第29話 不安なのは、間違いなのか
「基本は全員忘れた事ないですよ? その中でも印象に残ってる人って意味でしたか?」
ちょっと違うけれど、下手な事を言うと墓穴を掘りそうだったので、頷いておいた。
「一個前の彼氏なんですけど、浮気されたんで、かなり印象的ですね」
「え、まじ?それは許せない」
「許せないですよねー。相手は、会社の後輩でした」
「うわうわうわ!」
「よく聞くやつですよね」
乃依ちゃんは、少しだけ眉間に皺を作って、ため息をついた。
「だから、今の彼氏と付き合う時は、私もかなり慎重になってました。浮気者は人間じゃなくてゴミ以下だとか、こんこんと話しちゃったりとか」
「うわうわうわ!」
「そういう人が、どういう地獄に落ちて、どんな罰を受ける事になるのかとか、そもそも地獄に落ちる前に……要は生前に私自らどのように報復する心積りがあるとか」
「うわうわうわ!」
話してるうちに顔に影が差すような幻覚が見えるくらいには、彼女から不安なオーラが滲み出てきていた。彼女の体験を思えば、仕方ないと擁護の気持ちも出てくるが、何も知らない男性陣からすれば、彼女の異常なまでの執着に恐怖しただろうなという事が安易に想像できた。もちろん、女性側であり、浮気した事のない私は、乃依ちゃんに同情こそすれど、非難する気持ちは微塵も湧かない。
「今は、ちゃんと理解してるんですが、かなりヤバい女だったんですよ、私。だから、合コンを友達が企画してくれたり、フリーの男の子とか紹介してくれても、かなり敬遠されました。当たり前ですよね」
「私は、乃依ちゃん派だけど、強烈だったろうなとは思うよ」
「ですよねー。で!その中唯一の生き残りが、今彼です〜」
乃依ちゃんは、さっきの負のオーラが滲み出す闇を引っ込めて、照れたように笑った。それは、本当に花が咲くような、パッと明るくなるような笑顔だった。そんな幸せそうな顔に私の頬も自然と緩む。
「強烈な乃依ちゃんにも、彼氏さん引かなかったんだ〜」
「うん」
彼女は、思い出すように視線を少し下げた。
「彼氏がね、『許せないとか譲れない物って誰にでもあるでしょ』って言うんです。でね、『自分には、浮気に対して譲れないような拘りはない。浮気する人に対して乃依の意見が厳しいとも思わない。他の奴が言うような事も気にならないし、乃依の気持ちに合わせられる』って。そう言って、側に残った最後の1人」
この後輩と恋バナする事も時々あるけれど、こんなに大事そうに彼氏の事を話すのは、初めて聞いた。だから、ちょっと驚いた。けれど、本当に良い話で、羨ましいなと思った。
「めっちゃ良い話だった」
「惚気てさーせん」
「ホントだよー。でも素敵だった〜。このエピソードに勝てる元カレって流石にいなさそう」
「いないですね」
彼女は、ハッキリと言い切った。
「でも、人生良くも悪くも流れ通りというか、あまり気落ちはしてないんです」
「そりゃぁ、そんなに素敵な彼氏さんがいたら、そうだよ」
「いえ、そうじゃなくて、浮気されたから今の彼氏に見つけてもらえた感じですから。浮気した事全く許してないけど、怨みは消えたの」
「ん?見つけてもらった?浮気された教訓から、乃依ちゃんが間違えずに見極めたって話じゃないの?」
聞いていた此方としては、彼女が相当目の細かいふるいにかけて、条件をクリアした、ただ一人の人を選んだという印象だっただが……。言い草が気になって尋ねると、彼女は少し大袈裟に否定した。
「違いますよー! ……いいえ、自分で選ぶつもりだったんです。失敗しないように、ちゃんと見定めるって。でも私は自分を曲げる気が一切無かったわけだから、相手が受け入れるか、折れてくれない限り、私は誰もと一緒には居られなかったんです。今の彼氏と一緒に過ごすようになって、ようやくその事に気付きました。彼が私を尊重して、そのままの私を選んでくれたんだって」
自分で、自分の目が大きく開いていくのが分かった。
驚いたのだ。彼女があまりにも謙虚で、大人びた意見を言うから。私には想像も出来ない、そんな風に考えた事がないような捉え方の話をするから。確かに小さな感動を感じている。胸の内にチリチリとしてむず痒さが広がる。感動しているのに、息苦しい。
「……すごく、素敵な話」
苦しさを唾液と一緒に飲み下して、感想を述べた。乃依ちゃんは、また照れくさそうに笑った。
「私は、運が良かったんだと思います。これまで、学生の時から4人と付き合った事ありますけど、毎回ちゃんと好き度も幸せ度も更新されますもん」
「ん? その心は?」
「別れの先で出会う人は、より素晴らしい人ばかりだって事です。だから、この人と別れたらとか、あの人より好い人は現れないっては不安に襲われない」
——————ピシャーンッ!
衝撃。
何故かって?私が今、直面している現象と真逆の事を言われているからだ。初恋が忘れられず、彼氏は出来でもイマイチ、ピンと来ず、なんとなく付き合ってなんとなく別れた。彼女にそんな気がない事は、百も承知だが責められているような居心地の悪さで心臓が震えた。
そんな私の様子に1ミリも気付いていない乃依ちゃんは、続ける。
「前の人の方が良いなんて思った事ない。浮気した彼氏ですら、浮気した事以外、大好きでした。めちゃめちゃ好きだったから、余計に敏感になっちゃってた部分もあるとは思います。彼以上で、浮気をしない人なんて探すのは至難の業だと思いました。だから変な方向に」
苦笑浮かべる彼女に私は、やっとの思いで返事をした。
「ちょっと……私の中には無い意見だったから、衝撃を受けてます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます