第5話 銀河には程遠い闇夜
(読者投稿欄「あなたの不可思議話」より。P.N.スラリンさんの体験談を一部伏字編集)
これは○年前に私が体験した出来事です。初めて長文を書くので下手糞でも許して下さい。
その頃の私は、いわば人生どん底状態。
大学に進学したものの、ゼミやサークルにはうまくなじめず。
寂しさを埋めるために行ったホストクラブで
「ひとりは寂しいよねーわかる。俺だって一人だもん。」
なんてありきたりな優しい言葉を掛けられた所、ものの見事にはまってしまい、いつの間にやら背負ってしまったのは休学して夜のバイトに明け暮れても返せない額の借金。
そのせいで親からは縁切られるわ、件のホストは黙って店辞めていて10年付き合っていたらしい彼女とシンガポールに高跳び。でも店からはヤクザみたいな取り立てがひっきりなしに自宅マンションに尋ねて来るわ。
「こんなクズ○ぬしかないかぁ」
「でも痛いのはいやだ」
頭の中は常にこの二つが回っていた。
そんな地獄の中、スマホ検索してたらある日誰かの個人ブログで
「おいしく○こう!○○メシレシピ○選!」
なんていう見出しに魅かれてページを開いた。
内容は案の定希少植物やら到底手に入らない薬品やらで最後に
「○ぬぐらいならうまいもん食べよう」
ってそいつのお勧めの店書いてるような、あの頃の私からしたらとんでもないクソ記事。
でも、そのコメント欄にあった変なレシピが目にとまった。
詳細は全く覚えてない。要はそこら辺に生えてる草の根やら冷蔵庫の残りものでも意外な組み合わせと調理法でお手軽○○レシピになるよって内容。
その頃にはいつ○ぬかレベルにまで鬱が極まってた私は速攻で具材かき集めてレシピ通りに調理。
そしてできあがった「そこら辺の根で作った素麺」としか呼べない代物を半ば縋るようにかきこんだ。
味は意外とイケた。なんかほんのり優しい甘さだった。でもレシピでは一時間も経たないうちに眠るように○ねるって書いたあったのに食べ終わって二時間たっても○なない。
理由は分かってた。お金ないし買い物出るの面倒だからって「牛乳」(何故かこれだけ材料覚えてた)入れてなかったから。
レシピにはちゃんと間食しないとダメって書いてあったから、多分このままじゃ○ねない。あらかた身辺整理も済ませて○○まで用意していた私は、
「まだ消化しきってないだろうし今から飲んでも間に合うかも」
と思い立ち、小銭と電子マネーかき集め、半額の小型パック牛乳求めて近所のコンビニへと急いた。
するとマンション出てすぐ「スラリンちゃんだよね?」って懐かしい声。
「やっぱりー!」と駆け寄ってきたのは忘れもしない、上板(仮名)ちゃんだった。
上板ちゃんは高校時代にできた、人生においてただ一人の親友。でも卒業後別々の進路を選んでからは一度も会っていなかった。
あの頃からお互い随分姿が変わっていたけど、見れば一度でわかるもんだなぁとか思いながら、ついさっき○○を決行しようとした事も忘れて、想い出話に花を咲かせていた。
不思議と、現状についての話は一つもしなかった。
話がひと段落ついた頃、いきなり上板ちゃんは言った
「どうせならさ、今からふらっと旅に出ない?」
「あの駅、今から出る奴が終電だからさ。」
上板ちゃんに誘われるまま私はいつの間にか切符を買っていて。私達は行き先表示も録に見ないまま電車に飛び乗った。
電車の中には私達二人しかいなかった。
それをいいことに私達はたわいもない会話をつづけていた。
すると電車は高校の最寄り駅に付いた
「朝、この駅名聞くと腹痛くなってたー」
「あースラリンは学校やだやだ派だったから―」
「そーゆー上板ちんはどうだったのさー」
「スラリンに毎日会えるから楽しかったよ?」
「またそうやって必要以上におだてる。」
「あ、ドア閉まった。次行くみたいよ。」
窓の向こう側が少しずつ動き出す。
その向こうから見える校舎に、私はあの頃の思い出を映し出していた。
上板ちゃんは、そんな私をじっと見つめていた。
喉の奥から少し、さっきの甘さがせり上がってきた。
次の停車駅は、夏休みに行った海水浴場の最寄り駅。
「結局三年間毎年行ったよね、海」
「正直水着着るのはずかしかったなぁ。」
「えー。三年とも似合ってたよ?」
「でも上板ちゃん段々布地面積少ない水着お勧めしていったの私気づいてたからね!
?」
「気付いてて三年間きっちり着てくれたのマジで感謝」
「そーいえば写真もものすごい量……」
そう私が言いかけた時には、既にドアは閉まり、次の駅へと向かっていた。
甘さは、少しずつ強く喉を満たしていた。
次の停車駅は、修学旅行の時二人で迷った駅
次の停車駅は、初めてお泊り旅行に行った観光地の最寄り駅
次の停車駅は、二人して親と喧嘩した時に所持金の限界まで切符買って家出した終着駅
思い出の駅を通り過ぎるたび、私の脳裏には一つの物語が浮かんでいた。
その物語を上板ちゃんに尋ねてみると、
「あータイトルは聞いた事あるけど、電車乗るまでが長すぎて読むの投げちゃった。」
という答えが返ってきた。
上板ちゃんの揺れた髪から、喉奥と同じ甘い香りがした事に、その時気づいた。
次の停車駅は、高三の時二人で年を越した銭湯の最寄り駅だった
「この日やたら上板ちゃんボディタッチ多かったよね」
「この後受験だと思ったら、これが最後になるかもしれないと思ってさー。思い出作りたかったのよ。」
「その後、お金無くなってネットカフェの二人部屋で年越したよね。」
「そうそう!めっちゃ狭くてぴったり密着してて……。」
「その時私、気が付いたの。」
「上板ちゃん、私と恋人になりたかったんだって。」
電車はいつの間にか動き出していた。車内には少しの沈黙。
すると窓の外が急に暗くなった。少ししてゴーという風音。どうやら長めのトンネルに入ったようだ。
「……気づいてたんだ。」
「うん、でも気が付くのが遅かった。結局そのままお互い受験が忙しくなって。」
「スラリン、卒業式にも試験かぶってたせいでとうとう今まで会えずじまいだった」
いつの間にか甘い匂いは車内中を満たしていた。少しクラクラと意識が揺れた。
「でも、さっきは嬉しかったなぁ。こんなに変わっちゃったのに私の事覚えててくれて。」
「○にたくなるほど追いつめられてても、私の前で笑ってくれて。」
車内の明かりが急に明度を落とし、電車は少しずつ速度を下げる。すると窓の外が、良く見えるようになった。
人型の様なものが、虚空を愛おしそうに撫でている。
かと思えば、抱き合う男女がはっきりと見える。
そしてその横では、男が幽霊のように透ける女性を、引き寄せている。
姿の鮮明さに違いはあれど、皆一様に誰かを愛でるしぐさをしていた。
「……ここはどこ。」
私が聞くと、上板ちゃんは嬉しそうに
「ここは『かいぶつのいのなか』だよ。」
と答えた。
(ここから良く覚えていない所は『』になります。すいません。)
「スラリン、ここはね『自分がいけないと思った願望』を諦められなかった人だけが行ける楽園なんだ」
「ここにいれば、『自分が続く限り』どんなことだって許される。」
「その代わり元いた所には帰りたくなくなるけど、そう言う願いの人って元の場所でもつまはじきにされてるからさ。」
「つまり、あの世って事?」
「そう言う事になるかな。まぁスラリンがいなくなりたいって思って、それを止める人もいなかったから、じゃあ私がもらっちゃおうって。」
「幸い私自我強い方だし、この電車もやろうと思えば好きな場所に変えることだってできるよ!まぁ今やっちゃうと取り返しつかなくなるからやめとくけど。」
聞きたい事はいっぱいあった。私の○○を知っている理由、海外の高校に行ったはずなのに日本にいた理由、もう一度私に会いに来た理由。
でも、そんな疑問をかき消すように上板ちゃんは私の手を取って、
「だってさ。私あなたの事、本当に大好きだから。」
そう囁いた後、とても強く抱きしめた。
電車も、私も、上板ちゃんも、そのまま完全に動きを止めていた。
本当に、本当に、私でいいの?
喉まで問いは出かかっていた。でも、そのまま上板ちゃんがうなづいてしまったら、取り返しのつかない事になる。
楽園への誘惑と自分が融けていく様な恐怖の間で、私は悟ってしまった。
多分私がここで上板ちゃんの願いを受け入れれば、あっちには二度と戻らなくて済むのだと。
でも、さっきから上板ちゃんが「私がここに来た経緯」に一切興味を持たない事に
私が、上板ちゃんが人間ではない何かに成れ果てている事をすんなり受け入れている事に。
そして、恐らくこの願いを受け入れた先に待つのは
上板ちゃんの理想に私が塗りつぶされるか、
私が上板ちゃんを理想で塗りつぶすか。
その二択だ。
だから、私はあの頃、本当に大好きだった上板ちゃんを守るために
これ以上、上板ちゃんが成れ果てない様に
「……ごめんなさい。ここでお別れしよう。」
甘い匂いを振り切って、苦い答えを受け入れた
「……そっか」
私の答えを聞いた上板ちゃんは、がっかりしたようでほっとしていて
当然だと分かっている一方で悲しそうな。
言い表せない表情をしていた。
電車の外で、ガチャンと何かが外れる音がした。
その途端、急に瞼が降りはじめた。混濁する意識の中、
「あっちに戻ったら、私の事は早く完全に忘れて。お願い。」
この声だけははっきりと聞こえた。
(後日担当編集者追記。ここから『翻訳終わり』までの文は、投稿文確認時に文字化けしていた部分である。内容が最特忌事案である為、投稿者には知らせず安全策を施したファイルのみでの内容共有とする)
「……これでよかったのか。」
「うん。断られたら最初からこうするつもりだったし。」
「お前ほどの自我があれば、あの少女からの学習を反映させ引き続き世界を見ることも、あのまま望ませた上で呑み込んで実を愛でる事も可能だっただろう」
「確かにそうだね。でもそれはしたくなかったんだ。」
「あくまで、スラリンちゃん自身が私を選び、願って欲しかった。」
「気持ちはわかる。でもな。」
「そうだよねー。やっぱお互い完全に人辞めなきゃ無理な話だよね。」
「何もかもを捨て去れるか否か。そこがおんなじ好きでも、決定的に違ってたのかな。私達。」
「あちらの好意も、お前と同質のものだったのか。」
「でなきゃいきなり再会して、こんなとこまでホイホイ付いてこないって。」
「……多分ね。」
「それもそうだな。では。」
「うん、ひと思いにやってよ。」
「……身を解し、己を捨て、衝動のみを、全て捧げよ。」
「……。混ざったか。酷く甘酸っぱい。」
「それにまだ塩が強い。ああ振る舞っといて未練がある。と。まぁ消滅ではなく同化選んだ時点でない訳はないな。」
「まぁそれもあちらの忘却により消え失せ、結局同じ様に純粋な衝動に成るのだろう。」
「……そうしてまた、二人きりしかいない世界になる。」
「ふふふ。これ以上はまぁ、読み手の想像に任せようか。」
「いずれにせよ、人であるならば―――。」
「こんなところには来ない方がいい。」
(翻訳終了)
そして次に気が付いた時には、病院のベッドの上でした。
目覚めた直後の事は正直よく覚えてない、ただ一つ、縁を切ったはずの両親が二人して目覚めたその日中に駆け付けて、人目もはばからず声をあげて大泣きしていた事だけはっきりと覚えている。
その後、担当の看護師から私が発見された時の状況と目覚めるまでの容体を聞かされました。
「あなた、ミルクアイスの空容器を握りしめたままこん睡状態で一日半も部屋の中に倒れていたらしいのよ。」
「たまたま、貴方の部屋にお客さんが訪ねて来ていたようで、その人たちが大家さん呼んで貴方を運び出して、救急車まで呼んで下さったらしいわよ。」
「それから一週間、意識朦朧と昏睡を繰り返す状態で。もし助かっても脳に深刻なダメージが残るだろうって、医者の先生は言っていたけど、奇跡的に大丈夫そうね。」
「そうそう、あなたを助けたお客さん、貴方の眼が覚めたらこれ渡してくれって。」
渡された封筒には、ホストクラブが摘発された事、阿漕な商売は店長と一部ホストが遊ぶ金欲しさに親会社に黙って勝手にやっていた事、その為借金はチャラどころか、不当だと判断した代金は親会社から補填され、振り込みも終わっている事、自分はそいつらに弱み握られて借金取りやらされていただけ。
そんな事が書かれていて、最後に
「こんな地獄忘れて、真っ当に生きなおせ。」
と締められていた。
退院後、私は大学に通い直しサークルやゼミでいろんな友達ができました。両親都の中も回復し、今では月一で実家に帰るほど。
忙しい日々を過ごしていたのと、後遺症の記憶障害のせいで、彼女の事はもうほとんど思い出せないでいた。でもこの投稿を思い立つ直前、急に彼女に会いたくなって夜に手を引かれたあの駅に、捜しに行った。
でも、駅の券売機で切符を買おうとした時、
「彼女が好きだったなら、そのまま忘れてあなたらしい人生をめいいっぱい楽しく生きてあげる。」
「それが、彼女へ手向けられる一番の愛だ。」
そう真後ろから声がした。思わず誰かと振り返ると、
改札から出てきた眼鏡をかけた少し地味な男の人が、赤毛のロッカー風な人に全力で駆け寄って抱きしめて腕を組む。
そんな光景が目に飛び込んできて。面食らっているうちに本来の目的は忘れてしまい、少し急く様に、私は元の道を帰って行ったのであった。
おわりに
このコーナーに投稿しようと思ったのは、その駅に落ちていたティッシュ広告のアンケートからこのサイトを知って、吐き出すならここがいいかなと思ったからです。
そう決めていざ書くと、書いているうちに最初の方が思い出せなくなってきて、今はどんな体験談を書いたのかさえもう覚えていません。お医者さんによると、まだ少し記憶障害が残っているようで(いずれ良くはなるそうです)恐らく、明日にはサイトに投稿した事すら忘れているでしょう。
だけどこのまま添削はせずに、投稿ボタンを押そうと思っています。読みづらかったらすいません。
最後に、これを読んだあなたが自分らしい人生を、自分の足で送れる事を祈っています。
追記:部長及び専門家による原稿精査の結果「後半部分をそのまま記事として流布すると類似体験及び誘引被害者が洒落にならない量になる」という結論に至った。幸い、この体験談は提供者により、採用時連絡不要、改変自由のチェック欄に印が付いていた為、「電車で寝過ごしたら、死んだ友人と共に想い出の駅を巡っていた」という内容にマイルド化改稿し掲載した。なお原本の体験談自体は希少な最特忌邂逅事案であるため、専門家所属組織と共有し、背景色等で誘引防止策を最大限に講じた上で「触れず、寄らず、関わらず」の当社及び協力組織の新人研修資料として文章保存する物とす。
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