第25話 憧憬のあなた達
「え?こんなふざけた告白ってある?」
さっきと同じように首を振る。こなっちゃんの言う通り、こんな情緒もへったくれもない告白、ありえないって思うもん。
こなっちゃんは、また暫く考えるように視線を落として黙っていた。それから徐々にプルプルと震え始め、耳や頬を赤く染めていく。私はその様子を見て「あれ?」と思った。全く脈が無いのかと心配していたけれど、まさか……。え? まさか……?
こなっちゃんがひどく心細そうに眉根を寄せながら私を見て、か細い声を出す。
「ど……どうしよう……!」
こなっちゃんに見つめられながら、私は固まった。え? 嘘でしょう? こんなふざけたアプローチにまさか、本当に効果があるというのか?
は? え? ふざけるな?
気を抜くと考える事を放棄してしまいそうになる自分を待て待てと繋ぎ止めた。そもそもこの「どうしよう……!」はどういう意味なのだ? まずは、それを確認しよう。
「な、何がどうしよう?」
「ネタか本気か分からないのに! 意識しちゃう! 無理!」
そういうとこなっちゃんは、テーブルに置いていたスマフォを握り直して、何か操作をし始める。不思議に思って覗き込む。
「え? 何してるの?」
「ブロックする」
「は!?」
“誰が!何を!?”
「陽人を1回ブロックする」
「ま、待て待て待て!」
私は慌てて、こなっちゃんの手首を掴んで、作業を阻止する。しかしこなっちゃんは、私の手を振り払おうとするのだ。私は振り払われないように追い縋る。こんな事でブロックなんてされたら、それはあまりにも……あんまりだ。可哀想すぎて、目も当てられない。
「こ、こなっちゃん! 早まるな!」
「止めてくれるな! しょう子!」
「後生ですから! 落ち着いてください! ね? 後生ですから!」
「堪忍しておくれ〜! 逝かせておくれ〜!」
力が拮抗して動かないスマフォ。他人から見れば、友人同士が戯れているようにしか見えないようで、ガタン! と明日が鳴った最初こそ、一瞬注目を集めたが、すぐに視線は霧散していった。こちらは地味に本気のやり取りだというのになんとも滑稽な空間だと他人事のように思った。
「ちょ、1回! 1回落ち着きましょう、小夏さん!」
彼女の両手首を握りしめたまま、声を掛ける。こなっちゃんは、相変わらず赤みの引かない顔でスマフォを見ていたが、私の声に釣られて視線をこちらへと上げる。
「深呼吸〜して〜」
極力穏やかでのんびりと言うと、こなっちゃんは目をギュッと固く瞑って、フーフーと息を吐き出した。それは、とても深呼吸と呼べるような代物ではなかったけれど、この際落ち着いてくれるのならば、何でもいい。こなっちゃんが腕から力が抜けるのを感じて、私も同じように力を緩めていく。未だ手首を握ったままだが、ゆっくり目を開けたこなっちゃんに声を掛ける。
「こなっちゃん、落ち着いた?」
「うん……」
「一旦、スマフォを置こう。ブロックはいつでも出来るんだから」
「そ、そうだね。いつでも……」
自分に言い聞かせるような口調で言いながら、こなっちゃんは素直に、テーブルの上にスマフォを置いた。ようやくこなっちゃんの手首を解放して、腕をさする。
「とりあえず、コーヒー飲もうよ」
「あ……はい」
飲み物を口にすると、こなっちゃんは幾分か落ち着きを取り戻した様子だった。
彼女の境遇を思うと、この気持ちの悪いLINEを毎日送られたら、それだけで参るし、今まで雑な告白部分を完全無視する事で、正気を保っていたのだとしたら……そこを指摘されれば、混乱するのは当然かもしれない。というか、気の毒ですらある。
“ほぼ仕掛け人みたいな私だって、混乱しちゃったしね!”
胸を張れる部分じゃないが、自分で自分を奮い立たせるスタイルだ! 私の戦いはまだ終わっていないのだから。これから、この件を華麗に着地させる交渉が始まるワケだ。それに備えて、精神的胸をガンガンに張っておく。
「こなっちゃん的に陽人ってどうなの?」
「どう……?」
「完全に無しなの?」
「無し……というか……」
こなっちゃんは、何か躊躇うように黙ったけれど、小さく息を吸うと、私を見た。
「最初に言ったと思うけど、しょう子と陽人のコンビを推してるので……陽人と自分は、解釈違い……です」
「……はあ?」
「まぁ、必ずしもそこに恋愛的な意味を持たそうと思っている訳では無いんだけど、その……美しき『情』?」
「……情……」
聞き慣れない……というか、使い慣れないその言葉を思わず繰り返した。
「友情、愛情、慕情……。分かんないけど、そういうものを全部引っくるめた、人間の『情』」
「……情……」
「だから……」
こなっちゃんは俯いて、消え入りそうな声でそう言った。そして、今度はハッとしたように明るい声で、尻すぼみになった言葉の続きを遮った。
「ごめん! こんな風に私の理想を押し付けられても、しょう子も困るよね」
「困る……とかじゃ……」
「えーと、陽人が有りか、無しか、だっけ?」
あまり上手に笑えていないこなっちゃんが、テーブルの上をボーッと眺めながら、また黙り込んだ。私もこなっちゃんの返答をじっと待った。
「……有り……かもしれない……」
呟くように言った、こなっちゃんに「わっ!」と拍手でもしようとした時、彼女は慌てて、否定する。
「けど、全然想像つかないや……ごめん、分かんない」
「そんな、大丈夫だよ〜。謝らなくていいって」
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