第2話 あっちゃん大丈夫

 皆々様は、先週突如トレンドインし、瞬く間に消え去った「あっちゃん」という存在をご存じだろうか?


 しかし、覚えている方もそのトレンドのもとになった


「あっちゃん大丈夫?小学校のみんながほこらで探しています。」


 というツイートは今初めて見た方も多いだろう。



 何せ連休最終版の出来事故、見逃した方のために今一度解説しておこう。


「あっちゃん」という存在、正確には「あっちゃん大丈夫」というワードでトレンドインしたのだ。

 しかし、当該の「あっちゃん」という人物に関して「対象範囲が広すぎて特定できない」という旨の投稿が相次ぎ、それがトレンドに二時間の間、残り続けた要因であろうと推測された。



 この記事を読む皆々様は「どうせアイドルかなんかの体調不良だろう」と、その後の動向を追わなかったものも多くいるだろう。

 しかし、ここに休日で暇を持て余していた上、最近同僚の記事が相次いで話題になったことで、軽くフラストレーションを溜めていた今記事記者である私は何を思ったのか。


「こうなったらバズり元を特定してやろう」と思い立ったのであった。


 そうと決まればまずはトレンドワードの検索。するとやはり「あっちゃんって誰?」や「真っ先に思い浮かんだのこいつだわ」などの推測ツイートが目立つ。


 違うこれじゃないな、と画面をスクロールしていくうちに、記者もだんだんと面倒くさくなってきた。


 やはり有名アイドルの愛称か何かがトレンドインしたのだろう。一番下までスクロールしてわからなかったら没にしよう。そう決めてスクロールバーが一番下に一気に下ろしたとき、いつもより長い読み込み時間の後目に飛び込んできたのが


「あっちゃん大丈夫?小学校のみんながほこらで探しています。」


 という記事冒頭の投稿だった。


 アカウント名は初期設定のアルファベット羅列。当然顔写真は未設定。フォローもフォロワーも0。作成時期は、まさに「あっちゃん」がトレンド入りした当日。ぱっと見はスパムアカウントか捨てアカウントか何かと勘違いする。


 しかし、異様だったのは当該投稿への反応である。


 まず、当該投稿にたどり着いた人は私以外にも何人かいたのだろう。十数個のいいねとRTの反応があり、引用RTで一つだけ「例のあっちゃんってこれ?」というコメントがあった。(もっともこれは後から調べたところ、情報商材誘導用の正真正銘のスパムアカウントの自動投稿だったが。)


 しかし、リプライ欄には百数個を超える投稿があった。


「あっちゃん大丈夫ですよね。もとのおうちにかえれるといいんですが。」

「あっちゃん大丈夫だよ。きっとうちにかえれる。」

「あっちゃん大丈夫なように探しています。」

「山の周りにはいませんでした。あっちゃん大丈夫?」


 こういった投稿が、百数個の初期アカウントによって為されていたのであった。


 この時点で私は、連休明け記事のネタができたと大喜び。早速当該アカウントをフォローし動向を見守ることにした。


 するとその二時間後、当該アカウントから写真の投稿があった。


 そこには崩れ去った小さな山の祠の写真と共に


「あっちゃん大丈夫。次までに帰ってきてください。」


 という一文が添えられていた。


 写真には場所のタグが埋め込まれていた。そこはまさに先週大きめの地震があった地域。


 これは行くしかない。その日のうちに記者は新幹線へと乗り込み、山の祠を目指していた。


 今考えるとこの時点で普段弊誌の専門家が口癖のように言っている。


「急いている時こそ止まれ。そーゆーときは大体呼ばれとる。」


 という一言を思い出すべきだったと痛切に反省した。


 さて、私が祠のある地域に到着した際には、すっかり日が暮れ、薄闇があたりに広がっていた。


 私は駆り立てられるままにそこを歩いている地元住民に片っ端から祠の位置を聞いて回った。


 当然どの住民も「そんな祠知らない」だの「今の時間から山なんかやめとき」だの「今夜雨降るで。危ない。」だのと私を制した。


 しかし特ダネに気が急いていた私は、そんなこともお構いなしにそこ行く人々に聞いて回っていた。(今考えれば完全に不審者である。)


 そして完全に日も暮れ、人の顔が判別できないほどの暗闇があたりを包んだ時、高校生の男女グループ


「すいませんが、『あっちゃん』と祠の……。」


 と、無意識のうちに当該ワードを混ぜ込んで尋ねた時、そのグループは「あーっ!」と歓喜の声を出した。


「あっちゃん大丈夫だった!」


「あっちゃん大丈夫!いたよ!」


「他の人に知らせてくるね!」


 高校生たちは笑いながら四方に散っていった。しかしその内の一人、男子高校生だけは私の方へ満面の笑顔で歩み寄り、


「祠ですね!案内しますよ!」


 と、腕を引き山の方へと案内した。


 流石の私もこの時点で多少の危機を感じたが、今更引き返せないと腹を決め、案内に従った。


 祠へと向かう山道入り口にたどり着いた時には、すでに周りは完全に夜闇へと沈んでいた。

 しかし、先ほどの高校生が呼んできたのだろう。


 下は幼稚園児であろう幼児から上は大学生ぐらいのお姉さんまで、いわゆる「子供」にカテゴライズされる二十数人が集まっており、皆懐中電灯で祠までの道を照らしていた。


「あっちゃん大丈夫でよかった。」

「これで次は起きないよね?」

「小学校のみんなもお休み返上で探してたもんね。」

 安堵したようなほっとしたような声二十数人と共に、私は祠への階段を上っていく。

 なんだかわからないけどこの子たちの役に立てたようで良かった。そう思いながら登る私。

 しかしあるワードに一気に正気を取り戻した。


「でも、SNS使おうって言ったの誰だっけ?」


「○○君じゃない?だれか怪談好きが釣れるだろうって。」

「それに地元以外の人だったら罪悪感もないし。」

「連休中でよかったのかもね~。このひとも県外っぽいじゃん」

「まぁでも、このおじさんには悪いけどさ~」


「これで元のあっちゃんがうちに帰れるから、いいよね?」


 私はそこで足を止め、懐中電灯で照らされた先を見上げた。


 そこに写真通りの祠の瓦礫はなく、今しがた建てられたかのような真新しい祠が、ワザとらしく建っていた。


「目の前の違和感には忠実でいろ。命が惜しければな。」


 同僚の言葉が頭の中で鳴り響いた。


 その後の事は無我夢中でよく覚えていない。気が付くと私は、泥と雨とひっかき傷にまみれ体を震わせたまま、在来線の中新幹線が止まる駅への終点アナウンスを聞いていた。


 耳の裏に子供たちの怒号が張り付いていたが、家に帰り残りの連休をひたすら惰眠にて消費することによって何とか回復した。


 そして連休明け、出社し部長に出来事を報告すると


「何命投げ捨てる真似しとるねん!」


 とこっぴどく叱られ、こうなったら徹底的に真相を調べて記事にしろと発破をかけられた。


 その後、ツテを探ると、かつてこの地域に住んでおり、高校進学を機に転校したという少女の話を聞くことに成功した。すると開口一番


「なんでそのままあっちゃんになってくれなかったんですか!」


 と叱責された。


「あの地域には、昔から災い除けの為に、地域の大人の人からあっちゃんを選ばなくちゃいけないんです。」


「でも、そのあっちゃんを決めるのはかんぷくまえ?の子供が見つけてこなくちゃいけなくて。」

(完服という字を当てるらしく、25歳以下で親から独立していない若者の事らしい)


「しかもあっちゃん探すのにも管理にも大人の助け一切借りちゃいけないんですよ~。」


「私が住んでた時にも一回あっちゃん選ばなくちゃいけなくて、その時に確か、大阪の方から逃げてきたヤクザの組員?みたいな人あっちゃんにして、地元以外でも大丈夫なんだってなって。」


「今回SNSで探したのはそういうことだと思います。」


「……えっ?あっちゃん探して祠に入れた後ですか?もちろん管理も子供らでやらなきゃいけなくて。」


「えっと、まずあっちゃんが長持ちするように祠に鍵いっぱいかけて、ちゃんと窓とか開けて換気して、穢れないように虫とか入らないようにして。」


「最初の方はあっちゃん暴れて大変だったけど、二週間もすれば神様になってくれるんで、後はたまに祠にお参りする程度ですね。」


「言っても、これは一種の儀式みたいなもので、後で大人の人がちゃんとあっちゃんには話し通してるんだと思いますよ?」


「え?祠が崩れてたらどうするの?そーいやこないだの地震で身元不明の骨が見つかった?」


「いや、あの祠ちょっとやそっとじゃ崩れませんって!記者さんも見たでしょ?あの立派なやつ。」


「それにあの山、昔からある種の名所らしいし、出てきたのもそー言った人だと思いますよ。」


「少なくとも私たちのせいじゃないですよ。昔っから地域の人も口癖のようにそう言ってましたし。」


 少女はそこでインタビューに飽きたのか、スマホを取り出しいじり始めた。ここらで潮時かと私が解放しようとすると、


「あ、よかった!」


 と目の前の少女が歓声を上げた。


「あれから友達から連絡あって、次が来る前にあっちゃん見つかったらしいですよ!」


 そう目の前の私に突き出してきたメッセージアプリにはただ一言


「あっちゃん大丈夫」


 の文字とOKの絵文字スタンプが押されていた。


 追記

 なおこの記事投稿後、当該アカウントは「あっちゃん大丈夫でした!ご協力ありがとうございます!」の投稿とともに消去されたため、写真内の投稿はすべて私のスクリーンショットで代用させてもらうこととする。

 尚その際、例のリプライは削除されていたが、「このリプライは削除されました」の文言がなく、最初からないかのような消え方をしていたことを、ここに追記しておく。

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