第34話 宣美の目的

 青ヶ島集会所、地下二階では十五台のモニターが島中央にある巨大な日本人収容所の内部映像を映し出していた、最新鋭の小型カメラは壁に埋め込まれているため、中にいる島民たちは自分たちが監視されていることに気がついていない。


「どうやら落ち着いたようですね」


 宣美の横でモニターを見つめる柳が呟いた、音声も拾うこのカメラは先程まで中で暴れ回る島民の怒号が響き渡っていたので音量を最小まで下げていた。そんな彼らも疲れと諦めからか、やっと静かになった所だ。


「これから彼らはどうすると思う?」


 宣美が質問するとシルバーフレームの細い眼鏡越しにするどい視線をコチラに向ける、キッチリと七三に分けられたヘアスタイルと相まって弁護士のような佇まいだ。


「そうですね、これだけの人間が一箇所に集められるのはかなりのストレスになるはずです、私ならまずはダンボールとブルーシートを使ってプライベートな空間を確保します」


 都会育ちの柳らしい発想だなと宣美は思った、この収容所にはトイレも簡易的なシャワーも付いている、水と食料も当面困らない程度に置いてきたので生きていくのに困る事はない。


 左から三番目のモニターに映る背の低い中年男がなにか喋っている、宣美はそのモニターの音量を上げた。


「みなさん、落ち着いてください、すぐに本島から助けが来るはずです。それまで慌てずに待ちましょう」


 ああ、その顔を確認していつも『憩い』で酒を飲んでいる村役場の職員だと気づいた。顔を赤くして酔っ払っている時とは大違いだ。彼は老人達を端に座らせ比較的若い人間達を集めるとパイプ椅子を片し出した、空いたスペースにダンボールを敷いて硬いフローリングの緩衝材にすると、備えてある毛布と食料を一人一人配って回る。


「もともとプライベートなんて概念がない人たちだからね、あまり気にならないのかも」


 観察しているうちに日が落ちてくる、収容所内が薄暗くなり始めると島民が騒がしくなる、人間は暗闇を恐れる生き物だ、だから火を使い照明を発明した。


 宣美はモニター前にあるスイッチをオンにしてマイクに口を近づけた。「あーあー」マイクテストをするとモニターからも自分の声が聞こえてくる。島民たちは天井付近に設置されたスピーカーを見上げてざわついている。


「照明のスイッチは入り口横に付いています、ですが現在の備蓄電力はゼロなので自転車を漕いでください、洗濯機や家電も備蓄電力があれば使用可能です」


 それだけ言うとマイクのスイッチをオフにした。


 そう、この施設にはキッチンも付いて調理も可能、ただし火は使えない、電気コンロだ。


「少し豪華すぎやしませんか?」


 マイクのスイッチを切った所で柳が問いかけてきた。


「彼らには死ぬまでここにいてもらうの、その為にはここでの生活を確立してもらう必要がある」


 体力がある若者が発電して、女や老人が洗濯や料理をする、ひとつのコミュニティをこの施設内部で構築することで生き甲斐を感じさせる。


「何もしないと人間は狂う、それに」


 先進国だと息巻いて、その昔にはアジアを支配しようと企てていた日本人が自転車を一生懸命漕いで発電する姿は滑稽を通り越して傑作だったが柳には黙っておいた。彼は理系なので理論的じゃない行為を嫌う。


「駐在はいつ気づきますかね」


 青ヶ島に警察官は一人、駐在所に住み込みで勤務する初老の男だ。宣美はその男は島民とみなさずに放置した、警察官は、身内の犯行にやたら反応する、下手に刺激しない方が吉とふんだ。


 それに島民の三分の一を閉じ込めたとはいえ、残りは普通に生活しているのだ、犯罪など無縁の島で集団監禁が行われているなど夢にも思わないだろう。


「どちらにしても早く次の行動に出ないとダメね」


「ええ」


 会話がなくなった所で後ろの扉がガチャリと開いた、振り向くと金本静香が細面の顔に笑顔を貼り付けて入ってきた、この部屋には幹部しか入室できない。


「お疲れ様です、宣美さん、交代しましょう」


 腕時計に目を落とすと夕方の六時を回っていた、監視は幹部連中で二十四時間交代制だ。


「ありがとう、柳くんも無理しないでね」


「大丈夫です」


 二人に頭を下げて集会所を出ると外はすでに夜の帳が下りていた、都会と違い電灯が少ないこの島では見上げれば満点の星空がおがめる。


 宣美は美しい星空を眺めながらやっと悪魔たちを閉じ込めることができた事に満足した。一つ、二つ深呼吸をすると車に乗り込み家路についた。

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