第32話 誠也くんとファンの集い
店は刺身が美味いと言われる居酒屋で、全席半個室だった。
連れが遅れて2人来ることを伝えて席へと通される。陽人とこなっちゃんは、私達が席についてから、割とすぐに現れた。どうやら2人で待ち合わせて来たらしい。
“まぁまぁ、仲が良いこって……”
並んで誠也くんに慄いている幼馴染2人にぬるい視線を送ってしまう。
「2人ともお疲れ様〜」
「お、お疲れ様!」
少々緊張気味ではあるけれど、陽人は元気よく返事をする。逆にこなっちゃんは、何かのスイッチを入れたかのように顔をスンと無表情にしてから、丁寧にお辞儀して見せた。
「重守さん、今日はお時間を作って頂き、有難うございます」
これには誠也くんも驚いたようで、ワタワタと手を振っていた。
「そんな、こちらこそ有難うございます。前回の僕の我儘に付き合って頂いて……。どうぞ座ってください。何頼みましょう?」
誠也くんと向かい合うように座っていた私は、席を立って、こなっちゃんを手招きする。
「こなっちゃん、せっかく話聞くなら正面においでよ」
こなっちゃんは、自分の身体を守るように手を胸の前でクロスすると、手のひらを此方へ向けて、全力の拒否を見せた。
「いや! さ、流石に! 正面は無理!!」
「そんな、大袈裟な……」
誠也くんが言うが、こなっちゃんは譲らない。すかさず隣の陽人の袖を掴んでキュッと引っ張った。陽人が驚きに唇をキュッと噛んで目を大きく開けたのを私は見逃さなかった……。
「陽人、奥行って!」
「俺!? ……いいの?」
「うん」
「じゃあ、遠慮なく……」
陽人は、こなっちゃんを気遣うように一度確認すると、私が退いた奥の席へと進む。誠也くんに会釈をして腰を下ろすと、誠也くんの顔を真正面から見て少しだけ照れたのか、にへらと柔らかく表情を崩して笑った。
“あ……! そのテレテレって顔はこの間の食事会で初めて見かけた推しにだけ見せる照れ顔……!”
誠也くんに対して、嫉妬のような感情を抱きつつも、彼の可愛らしい表情に「誠也くん、推しでいてくれて、有難う」とも思った。とても複雑だった……。けれど、今日は『誠也くんだけを気に掛けて、守れ』との使命が最優先だし、私が心配しているより、陽人とこなっちゃんは上手くやっているようなので、私は意識を陽人からこなっちゃんの席へと移した。
「そうしたら……こなっちゃんは、誠也くんの隣でどう?」
「それも流石に!」
「え!? じゃあ何処ならいいのよ!?」
「私は、重守さんの対角線上に座らせてもらいます」
こなっちゃんは、神妙な顔でそう言うと、そそくさと陽人の隣に座った。
「……そうなると……」
「しょこたが俺の隣だね」
「こなっちゃん本当にいいの!?」
既に腰を落ち着けて、背筋をしゃんと伸ばして、凛々しく座るこなっちゃんの前に手をついて顔を覗き込む。
「良い!」
こなっちゃんは、ハッキリと言い切った。まぁ、本人が言うならと私も誠也くんの隣、こなっちゃんのお向かいに座って、誠也くんから渡されたメニューを開く。男性陣の方にタッチパネルがあり、2人はそのパネルのメニューを。私とこなっちゃんは、アナログな冊子のメニューを一緒に見た。
とりあえず男性陣にアルコールを頼んでもらう。元々、ここは刺身が美味しいらしいって話だったので、刺身を注文する事は満場一致で決まっていた。旬のアジと鰹のタタキは外さない。
前回、韓国料理屋に行った時にざっくりとした自己紹介は済んでいたけれど、改めて紹介する。
「誠也くん、此方は私の中学の頃の同級生、藤原小夏さんと市川陽人さんです。そして、お二人さん、此方が重守誠也くんです。書道教室が同じで仲良くなったの」
「中学の同級生なら、俺達みんな同い年だ。気が楽〜」
誠也くんがふー、と肩を下ろしながら笑う。
「因みに、2人は特撮ファンらしいので、誠也くんの出演作品も観てますよ」
「なんか照れるね」
本当は大体の事情も全部知っている癖に素知らぬ顔して、リアクションを取ってくれる誠也くんを見ながら、心の中で笑いつつ、表には出さないようにする。私と誠也くんの向かいに並んで座る2人は、チワワみたいに身体を小刻みに震わせていた。
「めっっっっちゃ! 好きです!!」
口火を切ったのはこなっちゃんだった。声は大きくなかったけど、めちゃめちゃ気合いが入った告白をかます。
「ピードルもエバンも! ……あっ! 【グラビティ】のエバンです」
「え! 藤原さん、【グラビティ】も観てくれてるの!? ありがとう!」
「元々、【グラビティ】で重守さんを知って、そこからのファンなんです。……すみません、お仕事の話をしてしまって」
「いいえいいえ、とっても嬉しいです! 仕事のモチベーションが全然違いますよ!!」
「よ、よかったぁ」
控えめに笑うこなっちゃんにその場が何となく和やかな空気になる。微笑ましいなという気持ちで見てしまう。というか……————
「ねぇ、ほぼ初対面とはいえ、敬語は固くない?」
「それもそっか」
誠也くんはそう言うと、向かいの2人を見た。
「じゃあ、誠也って呼んでください。あ、敬語も無しで」
「い、いや! いやいや! しょう子、それは流石に!」
「そうだよ! タメ語は、まだキツいって! こなっちゃんが保たない!」
「そう! 私が保たない!」
「え〜……でもこの空気……、私気まずいんだけど」
「無茶言わないで!」
すっかりファンミーティング気分の2人に、なんとか友人同士の飲み会だという自覚を持たせようとするが、2人はオタクマインドからなかなか抜け出せずにいた。
「あ! じゃあ、お酒が入ったら、タメ口でいきません?まだ俺も少し緊張してるので」
誠也くんの提案に目の前の2人は、大きく頷いて、誠也くんを誉めそやす。
「そうしましょう!」
「優しい!」
「陽人、お酒が来るまでにいっぱい敬語で話そう」
「そうしよう、こなっちゃん」
「お待たせ致しました〜。生中4つですね」
「え!?」
こなっちゃんと陽人の声が重なった。私と誠也くんは、それが変にツボに入ってしまって、腹を抱えて笑った。
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