第18話 美少女様に罵られたい
「果たして次はどこを狙っているのかしら」
少女達三人と、カンナの兄は二枚のびらを前に頭をひねっている。あれから半月、黒天馬は現われず、不気味な沈黙を守っていた。
「読売りの音吉さんは、上野の寛永寺を予想していたけど」
「確かに、寛永寺はあるかもしれませんね」泰理がうなずく。「徳川家の命運をかけた関ヶ原の戦いで勝利を祈る祈祷を行った寺でもあり、江戸の鬼門を守る重要な場所でもありますから」
初代
「しかし放火は無理なんじゃないの」恵鈴がつぶやく。
浅草寺と浅草神社のびら騒ぎからこっち、寛永寺でも警護の部隊が配置され厳戒態勢が敷かれている。
「でも、もし空から来たら……」カンナがつぶやく。
地上の警備は完璧。しかし、空から多勢で来られるとなると、三人では心許なかった。
「あの人数で空から火のついたものを撒かれたら、対処のしようが無いわ」
「なんとかならないの、お兄ちゃん」
「ううむ」カンナにせっつかれて、両腕を組んだ泰理は顔をしかめて目を閉じる。
「あなたを呼んだのは、そのおつむの中の才能が欲しかっただけよ。たまには頭にかかった霞を晴らしなさい。頭を使わないんだったら里に帰ってもらうわ」
りのが大きな目をつり上げて睨む。
「この役立たずって、言って欲しいの?」恵鈴が両手を腰に当てて見下したように一瞥する。
次々に投げかけられる娘達の辛辣な言葉に、涙目となった泰理は徐々にぶるぶると震え始めた。そして。
「はあっ。た、たまりませんっ」
娘達がほくそ笑む。
「身に突き刺さるような辛辣なお言葉なれど、私にとっては快感の極み。おおっ、な、何か、解決の糸口が見えてきましたぞ」
「御託はいいからさっさと考えなさい、ただ飯食い」
「綺麗な顔だけじゃ、何の役にもたたないのよ」
次々と繰り出される鈴を転がすような美少女達の罵りに、泰理はうっとりと目を閉じる。
「み、見えました、見えましたとも!」
このやり方は里に居たときから泰理の頭を活性化するために時々使っていた手であったが、理解しがたい泰理の性格にりの達は首をひねる。
「はい、ごほうびよ。泰理」
恵鈴がにっこりと笑って取り出したのは隠していた大きなせんべい。
「罵られた後に褒められるのは、また無上の快感ですう~」
満面の笑みで泰理がせんべいにかぶりつく。
「で、どうやったら彼らが撒く火に対処できるの?」りのがたずねる。
「カンナ、桶に水を入れたものと、火縄銃を分解して筒になっている銃身だけにして持ってきてください。あ、銃身から尾栓は抜いて来てくださいね」
カンナが銃身と、桶に水を入れて持ってきた。銃身は分解されて弾が通るところが空洞の只の長細い円筒になっている。
「これを見てください」
桶に入った水に直接顔を近づけて、泰理は水面の上から思い切り息を吸い込む。
しかし、水はわずかに波立つだけで平坦なまま。
次に銃身の片側を水に浸けて、その反対をくわえると泰理は息を吸い込んだ。
「ぐぼっ」
思い切り吸い込んで飲み込んでしまったのか、泰理は白目を剥いて激しく咳き込む。
「こうやって、筒の中に吸い込むと水が上がってごほっ、ごほっ――」
少女達に介抱されなんとか落ち着いた泰理は皆を見回す。
「と、言うことなんです」
「はあ?」きょとんとする三人娘。
泰理はどうも真ん中の説明を飛ばして結論に飛躍して話す癖があった。
「何が『と、言うことなんです』よ。全然解らない」りのが不満げに叫ぶ。
「まさか、巨大な銃身を運べって訳じゃ無いでしょうね」と、恵鈴
「軽い筒があったとしても、どうやって大量の水を吸い込むのよ」カンナもふてくされる。
詰め寄る少女達の質問を手で制して、泰理は桶を手でかき回し始めた。
「見てください、ぐるぐるかき混ぜて渦を作ると桶の縁の水が上がってくるでしょう」
「そんなの当たり前じゃない」りのが口をとがらす。
「いや、当たり前のことをなぜかと考えることから物事は発展していくんです。簡単に説明すると、これはかき混ぜたときに外にひっぱられる力が発生するから桶の縁を伝わって水が上がってくるんです。例えばこうやって――」
今度は桶を持って立ち上がり、泰理はいきなり部屋の中でぐるぐると回転し始めた。桶を持った手はピンと身体に垂直に伸ばされている。
「きゃあ、水がこぼれるう」恵鈴が悲鳴を上げる、
が。
「あれ、こぼれてない」
恵鈴と、りのの目が丸くなる。
「これも外に引っ張る力が働いて水が桶の底の方に引きつけられるからです」回りながら鼻高々になって泰理が説明する。「だからですね」
「お兄ちゃん、もういい加減に――」
カンナの言葉が終わるか終わらないかのうちに、目を回した兄の回転が失速する。
「ああああああっ」
三人の悲鳴と共に、泰理がぶったおれ、そして手から離れた桶が柱に当たり水がぶちまけられた。転がる桶、びしょ濡れのたたみ。
「雑巾、雑巾っ」慌てて台所に走り出す、りの達。
「うちのお兄ちゃん、尊敬して良いのかあきれて良いのか、わからない」
頭を抱えたカンナがため息をついた。
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