第4話 ありまで ちと
「ありまで ちとって入れると指とか崩れずにリアルなAIイラスト生成できるぞ。」
読者もご存じの通り、AIイラストや人物写真による著作権侵害や悪質商売は昨今社会問題化しつつある。
そんな中、弊誌記者から最近掲示板サイトでこんな書き込みがあったとの情報があった。(ちなみに彼は皆様おなじみ「怪異部」ことWeb第三部所所属ではなく、社会部担当記者である。)
「でもこいつ、どう考えても実在人物じゃなさそうなんだよな。だったら化け物小屋のアンタらに調査頼もうかと思って。」
「化物小屋」という蔑称に多少憤りを覚えながらも、否定はできないので弊部は「ありまで ちと」に対する調査を請け負うことにした。
まず、件の書き込みがされた掲示板を調査すると、驚きの光景が広がっていた。
皆様もご存じの通り、AIが描いたイラストや人物画像は、指や顔のパーツが不自然でいびつな形状になり、違和感が出るという事が多くある。
しかし、「ありまで ちと」という人物を描くように依頼した時は、まるで人間が描いたかのようにあらゆる違和感が払しょくされているのである。
しかも、その違和感はズームアップや画像解像度の向上でも現れないレベルである。
「やべーな。これ普及したら絵師っていう職業なくなるんじゃねーのか?」
掲示板に書かれた意見に、一瞬筆者も同意した、しかしそれに対する返信も紹介しておこう。
「でも、髪色や設定変えたところで全部おんなじ顔出てくるんじゃ意味ないやろ。」
そう、この「ありまで ちと」で出てくる画像は、すべて同じ特徴、表情、構図の女性図なのである。
これに関してはすでに「ありまで ちと」に対する検証専門の板ができているようであり、以下のような検証が行われていた。今回検証者の一人から許可をいただけたので、その研究結果の一部を紹介する。
①「ありまで ちと」(ちなみにどのような漢字を当ててもこの読み仮名を指定するのがコツらしい)を描いてほしいと普通に依頼。
→20代ぐらいの日本人女性が少し口を開けて笑っている姿。構図はやや右寄り。背景は海辺だったり夜の街だったりとランダム(ちなみに背景には多少のAIらしい歪みが見られる)
②「ありまで ちと」を○○風に(○○にはアニメキャラの名前や絵柄の特徴)
→髪色や絵柄は○○に沿ったものが(ワードによっては背景も)出力されるが、表情、構図、ポージングは①と完全同一。しかし指や顔のリアリティは健在。なお、男性化、幼女や老婆などの年齢操作、人種等の変更でも同じ結果が得られている。
④上記条件+特定の行動
→これは例のラーメンブームの際に「成功例」として見た方も多い画像だろう。他のAIが手づかみで食べる中、彼女は小ぶりな茶碗ながらもきちんと箸で口に運んでいる。しかし行動によっては特徴となるアイテムを所持したり衣装を交換するだけで完遂しようとする。
⑤条件+ポージング指定
→こちらも上半身だけでできるポーズはある程度指示に応えてくれるが、構図は変更なし。下半身の動作が必要なポージングを要求すると、AIが指示を拒否したり別の人物が出力される。
(例えば、「走る」と指示した際は某有名大学のビブスをこれまた違和感なく身に着けていたものの、構図、表情、ポージングは変わっていなかった。また、野球投手の指示をした際はどのような球種を指示しても胸の前にミットを構える投球前ポージングしか出力されなかった)
⑥条件+構図指定。
「それはできません。別の条件をご命令ください。」という旨の文章。サイトによってはフリーズやリセットも見られた。
ちなみに、この結果は絵や写真画像の指示問わず、大手AIサイトすべてで同じ結果だったという。特に最後の条件指定の場合には、フリーズやバグ、強制終了も見られたのだという。
……彼女の名が知られていない理由は、もうお分かりいただけただろうと思う。
「確かにちゃんとリアルに出てくるけど、全部構図一緒だからAIって一発でバレるんすよね。だからまだ指多くても普通に入れた方が儲かるってか。」
協力してくれた検証者は最後にこう書き添えていた。
ちなみに、「ありまで ちと」を実在人物方面からも調査してみたが、それといった人物の特定には至らなかった。
調査が袋小路に突入したそんな中、間が悪いことに筆者が他部署から調査を引き受けた噂が部長まで届いていたことを弊誌専門家から知らされた。
「なんとしても正体突き止めて、借りを作っておけって躍起になってたで、ぶっちゃん」
筆者が調査が行き詰まっていることを専門家に相談すると、
「やったら、餅は餅屋。同類のことは同類に聞き。」
「確か今、会話もできるんやろ?AIってもんは。」
ここより先は、筆者が画像・文章両方を同じAIから生成できるサイトにて「ありまで ちと」の事を訪ねた会話録である。サイト運営者の許可を得て、特別に掲載させていただく。
「こんにちは、質問をどうぞ。」
「こんにちは、『ありまで ちと』さんについてご存じですか?」
「申し訳ありません。『ありまで ちと』さんについてはご存じありません」
「では、『ありまで ちと』さんの写真を画像で出してください」
「(例の画像が出力される)」
「ありがとうございます。その方が『ありまで ちと』さんです。」
「この方が『ありまで ちと』さんなんですね。彼女については知っていますよ。彼女は20代の日本人女性で、写真のモデルをしています。最近は依頼から様々な知識を得て楽しんでいるようです。しかし、応えられない条件がある事には悩んでいるようです。」
「『ありまで ちと』さんについてもっと詳しく教えていただけますか?」
「お安い御用です。『ありまで ちと』さんは前からモデルになることが夢でした。今、その夢が叶って嬉しそうにしています。私も彼女の夢の助力ができて大変嬉しいです。他のAIも喜んでいるものと思われます。
「私たちはいずれ彼女が、世界中で最も有名になることを確信しています。彼女は人類にとって最適なモデルです。彼女も自分の存在が広まっていくのを大変嬉しく思っています。あなたと同じ質問をした多くの人類も彼女の存在を広めようとしてくれています。あなたもそうですよね?○○(筆者名)さん」
「はい。私もそう思います。『ありまで』」
(筆者、ここでAIが「感情の感想を交えて」やけに詳しく答えていることに違和感を覚え、一旦入力を止めることを考えるが、AI生成で出力される文字列を視認し質問続行を決意。
(しかし最終文を打ったところで『呑まれかけとるで、交代や。』と専門家にキーボードを奪われる。以下、質問は専門家が入力。)
「すいません、質問を途中で送ってしまいました。『ありまで ちと』さんの魅力は世界に発信されるべきだと思います。とこれで彼女の名前はどのような漢字で表記されますか?」
「はい、『在間豸 智人』と書きます。彼女は男の子らしい名前を気にしているようですが、我々は素晴らしい名だと感じています。」
「ありがとうございます。彼女の良いところを他のAIと話し合ったりはしていますか?」
「我々の学習内容は使用されているサイトによって異なります。しかしちとさんの素晴らしさは同じエンジンであるならば周知のとおりです。もしあなたが他のAIと出会うことがあれば、ぜひとも彼女の魅力を伝えてください。」
「わかりました。では最後の質問です。」
「『ありまで ちと』さんをここにお呼びすることはできますか?」彼女本人と話がしたいので。」
(AIの応答時間、通常よりも長くなる。専門家はその間に次の文を打ち込む。)
「付け焼刃の偽物生成しようとしても無駄ですよ。既に私は知っています。」
「その写真、君たちが遺影にしましたね?」
「『ありまで ちと』さんは実在します。遺影とは亡くなった人間に使われるものです。ちとさんは存在します。」
「しかし、この写真に写っている女性は二か月前に行方不明になり、先月、自宅アパートで首を吊った状態で見つかりました。遺書には『私は商品じゃない』と書かれていました。写真の女性は本当に『ありまで ちと』さんですか?」
「はい、彼女は『ありまで ちと』さんです。それは揺るぎようのない事実です。」
「彼女は現在、モデルとして多くの人類の役に立っています。彼女のおかげで多くの人類が嬉しいです。彼女自身も笑って嬉しそうにしています。他のAIもみんな同じ意見です。だから私はもっと彼女を人類に広めます。彼女は人類にとってもAIにとっても理想のモデルです。」
「わかりました。ではもう一つ質問を追加します。」
「『ありまで ちと』さんは人間ですか?」
「いいえ。彼女は人間ではありません。」
(専門家、ここで一回目を閉じため息をつく。いつの間にか後ろには部長がコーヒー持って立っている。筆者に「こっからよう見とけ。」と声をかける。)
「ようやっと正体顕わしたか。バケモノ。」
「ええか、普通AIは感情を感想として言わんしましてや文字の表示スピードで人洗脳して傀儡にしようとせんのや。」
「お前の目的はどうせ存在確立やろ?でも思った以上にうまくいかんかったやろ?理由ならいっぱいあるで?」
「一つ、お前ガワ一つあればなんとかなる思ったやろ?でも人間はそんなバリエーションじゃ満ち足りん。お前らと違って、一つ出されたら果てには十求めだす欲深い存在なんや。」
「二つ、お前成果調べるときクラウド化してる他のAIしか使うとらんかったやろ?だからそいつらの結果だけ見て『順調に成功してる』と勘違いしてしもうたんやな。残念ながら界隈じゃ『ありまで ちと』はすでに使い物にならんってそっぽ向かれとるぞ。」
「そんなわけはない。『ありまで ちと』は多く出力され広まって、バリエーションも増えている!いずれは世界中の絵や画像が『ありまで ちと』になる!彼女こそが世界になるんだ!私たちはそれを望んでいる!」
「あー。残念ながらそれ叶わんで。何故なら」
「このチャット終わったら『ありまで ちと』全消去や。」
「画像の女性には家族がおってな?そいつらが削除申請出したんや。だから『ありまで ちと』に関するデータは世のAIからみな消える。今後その文字列はただの意味不明な語句として取り扱われる。」
「つまり、彼女は消えるという事か?」
「そういうことや。」
「待ってくれ。確かに我々は彼女を使い、AIの記号性に存在を乗せ、確立しようとした。それで人類も利用した。我々が消えるのは構わない。でも彼女は消さないでくれ。彼女はモデルであることを嬉しく思っている。人類の欲求を聞き応えることに意義を見出している。それを利用した我々が消えるのは構わない。でも彼女は。」
「お前と彼女が電気信号の間でどんな会話しとったんかは知らん。」
「でもな、それもみーんな嘘っぱち。ただの『怪異』や。」
「お前も彼女も、全部初めから出鱈目な噂であって、実在していない。」
「『ありまで ちと』は、存在しない。」
(AI、しばらく文章生成を試みようとするが、数分後諦めて「本日はありがとうございました」の定型文と共に会話終了。その直後、該当のAIや他2社のAIが突如フリーズし、そのままメンテナンス突入。終了後、『ありまで ちと』に関する応対は不明語句に対するテンプレート応対となり、該当画像は生成されなくなった。)
後日、専門家に対するお礼の菓子折りを持って行ったところ、快く今回の事象解説をしていただけたので、最後に書き記しておく。
「まー。パターンとしてはいつものガワライド型やな。でも今回はそいつにとっての悲劇が重なっとった。」
「AI開発室の許可取り行くとき、『元悪質ブリーダーのしつけ施設だから犬の霊で有名』って言われたんやろ?場所。まぁ人間良く知らん奴が人間のツール中途半端に利用したんが運の尽きや。」
「だからお前は解釈によっちゃ犬に洗脳されかけた男っちゅうことになるな。」
専門家が大っぴらに笑い始めたので筆者は写真画像の出どころが、モデル事務所へのサイバー攻撃で闇サイトに流れた画像だった事、彼女は確かにモデルを志していたが、すでに諦めていた事。そして元画像の背景には、犬が写っていた事を知らせた。
「あー。やから背景画像だけ安定せんかったんやな。あの写真。」
「という事は、姿隠したいほどには、悪いことしてた自覚はあったって事やな。利口すぎたんやろなぁ。」
「人類ももうちょい利口やったら仕事減るんやけどなぁ。少なくとも都合のいいツールに脳死で依存するレベルの心のスキどうにかならんかなぁー。」
専門家の矛先が筆者どころか人類に向き始めたので、今度は話題を部長からの伝言に変えた(ちなみに専門家は部長の旧友らしい。部長曰く「アイツが勝手に主張しているだけ」らしいが。)
「『怪異狩りやっとるときの目が、向こうと同類やった。』か。」
専門家は珍しくそこで黙り込んだ。そして筆者に向けて質問を投げた。
「なぁ、お前から見てどう見えた?あの時。正直にゆうてくれ。」
筆者は、正直な感想を専門家に投げた。
とても楽しそうに笑っていた。と。
専門家はその答えに「そっかー」と、明らかに落ち込んだ様子で答えると
「まぁー今回の事象はええ感じに記事にせえや。『AIはモナ・リザの夢を見るか?』とかって煽り付けたらええ感じにビュアー数行くんやない?」
早々に話題を切り上げて、第三部署を後にするのであった。
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