第39話

「いらっしゃいませ、宣美さん、お待ちしていました」


 集会所をあとにした三人は留守番していた麗娜を回収した後に夕飯を摂るために島にある焼肉屋を訪れた、在日朝鮮人が経営する高級店だ。


「ありがとう」


 予約しておいた奥の個室に案内される、三人は何が珍しいのか店内をキョロキョロと見渡していた。


「なによこの店は?」


 店員に飲みものを頼んで、いなくなった所で典子が口を開いた。


「なにって?」


「こんな島にあるには少し不自然じゃない」


 こんな島とは失礼な話だが、言いたいことは分かった。


「朝鮮人は焼肉が好きだからね、作ったのよ。他にも朝鮮料理の専門店とかハンバーガーショップ、牛丼屋に寿司屋もあるのよ」  


「こんな島で儲かるの? 食材を調達するのも大変でしょ」


「儲かるも何も、どの店も無料よ」


「はあ?」


 宣美が来てから作った青ヶ島にある施設や、料理店、スーパーに至るまで在日朝鮮人はすべて無料で利用する事ができる。その資金は幹部たちが運用する資金から出されていて、働くスタッフはボランティアだ。


「経費はどっから捻出してるの?」


 石川孝介が興味深そうに聞いてきた。


「幹部たちで資産運用してるから、そこから。ちょっと分析すれば株もFXもどう変動するか分かると思うけど、なんでみんなやらないのかしらね」


「そんな事が出来るのはあんただけよ」


 呆れたように典子が言った所で飲み物が運ばれてきた、コースを四人分頼むと「かしこまりました」と言って出ていく。


「じゃあさ、この島の人たちは働かなくても生活できるわけだ」


 石川が瓶ビールを宣美に傾けたので「ありがとう」と言って答えた。


「そうよ、でも元気な人には畑をやってもらったり、この店のスタッフだってタダ働きだからね、一人一人が出来ることをして協力してるの、それが国家ってもんじゃないかしら? 馬鹿みたいに豪華な家に住む人と、公園のダンボールで丸まって過ごす人が共存してる方が私には異常に見えるわ、それを見て見ないふりをする政府もね」


 ちらっと石川を見る、嫌味を言うつもりはなかったが勝手に口が動いていた。もちろんこんな芸当が可能なのはまだ島民が少ないからに他ならない、人が増えれば資金が必要になる、人が増えれば争いも起こりやすくなる。これからの課題だ。


「まったくもってその通りで何も言えないよ」


 テーブルにはコースの料理が次々に並べられていく、言葉を発しない麗娜、と言うより何を喋って良いか分からないのだろう。


「石川さんと麗娜は明日帰りなさい、仕事もあるでしょう、専用のヘリを手配しておいたから。典子は残ってもらうわ」


 宣美の提案に三人は頷いた。


「でも僕を帰して良いのかい? 秘密を知った人間を、帰ったらすぐにバラすかも知れない、しかも人質にはもってこいだ」


 テロリスト、島民を監禁するイカれた在日朝鮮人、それを知ったら激しく非難されると思っていた。しかし麗娜はともかく、この二人もまったくそんな態度は見せない。


「あなたは日本でやるべき事があるでしょう、それにバラされても一向に構わないわ、どのみち、こちらから政府に接触するつもりだし」


「そちらの要求は?」


 要求――。


 関わらないで欲しい、在日朝鮮人を差別しないで欲しい、普通の幸せを、帰る国を、それだけだった。選挙権を欲してるのだって政治に興味があるからじゃない、平等に扱ってほしい、ただそれだけだ。


「選挙権と独立国家の承認」


「クーデターを起こそうってわけじゃないんだよね」


「そんな軍事力はないけど、核爆弾くらいならすぐに作れるかもね」


 鉄板の上にある肉をひっくり返しながら「なるほど」と石川は頷いている、相変わらず麗娜の事以外は何を考えているか分からない。


「あ、だめだめ」


 石川が焼けた肉を口に運ぼうとするのを典子が止める、サンチュを渡して具材を巻いて食えと支持している光景がどこか懐かしく感じたが気のせいだろう。


「うまっ」


「でしょー」


 きな臭い話をやめるとそこは若い男女が焼肉と酒を楽しむ同窓会のようだった、小さな頃から顔見知りの面子、いろいろあったがどうしてだろう。楽しかった思い出ばかりが蘇る。


「あんた、彼女いないの? 総理大臣の息子なんてモテるでしょ、顔も悪くないしさ、あたしがなってあげようか」


 ずけずけと聞く典子の物言いに石川は少し引いて答えた、チラチラと麗娜を気にしている。一体この男はどれだけ長い間、彼女を好きでいるのだろうか。


「人の顔面を踏みつけるようなガサツな女はごめんだよ」


「勃起してたくせに」


「ちがう、ちがう、あれは麗娜の余韻がまだ残ってて。あれからも誰とも付き合ってないし、ずっと麗娜一筋だし、これからもそうだし」


 一生懸命に弁解する姿は中学生のようで、思わずみんなで笑った、麗娜も先程までとは違い楽しそうだ。


 ああ、そうだ――。


 こんな風に日本人も朝鮮人も関係なく笑って話せる世界だったなら、こんな事をしなくて済んだのに。


「あなた達は差別しなかったわね、結局」


 朝鮮人だとわかっても麗娜を好きだと言い続ける変態、人間として宣美を羨ましがった典子はある意味で同じ世界の人間と認めてくれた唯一の友達なのかもしれない。


「麗娜は将来的にはどうしたいの?」


 まだ見習い美容師の彼女にビジョンがあるとも思えなかったが、できれば近くで、この島で一緒に生きたかった。


「やっぱり夢は自分でお店もってー、結婚して子供は二人欲しいなぁ、で、オンニと一緒に住む」


 ふふ、可愛い。


「結婚して、私と住んだら旦那さんが迷惑でしょ」


「いえ、全然僕は、その、大丈夫です!」


「なんであんたが結婚する前提なのよ、ロリコン」

 典子がすかさずツッコむ。


「ロリッ、だれがロリコンだよ、もうこんなに立派にそだって……」


 麗娜をまじまじと見ながら口に手を当てて「カワイイー」とつぶやいたが彼女以外の二人は冷めた視線をおくった。


 それからは昔の聚楽の話や、学生時代の話で終始盛り上がってから店を出た。宣美の家に一泊すると石川と麗娜は朝一番で島を後にする。正直、典子も帰して問題ないと思ったが彼女の方から「この部屋私使うわ」と言って住みついた。



 次の日には政府官邸に宣美は独立国家として認めるよう要求した、青ヶ島の住民を人質にとっていること。ネオコリアンが報復テロを指揮していることはあっという間に日本を駆け巡り、海外でも大々的に取り上げられるニュースとなった。


 その二週間後に金大世が報復を終えた事を柳から伝えられる、それからは連日ワイドショーで在日朝鮮人の報復テロが報道された。ところがこの事件は思わぬ方向に向かう事となる。


 高梨めぐみと名乗る女が警察署に自首したのは、報復から一週間後だった、報道によると彼女は泣き崩れてこう供述したという。


「フラれた腹いせに、虚偽のメールをネオコリアンに送りました」


 この一件の事件が宣美の人生を再び変えることになる、もう引き返せないモンスターへの道、普通の幸せを送ることは叶わない修羅の道を突き進むしかなくなった。

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