第7話 いきずりさん

「ここの山で人の声を聞いたら、逃げろ。妖怪に魅入られて帰れなくなる。」


「あー野生動物の可能性あるってやつですよね?でもこの山、地元猟友会が仕事無さ過ぎて解散するレベルでなんもいませんよね?」


「よく考えろ。動物がいないなら逸話が事実だって事だろ。」


 元猟友会会長の息子 捜索打ち切り 生存絶望的か


 先日〇日、○○山で行方不明になった男性について、遺族から捜索中止の依頼が出されたことが、関係者への取材で判明した。


 この件について男性の唯一の親族である会長は


「話聞かんとあの山に一人で入ったバカが悪い」


 と言ったきり、取材拒否を続けている。


 この事件については、防犯カメラや足跡、GPSの経路に不自然な点が多くあるほか、捜索中の警官が相次いで行方不明になるなど不審な点が多い。


 山の郷土史に詳しい専門家によるとこの山特有の怪異によるものらしい。


「あー。これは、『いきずりさん』ですね。」


「『いきずりさん』は、この山に言い伝えられている妖怪で、一人で山に入った時に現れますね。」


「これが江戸前期に書かれた最古の文献です。この草紙では、行商人に化けた『いきずりさん』と、旅人が会話している一枚絵が描かれています。」


「添えられてる文章を現代語訳しますと、『疑われぬよう山に詳しいものを装う』と書かれていますね。」


「登場人物の横にある会話文は、行商人側が『ここにはいきずる妖あり』旅人側が『そうであったか』と言っています。」


「これは後に書かれたほかの文献にも共通している会話です。彼らは自分の身分結構明かすんですよね。」


「こっちの文献に先ほどのより詳しく状況が書かれています。少し長いですが、もしよければ読んでいかれますか?」


(※ここで記者が、帰りの新幹線の時間が近いことを告げる。)


「わかりました。では『いきずりさん』の発生条件と概要だけ要約しますね。」


 ①一人で山に入ると現れる

 ②出会ったものは行方知れずになる

 ⓷姿形は人によってさまざまだが、この山の有識者を装うことが多い

 ④出会わない方法は、複数人で山に入ること


「このぐらいですかね。では、駅までお送りいたしましょう。ここを左に」


「いえ、右に曲がれば下山できることは知っていますので、ここで大丈夫ですよ。」


「本日はわざわざ現地取材、ありがとうございました。『いきずりさん』」


 その途端、取材対象の男性はその場で硬直した。お状況的にはまだ話を聞けそうであったので、本日は泊り覚悟で、追加取材を行うことにした。


「『生きず離散』名の元はこの山に嫁や子供贄にとられた奴の当て字だっけな。」


「少なくとも最初の山崩れが起きたのが平安前期らしいから、そんぐらいから人喰ってたってわけか。」


「そこいらの蛮鬼と同一視するとは失礼な」


 男性が不服そうに答えた。どうやらあっさり正体を認めるタイプらしい。(怪異によっては言い張って話こじれるので非常にありがたい。)


「いやぁ、足跡一人分しかないのに、防犯カメラの映像には話し声が撮られてる。おまけに行方不明になった警官の通信無線もいないはずの同僚の呼び声バッチリって時点で、うちとしては蛮鬼疑うしかないんですわ。」


「だって、動物にせよ怪異にせよ知恵使う奴はロクでも無いって決まっとりますからねぇ。」


「猟友会が本来の目的忘れて、解散したのがチャンスだってことで活動再開したんでしょうが、まさか最初の一人が最古参の息子ってのが運悪かったなぁ。」


「で、遺体はどこよ、『いきずりさん』」


 やはり新幹線代がもったいなくなったのか、はたまた真相を聞き出すための挑発か、記者が話を足早に進めると。


「……どうやら大いに勘違いしてるな。人間。ついてこい。」


 後者の結果になったようである。


 標高が低い山にもかかわらず、元トレイルラン走者の弊誌記者は、息切れするほどの道のりを歩きそこにたどり着いたらしい。


 そこには、長年地元住民がひた隠しにしてきた、人間の業と怪異の慈悲が煮詰められた『楽園』が待っていた。


 記事後半では記者へのインタビューを中心に、『いきずりさん』の真実について迫っていく。


「認めますよ。そこは確かに、奴らにとっちゃ『楽園』だった。」


「でも少なくとも俺は、そこに混ざる気にはなれなかった。」


 記者に話を聞くと、開口一番出てきたのがこれだった。


「えーっつと、まずはどっから話そうか。ああ。あの会長の爺さんが事情聴取受けてるって話からが分かりやすいな。」


「実は行方不明になった息子、いわゆる引きこもりってやつだったらしくてさ。二階に閉じこもったまま爺さんに暴言吐き散らかしてて、限界だったらしい。」


「そんな時、息子が銃撃つゲームにはまってるのと、山の逸話思い出して。『自由に撃たせてやるから外に出ろ』っつって無断で銃貸して送り出したらしい」


「そしたら民話通りに行方不明になってせいせいしたけど、怖くなって自白したっていう話らしいぜ。」



「ってか流石若いのは頭の回りが早いな。そうそう。民話もそういう事よ。」


「要は生贄という名の口減らしやってたこと隠すためのカモフラージュ。」


「『一人で山に入るな』=『一人であの山にいる奴は口減らし』っていう共通認識を、外部の人間に暗喩するためだな。」


「まぁ、あの時代じゃそういうことも珍しくなかったんだろう。外部も面倒にかかわりたくないから、見かけても放置ってわけよ。」


「で、ここからが『いきずりさん』と『楽園』の話なんだが……。」


 長い前置きを経て、記者は語り始めた。


「まずまぁ、『いきずりさん』の存在については、さっきの話からも『理由づけのために生み出された虚怪』っていうのが真相なんだが、どうもそれが歪んじまった出来事があったみたいでな。」


「それが、『楽園』の誕生にかかわってくる。」


「こっからは俺が会った『いきずりさん』に実際に聞いたから信ぴょう性は眉唾だが、どうやらそいつは元々旅の僧で、たまたまあの山を通った際に一人で歩いてた盲目の娘に出会ったらしい。」


「そんでその娘から、握り飯を恵んでもらったとき、中に入ってた毒で村の風習を知ったらしい。」


「娘は山崩れを防ぐためだと言って聞かなかったが、哀れに思ったそいつは、娘をほおっておけなかったらしい。」


「娘連れてあてもなく山を進んでると、ほかにも老婆や子供らに次々出会ったらしい。当然皆毒入りむすび付でな。」


「それで僧は、『この山に捨てられたものの村を作ろう』と考えた。」


「でも、村を作るためには、それなりの資材も道具も人手もいる。」


「だから僧は『いきずりさん』にならざるを得なかった」


「逸話の怪異名乗ったほうが、脅威があると考えたんだとさ。」


「生贄やってることを知ってて、自分たちにコンタクトとってくる存在なんて、怪異でも人間でもそいつらにとっては脅威。おまけにでかめの飢饉も重なって、村はとんとん拍子に大きくなっていったそうだ。」


「村の様子か?前時代的だし日差しはほとんど射さねぇけど、きれいだったぞ。周りの高木に藤の木が絡みついてるのが所々咲いていてな。今からは木の実がおいしいんですよとかって言って、大正袴はいてる美人ちゃんに勧められたっけな。」


「当然食ってない食ってない。あんなとこのもんなんか口に入れたら、今ここにいねぇよ。」


「人も江戸以降の時代のやつは大体いたよ。そしてそいつらが足りないところ補って生きててまさに『多様性の楽園』ってやつだったさ。」


「で、俺は僧ってか『いきずりさん』に聞いたわけよ」


「『だからそいつらの遺体、どこにやった』って」


「山中の桃源郷、しかも時の流れ度外視。いつからそうなったのかは知らねぇけど、まぁそいつが怪異名乗った時点で勝負は決まってたんだろうな。」


「案の定、山近くの集落にあった文献、江戸中期以降は話が変わってた。」


「『いきずりさんに出会えば、山の中の楽園に行ける』ってな。」


「少しでも罪悪感和らげるために、話採用して数百年語られていくうちに、事実になっちまったんだろう。」


「でも、指摘する通り、それだけで楽園はできん。」


「何かを持続させるためには、それなりのエネルギーがいる」


「……こっから先は語らなくてもわかるだろ。怪異化した僧、藤の木が絡まってもたち続ける高木。生前を何も語らないどころか忘れてさえいる村人。」


「そういうこった。」


「あ、当然そこには、あの会長の息子もいた。生前の話が嘘みてぇな、穏やかな顔でな。」


「いや、そのまま帰ろうとも思ったのよ?でもほっといたら被害者増えるし、下手に事実伝えたらこっちの身の危険じゃん?」


「おまけに、人喰って村支え続けてる怪異は自己満と慈愛の区別もつかずに善人気どり。」


 でも結局そのまま帰ってきているじゃないかと問いただすと、


「むろん条件は付けた。それがこの記事だ。」


 と、返事が返ってきた。


「いいか。怪談は語られた時点で誰かの事実って、よく部長言ってるだろ?だからこの話を実際の事件発生から真偽不明にして、出す。」


「幸い息子の行方不明も、もみ消されて終わりそうだし。閲覧二桁の記事見て真相探ろうとする暇人も、まぁいないだろう。」


「でも実際被害が出てる以上、この記事を見て対処に動く奴は必ずいる。」


「専門家の話じゃ、俺らなんか足元にも及ばないような対処専門機関が、官民問わずいっぱいいるらしいじゃん?」


「だから俺らは問題提起だけして後始末はそいつらに任せるって事。」


「ああ、『いきずりさん』にはなんて言ったかって?」


「あの『楽園』の考えに適当に同調して、『この村を広めます』って言ったら、あっさり帰してくれた。当然閲覧二桁の件は伏せたがな。」


「まぁ、認知によって当面の食い扶持は確保できると踏んだんだろう。」


「ああ、当然みんな出まかせ。ああいうタイプの自己と他の意思境界が曖昧になってるやつは、結構話合わせたら乗ってくるから。」


「まぁ後輩。怪異取材ってのは、こうやってやるのよ。こうやって。」


 あっけらかんとしている記者の無責任さと危機感のなさに呆れながらインタビューを終え、オフィスに戻ると


「○○山で土砂崩れ 土の中から人骨か」


「……はぁ?」


 ニュース速報は、記者の読みを大きく超えてきた。


 その後、件の記者は職務怠慢とインタビュー者への不敬を問われ、減給処分を受けた。が、


「みんな只のいいやつだったんだ」


「あの僧もやり方間違えただけで悪人じゃなかった」


「でも俺がつぶした。あの楽園を。あいつ等を、俺が。」


 精神不調により、この記事を最後に退職した。


 追記

 ○○山の登山道は、現在封鎖されている。人骨の回収作業が終わり次第、土砂崩れ防止のために整備される為、解放には数年単位の時間を要するそうだ。


 会長の息子の件は、結局もみ消されたらしい。


 そして、この追記を書いている最中、退職済みの記者あてに、土にまみれた古い便箋と、筆字の手紙が送られてきた。


 最後に、内容をそのまま掲載する


「きづかせてくれて ありがとう」


「たしかにみんな きえていた」


「まちがえたのは わたしです」


「だけどしんぱい いりません」


「あのあとむらは すくわれました」


「かいぶつさまの いのなかに」


 便箋には満開の藤の花が添えられていた。

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