫も子供ができる体ではないので実は二人とも養子です。二人にはもう話してありますが、受け入れてくれて今では四人仲のいい家族です。


 Q3:売り子さんはどういうご家庭で育ったのか。


 A3:父子家庭です。母は物心つかないうちに蒸発しました。私の為なら何でもしてくれる立派な父です。父は義父母の実家に上がったことがあるそうです。しかし私にはその時のことを何も話してくれません。


 Q4:旦那さんはどういう人なのか。どんなふうに育ってきたのか。


 A4:すごく誠実で真面目ないい人なんです。ちょっと世間知らずなところが玉に瑕ですね。彼は自宅でのリモートワークです。子供の面倒見てくれるんで助かってます。




 Q5:毎日健康食品売りに来てくれるが、ここ以外の担当はないのか(弊社部長質問)


 A4:子供がまだまだ大きくないこともあって、時短勤務にしてもらってここ専任担当です。あ、そういえば私例の専門家さんに会ったことないんで今度お礼しといてください。いつも大量の苦茶買ってくださるんで。


 質問以上


 その後、売り子の義父母にアポイントメントを取ることに成功したため、記者はさっそく例の家に向かった。


「お待ちしておりました。専門家の○○さんから話は伺っています。」


 少し怪しい風体にもかかわらず、老夫婦は記者をあっさりと宅内へと案内した。


 リビングへと通されたとき、記者は売り子が家に上げてもらえない理由を理解した。


「……なるほど。人形供養と冥婚。ですか。」


 リビングに立っていたのは成人男性の背丈をした、精巧な顔の作りをしたマネキン。


 そしてその元には二人の子のマネキンが、同じく精巧な笑顔で立っていた。


「流石○○さんの部下、お話が早いですね。」


 妻である老婆が、マネキンの傍にある仏壇に、記者が持参した茶菓子を供え、手を合わせる。そこにはマネキンと同じ顔をした青年の遺影。


 そして子のマネキンと同じ顔をした兄妹の遺影に寄り添うように


 少し若い売り子の遺影が並んでいた。


「最初に提案してきたのは、あちらさんの父親でしてな。」


「もしよければ、うちの娘に花嫁衣装を着させてあげたい。と。」


 取材によると、売り子の父である男と、その夫の両親である老夫婦は、とある人形供養で有名な寺で出会ったらしい。


「ちょうど同じくらいの時に似たような年の子を亡くしたこともあって、私たち夫婦もすぐに意気投合しまして。」


 その後は月に一回ある人形お清めの日程を合わせて会うようになり、男は大型である息子の人形の搬入を手伝い、また老夫婦も少し大型な市松人形である売り子のために、衣服や髪飾りを作ってあげていたそうな。


「あちらの父親さんは、それはまぁ熱心な方で、普段から普通の娘と変わりないように話しかけたり接したりしてまして、私たち夫婦にもいろいろとアドバイスしてくださって。」


「『世間がなんて言おうとも、我々の子供たちはこうして今もここにいるんです』が口癖でしたねぇ。おかげで私たちもここに本当に息子がいるような気持ちで、生活できていますもの。」


 そうして何回か会っているうちに、男の方が娘との結婚を提案してきたのだという。


「最初は戸惑ったんですが、お寺も冥婚のノウハウがあるらしいという事もあるし、人形も何回か顔合わせているしと思いまして。」


「結局最後は、『生きている間に、娘の花嫁姿を拝みたいんです』の一言に押されて、それで息子と結婚させたんです。」


 老夫婦はその時の写真を見せてくださった。和式の婚礼衣装に身を包んだマネキンと市松人形が並び立ち、その横に老夫婦と男が礼服で立つ。


 異様だが、幸せそうなのが伝わってくる写真であった。


 記者はここで、本題である売り子が家に上げてもらえない理由を尋ねた。すると


「ああ、あの子の人形、一点物のオーダーメイドなんですよ。だから家には上がれなくてですね。」


「これは冥婚の時お寺の方に教えてもらったことなんですけど、『家に人形本体がないのでしたら、玄関から先には通さない方がいいです。』って」


「私たちの息子や孫たちは、既製品のマネキンなんで、各家においておけば自由に出入りできるらしいんですけど、お嫁さんの方だけはどうしても。」


「というわけで私たちとあの方二人であの子たちのお家作ってあげて、そこに家族四人住まわせているんです。」


「……でも、そろそろかなって、最近思ってきてて。」


 先ほどまで楽しそうに話していた老夫婦は、声を急に潜めた。


「ほら、私たちももうこの年でしょう?そろそろ身の回りの整理をしなければ、人にも迷惑が掛かりますし。」


「それに、息子の人形供養の話は、親戚にはしていないんですよ。ほら、ただでさえ若くして息子亡くしているのに、そういうことまでしているって知れたら、体裁が。」


 でも、売り子さん家族のこともあるし、ここまで長くやっていると簡単にはいかないのではと記者が指摘すると、


「実は一度、遠回しに相談したことはあるんですよ『自分が死んだ後どうするか』って話。」


「そしたらあの方、ホントに何でもないように言うんですよ。」


『それでしたら、自分の分はもう作ってあるんで大丈夫です。』


『あそこ、前金と土地と家納めておけば代行で世話してくれるらしいんで。』


『よろしければお二人の分も申し込みしておきましょうか?』


「……って。あれから私たち夫婦も少し怖くなって。」


「でも、それで何かを察したんでしょうね。あの方、定期的に家に来るようになって。」


「いやまぁ、家には上がらず玄関で少し談笑したら帰っていくんですけど、だんだんいうことが怖くなって……。」


『最近お清め行ってないそうじゃないですか?まぁもう定着してるんで必要ないですけど。』


『買い物大変でしたら、うちの娘に定期的に持ってこさせましょうか?最近あの娘やっといいバイト先見つかったそうで、何でも一軒だけ営業行けばいいって即採用出されたそうで。』


『いやぁほんとに手遅れになる前に作っといた方がええですよ【自分らの人形】。急にいなくなったらあいつらも悲しむと思うんで。』


 老夫婦が震えながら話を続けていると、急にインターホンが鳴った。「俺が出ます」と記者が代わりに対応した


「あー俺です。売り子の父です。」


「すいませーん。今ちょっとご夫婦お借りしてますー。」


「あー!例のお寺の人ですね!話は聞いてます!」


「もう少しお時間いただきたいんで、今日のところはお引き取り願えますかねー。」


「わっかりましたー。では説得お願いしますね」


「そのふたりさんざんみがってにすがっておいて、にげようとしてるんで」


 激しいノイズ音声とともに、通話機能は切れた。


「……実はここに来る前。売り子さんの父にもお話聞けないかと、家まで行ったんですよ。」


「そしたらちょうど、お寺の方が定期清掃してまして。」


「話伺ったら、家で供養した人形の中には、こうやって本物として認識されたあげく、定着する例がたまにあるらしくて。」


「そうなったら生前と同じように普通の人間として接しておかないと、ふとした瞬間に悪いタイプの怪異成れして、手に負えなくなるんですって。」


「……あの男が言ってた逃げられないって話、マジですからね。雑に扱おうがそれが本心じゃなかろうが。相手にそれは関係ないですから。」


「あの男がそこまで覚悟していたのか、はたまた最初からそっち側だったのかは知りませんけど。」


「その話に乗って、理や存在を受け入れた以上。あなた方も同罪なんですよ。残念ながらね。」


 そう記者が話し終えると、老夫婦の妻がわっと泣き出した。


 その様を埃被ったマネキン三体が、冷たい目で見つめていた。


「すいませんありがとうございます~。ここまで調べてくださって。」


 後日、いつものように売り子は健康食品を売りに来た。


 あの後、調査結果を売り子に伝えようか悩んでいたが、部長と専門家の

「あそこまで普通の人間としてふるまえる図々しさあるなら、今更自分の正体が人形とわかったところで驚かん。」


「まぁ、売り子自体が老夫婦嫌ってないようやし、そっち側からのアタックはないから大丈夫や。ついでにそいつに父親の暴走化止めてもらい。」


 という頼もしい(というか場数踏みすぎた)アドバイスを元に、すべて包み隠さず伝えることにした。ただし記者の心情上。老夫婦の感情だけは伏せた。


 その報告の感想が、先の第一声であったので、二人の上司が読んだ通りであった。


「最近は家の近所の方も回らせてもらえるようになって。夫がずっと在宅なんで、私が外で頑張らなくちゃいけませんからね。」


 ヨーグルトの釣銭を数えながら。いつものように世間話をする売り子。


「……いいんですか?今のままで。」


 危険を承知で、記者は売り子に尋ねた。すると、


「いいんですよ。」


 と、いつもの明るい声で返ってきた。


「結局、みんなおかしいとわかっていながら、そのままにしちゃうんですよね。」


「ほら、私だって記者さんに相談するまで、どうして玄関の先までなんだろうって思いながら、仲がいいならそのままでいいやって思っちゃってたわけですし。」


「で、今回調査してもらって理由知って自分も知って。」


「正直、老夫婦や父に私のスペア作ってくれない理由とか聞きたいですよ。ほら、少し高いけど似たようなの作ろうと思えば行けちゃうわけじゃないですか。」


「でも、そこまでは追及せずにこのままでいっかって思ってるんです。」


「だって、一番怖いのってお化けでも人間でもなくて、幸せが急に跡形もなく崩れて消えちゃうことじゃないですか。結局。」


「だから私は、今の幸せな生活が守れるならここで打ち止めで、いいかなって。」


「すいません。こっちから依頼しておいて。」


 いいんですよと記者は返し、追加でおからスナックも購入した。


「太っ腹ですねぇ~。来週それ新フレーバー出るんで。楽しみにしてください!」


 そう言って売り子はありがとうございましたと、帰っていった。


 記者がその様子を見送ると、一通のメールが入っていた


 それは、先日取材した老夫婦のアドレスだった


「すいません。やっぱり人形全てお焚き上げしようと思います。」


「身勝手は承知ですが、私たち夫婦の幸せを話し合った結果、『まっとうな人間として生きる』という結論に至ったからです。」


「でも、身にどんな災難が降りかかっても、お祓い等はしないと決めました。」


「それが勝手に縋った、罰なのでしょうから。」


 記者は、お焚き上げの実績がある寺社の詳細を送り、夫婦のメールを削除した。


 空になった野菜ジュースのパッケージを見ると、上部に名言コーナーがあった。


 そこには強調した字体で、こう書かれていた。


「幸福は誰かの犠牲のうえ、成り立っている。」


 記者は噛み後の残ったストローとともに、容器をゴミ箱に捨てた。

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