第31話 本当は照れ屋だって知っている



「今日の飲み会が億劫なだけ?」

「億劫じゃな……くないけど」

「素直だねぇ」

「でも、別に体調は悪くない」

「ふーん」


全然信じてないようなテキトーな返事をして、誠也くんは前を向いた。



「それで、首尾はどう?」

「首尾?」

「初恋野郎と初恋の初恋。くっつけるって息巻いていただろう?」

「あー……」



どうしても歯切れの良い返答が出来ない。誠也くんと話して、気持ちは軽くなった。楽しいけれど、現状何も解決はしていないからな……。




「実は、悪くはないんだよね」

「おおー、良いじゃん」

「ただ、障害も無くはない……」

「ほーん」



 障害。そう、私の存在である。今こなっちゃんの中で起こっている葛藤を露ほども知らない誠也くんは、かなり前向きに受け取っているようだ。私の計画が順調に進んでいる事を素直に喜んでくれていた。




「多少、障害もある方が燃えるって言うし」



そう言って励ましてくれる。



「そうだね……」



そんな風に全然思えてないけれど、この前こなっちゃんと話した事も、今日凹んだ事も、最近元気が出ない事も話したくなくて、テキトーな返事をした。誠也くんは、やっぱり何も追及しなかった。



 少しだけ沈黙が流れた。誠也くんがスマフォで店への道順を確認しているのを視界の端に捉えながら、眼前の景色をぼんやりと見る。通りに沿って建つビル内に入っているチェーンの居酒屋の看板なんかで、ギラギラだ。真っ直ぐ進む私の袖を誠也くんがくん、と引く。




「右折します」

「え、ここ?」

「ここ」




スマフォを見ながら歩く誠也くんについて行く。後ろを振り返って、私がちゃんとついて来ているかを確認すると、誠也くんはもう一度スマフォを確認して、顔を上げる。




「あとは、真っ直ぐだって」

「そう」

「……」

「……」



また沈黙が流れた。


 目指していた店の看板が見えて、「ここかぁ」と心の中で思った時、それまで黙っていた誠也くんがぽつりと呟く。




「今日は、俺のことだけ気にしてて」

「……は?」




 足が止まる。誠也くんの言葉を理解するのにコンマ数秒時間が掛かった。

 私が立ち止まった事に気が付いたらしい。誠也くんは、4歩程先に進んで止まると此方を振り返る。いつも通りのクールな顔、その自然な表情に「あれ? 空耳だったのかしら?」と自分の聴覚を疑った。ポカンとしているであろう私の顔を見て、彼は不服そうに眉根を寄せた。そして唇をムイっと尖らせた。そうして、スッと視線を逸らす。




“あ……照れた”


「……どうして、返事してくれないの?」




誠也くんが口を尖らせたまま、そう言う。




「え……えー……」

「俺を守らなきゃって思ってるんでしょ?」

「そ……うだね」




確かにそう言った。だから、飲み会に反対していたのだ。はて? そんな私の心配を「平気平気」と押し切ったのは目の前の彼だったではなかろうか?




「だったら、今日は俺のことだけ心配していればいいじゃんか。他の事なんか考えずに」


“他の事って……陽人とこなっちゃんの事……だよな?”




 返事出来ずにいる私を見て、誠也くんはどう思ったのか、両手で顔を覆うように隠した。そうして大きなため息を吐く。




“あ……恥ずかしがってる”



「〜っ!! しょこた! なんか言ってよ!」



堪らずという感じで、顔を隠したままの誠也くんが吠えた。なんだか分からないけれど、私まで恥ずかしくなってきた。体温が上がっているのが分かる。



「だ、だって! 誠也くん突然何をっ……」

「『突然何言ってんの』とか言うなよー! 野暮だな!」




誠也くんはまだ顔を上げない。




「だって!」

「『だって』じゃない!」

「な、なんか私まで恥ずかしくなって来ちゃったから」

「俺が恥ずかしいみたいに言うな!」



顔を隠したまま「ひでー奴だな!」と独り言る誠也くんに1歩2歩とヨロヨロした足取りで近付きながら、言い訳を考える。私は誠也くんの何に恥ずかしさを引き摺り出されているんだ?えっと、えっと……



「ち、違うよ! 誠也くんが恥ずかしいじゃなくて、仮にも声を仕事にしてる人の、その……す、素敵な声で『俺だけ見てろ』みたいな事を言われたら、誰だって照れるし、恥ずかしくなるんだよ!」

「また、お前……っ! 茶化すな!」



 勢いよく顔を上げた誠也くんと、バチリと目が合う。思っていたより、私が近くにいた事に驚いたのか、目が見開かれ、彼が呼吸を詰めたのが分かった。近づいた事で分かったのだが、彼の顔も首も耳も真っ赤っかだった。そんな様子に私まで釣られて、息を詰めてしまった。



 無音。無呼吸。周りの音が聞こえなくなり、世界から切り離されたような感覚に陥る。心臓の音だけが大音量で鼓膜を打ち鳴らす。そのリズムは一定で、緩やかだった。どのくらいの時間そうだったのか分からない。とても長く感じたからだ。

 詰まっていた息をどちらともなく、静かに吐き出すと音が戻って来た。お互いに1歩後ろへ距離を取ったのは、2人同時だった。また2人の間に沈黙が流れる。さっきはゆっくりと打っていた心臓の鼓動が、今はとても速い。



 ————ドッドッドッドッドッ



 耳元で大音量を奏でる鼓動がうるさいすぎて、何も思いつかない。口をはくはくと無意味に動かすしか出来なかった。




「……しょこた、俺だけ見るって、出来ないでしょ?」




目を逸らさないまま、誠也くんが言う。




「だから、気合い入れて、俺だけ見てろ」

「……う、うん」





 誠也くんの圧に負けて頷いた。誠也くんは、私が頷いた事に胸を撫で下ろすように深く息を吐いた。そして、少し照れの入った、悪戯っぽい笑みを浮かべる。



「初恋野郎と初恋の初恋にうつつを抜かすな〜?ちゃんと俺を守っておくれ」



念を押すように「いいな?」と言って踵を返すと、店へ向かって歩き出す。私も誠也くんについて歩き出す。先を歩く彼に追い付くように速度を上げて、隣に並んだ。

 ちょっと変な空気になってドギマギしちゃったけれど、誠也くんの言動の裏には、いつだって私への気遣いがある事を知っている。だから、ちょっと気不味くなったって、すぐに元の距離感へ戻れるのだ。




「ねぇ、その『守って』ってどうなのよ?」

「しょこたが言い出したんだろう」

「格好悪い台詞だなぁと思って」

「よく言うよ。俺を格好いいと思った事ないくせに」

「バレたか〜」




軽口を叩けば、誠也くんが腰を振ってぶつかって来る。横っ腹に見事なお尻アタックが入った。2人してケタケタと笑いながら、店へと向かった。





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