第40話

「これは難しい事件ですねえ」


 テレビから流れてくる映像を宣美は床に座りながら見つめていた、嘘であって欲しいと願いながら、金大世のはにかんだ笑顔が思い出される。


「つまり、自首をした高梨容疑者なんですが罪に問えるかどうかは微妙なんですね、彼女のメールには伊東和也を殺して欲しいといった内容がありません、こんな目にあったと報告しているだけです」


 名前のプレートに弁護士と書かれた男は神経質そうな顔でこちらを見つめている。


「しかし、そのメールの内容はデタラメなわけですよね?」


 司会の男は真っ白な髪をオールバックに撫で付けていた。


「そこなんです、彼女はメールの宛先が今、ちまたを騒がせている在日コリアンの集団と分かった上でこのメールを送っているのです。つまり、そこには明確な殺意が存在します」


 ネオコリアンへの連絡先は朝鮮学校で配るパンフレットに記載してある、つまり在校生、もしくは卒業生しか知り得ないはずだった。


「こちらのパンフレットをご覧ください、あ、カメラさん、もう少し寄って」


 司会の男の手にはそのパンフレットがあった、『在日朝鮮人を護る会』と書かれた所がアップになる。


「こちらは番組が独自で入手した物なのですが、同じ物が被害者の自宅から発見されています」


 なぜ被害者の家にそんなものがあるのか不思議に思っていると司会者は続けた。


「被害者の伊藤さんは在日朝鮮人の親子でした、そして被害者と交際していたのが高梨容疑者になります」


 ある日、被害者に別れ話を持ちかけられた高梨容疑者はそれを激しく拒否、しかし被害者の意思は固く結局二人は破局。


 逆恨みした高梨容疑者は被害者宅にあったパンフレットの存在を思い出して、忘れ物をしたと被害者宅に侵入、パンフレットを携帯カメラで撮影し、件のメールを送信。


 在日朝鮮人が酷い目にあったと勘違いしたコリアンテロリストはなんの罪もない被害者親子を殺害、しかし自分の罪に耐えきれなくなった高梨容疑者が後日自首をするといった流れです、と司会者は説明した。


「と、言うことはこれ、報復のつもりが仲間を殺してしまったと、そういう事ですよね」


 ネームプレートの横にタレントと書かれた派手な女が、やけに大袈裟な身振りで話に入ってきた。


「そうなりますね、被害者の友人によれば彼は青ヶ島への移住を望んでいたようですから」


 その準備として、日本人である高梨容疑者に別れを告げたとみるのが妥当でしょうと続ける。しかし、宣美は頭がぼうっとしてなにも考える事ができなかった、考えたくなかった。


 無意識のうちにリモコンでチャンネルを変えていた、ザッピングするがどの局もネオコリアン関連のニュースだった。


「石川総理大臣が近く、ネオコリアンの総書記である朴宣美と接触するとの発表がありま――」


 テレビの電源を切ってパソコンを開いた、メールが何百件と未読のままになっている。



 人殺し――。


 イカれた朝鮮人――。


 お前たちのせいで在日朝鮮人が肩身の狭い思いを――。


 死ね――。


 滅びろ――。


 画面を凝視していると背後から腕が伸びてきて、パタンとパソコンを閉じた。振り返ると顔のすぐ横に典子がいた。


「大きなことを成し遂げようとしたら犠牲はつきものよ、それに悪いのは虚偽のメールを送った日本人でしょう」

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