第41話

 まるで自分は日本人じゃないかのような言い方がおかしかった、典子との奇妙な同棲生活は思いのほか楽しい。賢くて美しい彼女は日本人ながら幹部たちにも受け入れられている、いや、スナックママの工藤だけはぶつぶつと文句を言っていたか。


「でも、大世の死が無駄に……」


「好きだったの?」


「え、なんで」


「あんた、昔からメンクイじゃん」


 そう言われてみれば好きになる人はみな二枚目だったような、しかし周りからそんな風に思われていた事が急に恥ずかしくなった。


「ちっ、違うよ、そんなんじゃないし」


「ふーん、まあどっちでも良いけど」


 適度な距離感を保つのが彼女の良い所と言える。


「典子はいつまでいる気なのよ、お母さん心配しないの」


 無理やり話を変えると、典子は真剣な眼差しをコチラに向けた。


「あたし、帰る気ないから、ずっとここで暮らす、ダメ?」


「いや、ダメじゃないけど」


「じゃあ、これからもよろしくね、そんな事より総理大臣から接触会ったんでしょ?」


 一週間ほど前だった、一度二人で話し合いませんかと連絡が届いたのは。コチラの要求をすんなり飲むとは思えないからおそらく説得、もしくは妥協案の提示といったところか。


「うん」  


「大丈夫なの? そのまま逮捕なんて事にならないかしら」


「そんな事したら、人質が大変なことになるよ」


 柳たちが激昂しながら収容所の島民を殺すところは容易に想像できた。


「でも死をも恐れない恐怖のテロリストと一対一で会うなんて、なかなか根性ある総理大臣よね。ロリコンの父親のくせに」


 もしかしたら石川孝介の助言もあったのだろうか、とにかく日本国のトップと話ができるのは大きな一歩だ、会うことはコチラも望むところだった。


 しかし――。 


 今回の事件で世間は無関係の人間を殺したテロリスト集団と認識した。青ヶ島の島民を人質に無理難題を要求する在日朝鮮人への風向きはいっそう強くなると考えられる。早期解決のために軍隊を派遣する案も具体性を帯びてきた。  

 

 今までは少なからず在日朝鮮人に同情する声も上がっていたため政府も二の足を踏んでいたが今回の事件で軍事制圧すべきの声が大多数となるだろう。


 もし、私たちが逮捕されたら幹部の人間はもちろん、なにも罪を犯していない在日朝鮮人の移民まで罪に問われる可能性もある。みんな平穏な生活を夢見てこの島に移住してきたのに……。


 歴史的な犯罪者として日本で暮らすことになれば、これまでの差別とは比較にならないほどの劣悪な環境に立たされるのは明白ではないか。


 私のせいで――。


「宣美」


「あ、ああ、ごめん、ぼっとしてた」


「しっかりしてよ、あなたがトップなんだから」


「うん、ありがと」


 宣美の背中をポンポンと叩くと典子は自分の部屋に戻って行った。みんなを護る方法はないだろうか、自分はどうなっても良い。みんなが穏やかに、当たり前の幸せを掴めるように。


 宣美は少し考えると決意して受話器を上げ番号を押した、大体の電話番号は頭に入っているがここにかけるのは初めてだ。


 プルルルルッ、と二回目のコール音が鳴ったところで相手が出た。


「はい、ネオコリア爆弾班、金田です」

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