第24話 好きバレ不可避



 まず、気を落ち着けなければと思って、チャイティーに手を伸ばした。一口含んで、ゆっくり舌の上で転がして飲み込む。紅茶とシナモン、カルダモン、クローブ、スパイスの風味が鼻を抜けていくと、幾分か気分が良くなる。チャイの優しい甘さも私の心を落ち着けた。ふと、あの日チャイティーを飲む誠也くんの横顔を思い出した。だから何だよと自分にツッコミを入れつつ、何故だか腹が決まるような気がする。

 ええい! 一か八かだ!





「私とのはLINEは普通だよ?」

「え゛!?」





こなっちゃんが頭だけじゃなく、肩まで揺らすほど、大きく動揺した。




「朝と夜に挨拶来ないの!?」

「来ませんねぇ」





こなっちゃんは、スマフォを机に置いて考えるように口元を押さえると、小さな声で「やっぱり普通じゃないんだ……」と呟いた。今すぐ陽人に電話をかけて、説教したいくらいの心境だが、まずはこの場を収めなければならない……が、どうすればいいのかは分からないけれど。




「ねぇ、これどう思う?」





こなっちゃんは、ほとほと困ったとでも言いたげな顔で私に尋ねる。





「これネタかな?」

「ネタであって欲しいけどね……」



しかし、私の予想では、残念ながらネタではない。





「ていうか、これ……告られてない?」

「え゛!?」





またこなっちゃんが肩を大きく揺らしながら、動揺した。私は心の中で、陽人に手を合わせて謝罪した。だが、これは私のせいではないだろう……。

 私はまた頭を抱える。



「もう、本当に……! この『好きです』て何よ! 何なのよ!」

「何だろうね……」




こなっちゃんは、更に真剣な顔で考え込んでしまう。

 こんな……本人のいない所で、本人の了承もなく、ネタバラシをするかの如く状況……地獄だ。けれど、これ以上黙っていられない。そもそも私にこれをどう収めろと言うんだ。もうこうなったら、好きバレからの無理矢理意識させるしかあるまいよ。というか! 既に自分で告ってんじゃん!? 好きバレ何もないって! 色々考えるけれど、考えは纏まらないし、苛立ちも焦りも治らないし、もう限界だ!


 真剣にスマフォの画面と睨めっこするこなっちゃんに一言伝えて席を立つ。




「こなっちゃん、ごめん。1件仕事の電話を入れてもいい?」

「あ! どうぞ」

「ごめんね。すぐ終わらせる」



自分のスマフォを手提げカバンの中から引っ掴んで、店の外へと出る。こなっちゃんの視界から外れたと思うと、これまで我慢していた怒りが腹の底から沸々と煮立ってくる。脳内イメージの中の自分は、肩を怒らせて、鼻息は荒くして、目はギラギラ状態である。震えるくらい力のこもった指で、電話をかける。誰にって? そんなもの、1人しかいない。



「もしもし?」




飄々として、穏やかな陽人の声が心地良くて、私の神経を逆撫でた。




「陽人くん? あのLINEはなんなの?」






















「サブリミナル効果を狙ったんだよ〜」



陽人は情けない声で、そう弁明した。



「それに、俺は小細工は苦手だから、直球勝負しようと思って〜」

「あのねぇ……」



頭痛がする気がする。なんてお馬鹿で、可笑しいのかしら……


「直球勝負か、頭脳戦か、どっちかにしなさい!」

「えーん、良いとこ取りの失敗〜」





…………————————







「こなっちゃん、ごめんねー。お待たせ」

「全然大丈夫。仕事の方は? 大丈夫?」

「うん」



嘘である。

 私は、先程の陽人とのやり取りを思い出しながら、また頭をフル回転させていた。陽人は都合が悪かったのか、すぐに通話は終了となった。こちらもこなっちゃんを待たせているので、長い時間話が出来ないのは同じだったが、向こう都合で切られたのだと思うと気に入らない。何故私がこんな……とブツブツ言いながら席へと戻った。

 陽人の良い分をまとめると、こんな感じだ。こなっちゃんと再会して自分が眼中にない事を感じた。最初から相手にして貰えるとは思えなかった。そこでふと、毎日気持ちを伝えようと思い至った。よくある100日通うとかっていうアレだ。思ったのだから、やってみよう。そう思った。

 まるで小学生のようにお粗末な理論だと思うが、彼は手を変える気はないみたいだ。好きバレしたら、したで意識して貰えるし、その後の出方はこなっちゃん次第。必要なら、話し合いも厭わないそうだ。何とも不器用で泥臭いと思ったので、もっと格好良くスマートになんて言うと、陽人は一言「だって、本気だもん」と言った。冷水を被ったような、冷やっこい気持ちになったのに、心臓はキュン!と、ときめいて色づくような気がして、そのチグハグさに混乱した。そうして、混乱する私を置いて、彼は無情にも電話を切ったのだ。


 陽人から好きバレのGOサインは出た。あとはもう運と流れに任せる。私もこのまま、陽人を意識させつつ、様子を見ように着地という当初のゴールを目指す事にした。

 席に腰を落ち着けて、改めてこなっちゃんに言う。





「あの、さっきからずっと考えてたんだけどね、」

「うん」

「陽人、やっぱりこなっちゃんの事、好きなんじゃないかな?」

「……」

「……」



言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かったのか、こなっちゃんは私と目を合わせたまま、暫く固まっていた。



「ご冗談よね?」



私は黙って首を横に振った。




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