週刊大衆紙Web記事まとめ
世語 函式
第1話 穢れた土地
「正直、これは俺自身に喧嘩売ってるとしか思えないんですわ」
月替わりミニコラム「教えて!専門家」にて今月の講師を務める土地売買のエキスパートであるAさん。最終週の原稿合わせ終了後、弊誌記者に「オフレコで」と雑談を持ち掛けた。
曰く、次の施策で目玉商品にしようとしていた地方移住者用の土地が某事故物件サイトに掲載されたあげく
「穢れた土地。S社A担当。」
という趣旨のコメントが、複数ユーザーから十数件寄せられ、ネットで話題になってしまったのだという。
「だってさ、俺の名前まで出してるとか敵意明らかも明らかじゃないですか。それにわざわざアカウントまで変えて複数投稿。これ犯人特定して訴えれば勝てるレベルの悪質さですよね?」
怒気交じりながらも業界特有のはきはきとした口調で記者に語ったAさん。確かに投稿コメントにはどれにも一貫して「穢れた土地」のワードとAさんの名前が記されている。しかしそれ以上の土地についての情報は何も書かれていない。
土地取得の際に変わったことはなかったか。念の為記者がAさんに尋ねてみると。
なぜかAさんは十数秒黙り込んだ。
しかしその後、何事もなかったように話を続けた。
「いやー特には。元の持ち主も終活で数件まとめて処理したいっていう普通の金持ちそうなじいさんだったし。」
「強いて言うなら、元の担当が途中でバックレたきり内容証明送り付けて辞めやがったことぐらいですかねー。こっちは人いないってのに。」
Aさんは笑いながら言った。その業界でも有名なブラックであるS社では日常茶飯事であるのだろう。
「まぁ、どうせそいつがやってるんだと思いますわ。根暗でオタクそうな奴だったし。」
Aさんはまたそこで黙り込んだ。記者がよく観察すると、どうやら口の中が少し動いているようであった。
「お願いがあるんすわ。今度同行しますんで、その土地調べて記事にしてくれません?そしたら変な噂もなくなると思うんですわ。」
Aさんは先ほどよりも長い沈黙の後、やはり何事もなかったかのように言った。
記者が承諾すると、Aさんは「じゃあそれまでに物調お願いいたします!」と業界用語交じりのあいさつとともに、元気よく去っていった。
その後の調査「自体」は簡単に終わった。しかしAさんが納得するような成果は何も得られなかった。
結論から言うと、その土地には何も曰くなどついていなかった。
売主、地元住民、役場関係者、念のためAさんの同僚や友達や家族への取材。
更にはその土地への現地訪問や歴史調査等も行った。
しかし、根も葉もないよくある噂の類(曰く寺社の祟りや人の祟りなど)すら存在せず、ごく普通の水田だったと皆証言した。
Aさん周りの取材でも、「よくある体育会系のノリ」で人に接する癖があること以外は、どの人物も好印象を抱いており、呪いや祟りの類を受けるような人ではない。とのことだった。(実際に離職した本人にも取材したが、理由はAさんではなく、通勤環境からくる身体的疲弊だったとのことであった)
そしてもう一つ、ここでおことわりを入れさせていただきたい。
今回は残念ながら、ミニコラムでも「怪異の専門家」として大変人気を博している○○さんの調査協力が全く得られなかった。
理由を希望により本人の言葉で記させていただく。
「ワシ、ああゆうツーブロゴリラ嫌いやから。」
「ああ、でもそこ本人と行くなら、猿轡でも用意しとき?ゴリラだけに。」
こうして特に調査報告もあげられぬまま、Aさんとの土地訪問の日がやってきた。
「休憩時間削ってきてるんで、手早くいきましょうか。」
Aさんはいつもの快活さで、記者を営業車へと乗せた。
記者から何も報告がなかったことからある程度はAさんも察していたのか、はたまた最初から記者を信用していなかったのか、車内で記者はAさん独自の調査結果を延々と聞かされたのだという。
曰く、その土地には昔から人身御供の風習があり、まさにその土地が現場であった。だの。
曰く、その後その土地に家を建てたものはことごとく変死した、だの。
曰く、住居用としては売れなくなったから水田にしたものの、その米を食べたらやっぱり変死した。だの。
耳障りのいい言葉で納得感を持たせようとするものの、話の節々にはどこか矛盾があるような。そんな説をAさんは自信満々に展開したという。
到着直前、Aさんは冗談交じりにこう毒づいたという
「やっぱあの爺さんも、嘘ついてたんでしょうね。まとめて訴えてやろうかな。」
そして、車を止め例の土地に降り立った瞬間、事件は起きた。
明らかにAさんの様子がおかしい。
案だけ饒舌だった車内とは打って変わって、一言も言葉を発さない。
記者の呼びかけにも応じない。額に脂汗を浮かべながら、真一文字に口を結んでいる。
よく見るとその中は、もごもごと蠢いていたという。
「……Aさん!」
ここで記者は危険を察知し、Aさんの口をこじ開け、ハンカチを押し込もうとした。
しかしAさんの口は堅く閉じたまま開かない。
「……これなら!」
記者はとっさに手に持っていたスポーツドリンクをハンカチにかけ、再度Aさんの口に近づけた
「うううううあうあう!!!!!」
Aさんは声にならぬ声を上げながら、そのハンカチに力強く噛みついたらしい。
そして、ハンカチが届かなかった奥歯二本で、自らの唇を噛み切り、気絶したらしい。
その後Aさんは病院に運ばれ一命をとりとめたが、その下には普段から強く噛んだ痕が複数見られたらしい。
「あと少し遅かったら自ら噛み切っていただろう」と医師は言う。
また、同行していた記者は後に当日の体験をこう語っている。
「いやー。どうしても専門家さんの『猿轡』が耳に残ってましてもしやと。」
「塩分系のスポドリ持ってって良かったっす。あれなきゃあいつ死んでましたね。」
「まぁー。これであいつも反省したんじゃないんですか?」
「嘘ついたら、舌切られるか抜かれるぞって」
実は今回の同行記者、普段は経済部担当である。
そして三日後、紙面トップにはある見出しが躍ることになった。
「S社、悪徳終活ビジネスで百数件の土地を不正取得。」
「始まりはカリスマ営業マンAの一言『互いに信じれば、嘘も真実』」
ちなみに現在その土地は某事故物件サイトから、コメントごと取り下げられている。
最後にそのサイトに掲載されていた唯一の画像付きコメントでこの記事を締めさせていただく(発言者掲載許諾済み。曰く広告が胡散臭すぎてノリでコメントしたという。)
「ここが穢れた土地かどうかは知らんけど、担当者嘘つく奴の笑顔じゃんこれ。」
(「正直!元気!高額売却手続き!」のキャッチコピーと共に満面笑みのAさん)
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