第28話 ブルー2




「キャンディスのおかげで、うちの店は、姉妹店より売り上げもアカウントの閲覧数も多いんですよ?」

「キャンディスのおかげって」



おどけて反論すると、謀らずも小馬鹿にしたような言い方になってしまった。乃依ちゃんはまた、さっきと同じように下唇を突き出して、拗ねた顔をする。



「マスコットキャラって大事なんですよ! あと、キャンディスって名前は口当たりがいいんですかね? お客さんにも浸透してるし。生前のキャンディスとか肉を付けたキャンディスは、絶対美人だってコメントも定期的に付きますし」

「それは、私も知ってるけど……」



だって、それに便乗して【生前のキャンディスは美人】ていうハッシュタグを使っているのは、私が投稿する時も同じだ。そして、キャンディス人気に便乗した姉妹店が閲覧数を上げる為にこのタグを付けて自身の店の宣伝を投稿している事もあるくらいなのだ。勿論、キャンディスの知名度なんて、身内ネタのレベルだが、共通言語があるというのは、結束を固めるらしい。おかげで、お客もSNSの投稿も楽しみにしてくれているらしい。つまり、この頭蓋骨は我が店のアイドルなのである。



「キャンディスも磨いてあげないと」



 窓際で健康的にも日光浴をしていたキャンディスを抱えて戻って来ながら乃依ちゃんが言う。




「そうだね。写真を撮る前に綺麗にしようか」



言いながらアルコールティッシュを1枚取って渡すと、乃依ちゃんはキュッキュッキュッと丸い頭を拭いていく。少し積もっていた埃がアルコールティッシュの水分でよれていった。




「少し黄ばんできちゃいましたね」

「本物の人骨っぽくていいじゃない!」



私の前向きな声に乃依ちゃんは、あからさまに嫌そうな顔をする。



「それはリアルすぎて、グロテスク!」

「えー!」

「今度、漂白してあげないと……」




私の不満の声などガン無視で、彼女はキャンディスを磨いていく。




「キャンディスは、本当にお姫様ね。びっくりしちゃう」

「お姫様って……。キャンディスの事、好きじゃないスタッフは、そもそも楓さんくらいですよ」



乃依ちゃんは「なんでなんですか?」と言葉を続ける。その間も目の窪みから、歯の一本ずつから、丁寧に磨いていくのだ。

 キャンディスが嫌いかと言われれば、そういう訳でもない。私はそもそも海外のクライムサスペンスが好きだし、むしろ人骨は馴染みがあるといっても過言ではないのだ。ただ、うちの店の雰囲気にキャンディスは合っていないと思っているだけで。その事を正直に伝えたところで、これまどと同じように、やれギャップがいいのだの、遊び心が分からんだの、散々言われるのが目に見えているので、言わない。



 いつまでも質問に答えない先輩の事さえも、さほど気にした様子のないクールな後輩は、キャンディスを磨きながら話題を変える。




「楓さん、今日は絶対定時上がりの日でしたよね?」

「うん」

「じゃあ、むしろ暇ってくらいで、丁度いいじゃないですか」





 今日は、誠也くんと誠也くんのファンの集いの開催日なのだ。彼女の発言でその事を思い出した私は、また受付のデスクに頭を預けて頬を膨らませた。乃依ちゃんは、突然ズルズルと沈んでいった私を追って、カウンターの内側を覗き込むと「あー、不良だー」と茶化してくる。

 状態を起こして、乃依ちゃんを探すと彼女は既に綺麗にしたキャンディスを持って、店の中を彷徨いていた。どうやら良いアングルの場所を探しているらしい。





「今日、友達に友達を紹介するの」

「ほう。恋愛イベントですか?」

「違うねぇ。私の知らない所で、友達同士が少し知った仲だったの。なら、皆で飲もう! みたいな」

「えーめっちゃ楽しそう!」




 普通なら楽しいよなーと思う。わざわざ説明しないが、参加するのは、私の想い人と恋敵……。字面だけで地獄だが、今日はここにファンクラブがある程の人気者的な人を加えるのだ。そうなると私の肩書きは、負けヒロインに人気者のSPに想い人の相談役とより取り緑なのだ。仕事量の多さに役者不足です!と嘆きたくなった。これを素直に楽しめるのかと言えば甚だ疑問だと思うね。




「んー。楽しいと思う」

「めちゃめちゃ棒読みじゃないですか」



絶賛ブルー期間も入って、元気もやる気も出ないし、すっぽかしたいという気持ちがチラつく。どうしても声音に気持ちが乗ってしまうらしかった。




「人間関係が複雑なのよ」

「爛れてますか?」

「バーカ!」

「わっ! 暴言! パワハラだ!」




ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた後輩に喝を入れると、今度は「きゃっ!」か弱いふりをした。なかなかに図太い最新の乃依ちゃんの背中を叩く。彼女は身を捩って逃げた。暇だ暇だと言っていても、今現在も店の奥にはお客さんが入っていて、施術中だ。きゃらきゃらと笑う乃依ちゃんに、私が叩いておいて何だが「シー!」と人差し指を立てた。乃依ちゃんも同じように人差し指を立てて、ニヤニヤしながら頷くと写真撮影を始めた。



「あと2時間足らずで、楓さんは上がっちゃうんですね。じゃあ、普通の投稿でいいか。予約空いてますってやろうかと思ったけど」

「そうだね」



何となく手持ち無沙汰だったから。暇だったから。理由は特にないけれど、ふと湧いた問いを後輩へと投げてみた。




「ねぇ、乃依ちゃんてさ、忘れられない元カレとかいる?」

「はい?元カレですか?」




一瞬、キョトンとしたけれど、すぐに正気に戻った乃依ちゃんが考える素振りをする。後先考えずに興味本位で聞いてしまったけれど、流石に恥ずかしい話題だったなぁと後悔し始めた頃に彼女は、ケロッとした顔で答えた。



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