第22話 カフェイン摂るならどっち派?








 仕事終わりに、こなっちゃんと駅で待ち合わせて、テキトーなコーヒーショップへ入った。彼女は店に入るや否や、ブランドコーヒーにすると言うので、もう決まっているならと、私が注文の為にレジの列に並んだ。こなっちゃんには、先に席を確保してもらう。2人分のドリンクを受け取って、こなっちゃんの待つテーブル席へ座る。




「お待たせ。ご注文のコーヒーです」

「ありがとうー。しょう子は何にしたの?」

「チャイティーラテです」




手元の蓋付きの紙カップからは、中が全く窺えないが、小さな飲み口の穴からでも甘くてスパイスの効いた独特の香りは、湯気と一緒に立ち上ってくる。それを吸い込むと、どうもほこほこした気分になる。




「美味しいよね〜」

「うん!」




こなっちゃんもその香りを感じたのか、そうでないのかは分からないけれど、ふわりと笑う。





「私、チャイティーて元々敬遠してたんだけどね」

「え、なんで?」

「紅茶にミルクって有り得ない!って思ってて。だからミルクティーも苦手だった」

「そうだったんだ。じゃあ、飲めるようになったキッカケは?」

「友達がコーヒーよりお茶派の人で、分けてもらったのがキッカケ」





 去年の1月、彩ちゃんと誠也くんとお参りに行った。2人とお教室のない日にお出掛けするのは、それが初めての事だった。

 お教室終わりに一緒にご飯を食べに行くのも、今のように定例行事化する少し前で、不定期開催だった頃だ。全員、それぞれのお世話になっている神社への初詣は済ませていたのだが、年が明けて最初のお稽古の日に珍しく教室で雑談をした時だ。その時、初めて誠也くんの職業が声優だと知った。

 私は、その頃にはすっかりアイドル畑の人間だったので、誠也くんを全く知らなくて……でも、声優なんて人気職の彼に対して、まるで芸能人にでも会ってしまったような気持ちになって、変に握手なんか求めたりした。そんな私に誠也くんは、苦笑いだった。

 そんな芸事の世界で身を立てている誠也くんが、全く芸能と関係ない地元の神社と、今住んでいる近所の神社にしかお参りしていない事を知った私と彩ちゃんは、こりゃいかん!と、後日2人して芸能の神様が祀られている神社に彼を連れ回した。その日は、3件神社を練り歩いて、誠也くんに辟易とされたのだったな。そんな思い出は、私の記憶に色濃く残っている。彼には申し訳ないけど、とても楽しい良い思い出だ。その時とった休憩時に彼が飲んでいたのがチャイティーだった。




「へぇー、なんかコーヒーよりお茶派ってお洒落〜」

「ちょっと、分かる。品が良さそうだよね」

「お上品だよね。やっぱり紅茶ってイギリスのイメージ強いからかな〜」

「中国茶も高級なイメージあるし」

「日本にも茶道とかね」




こなっちゃんは、一度自分の手元にある紙カップの蓋を開けると中身を冷ますように、ふーふーと息を吹きかけた。




「コーヒーってビジネスマンに直結するんだよね、イメージが。過酷! 過労!って感じ」

「私はインスタントコーヒーのせいか、ジャンクなイメージもある」

「アメリカーノってしゃびしゃびだしね。庶民派なんだよね、コーヒーは」

「コーヒー、美味しいんだけどね……」

「ねー」




私に同意しながら、こなっちゃんは蓋を閉め直して、ホットのブレンドコーヒーを一口飲んだ。私も同じようにチャイティーを飲む。火傷はしなかったけれど、とても熱かった。こなっちゃんは、さっき念入りに冷ましていたにも関わらず、熱かったらしい。「あちっ!」という小さな声が聞こえた。




「あと、実際コーヒーは目が覚めるんだよね」

「分かる。私、眠気覚しに毎日カフェオレ飲んじゃう」

「そこ、コーヒーじゃないんだ」

「コーヒーは……好きじゃない」



こなっちゃんは、目を逸らす私から視線を外さずに「あははは」と笑った。



「ごめん! さっきまでコーヒー美味しいって話をしてたから、思わず……」




こほんこほんと咳払いをして、こなっちゃんは笑うのをやめた。けれど、口端が歪んでいて笑いを噛み殺そうとして出来ていないのも丸分かりだった。子供舌だっていうのは、他の人にも言われた事があるから、気にしなくていいのだけど。





「子供舌の自覚あるから大丈夫だよ?」




伝えると、こなっちゃんは少々決まり悪そうに汗汗と困り笑顔を浮かべた。



「いや〜……でも私もカフェオレ好きだし。美味しいし」

「それはそう」

「実は、結構カフェイン中毒でさ……」




こなっちゃんは「はぁー……」と遠い目で浮かれた溜め息を吐いた。





「元々カフェオレの方が好きなんだけど、効かなくなっちゃったんだよね。もうブラックじゃないと目が覚めないの」

「そりゃ、また……」

「飲みすぎて胃もキリキリする日あるし……」

「なんていうか……私達、草臥れた社畜になってしまいましたね」

「はい……」





 自分達で話していて、胸が冷えてしまった。2人で寒々しい空気と気持ちを温めるように、温かい飲み物を口に含む。

 そういえば……と私はこなっちゃんを盗み見た。取り敢えず挨拶として雑談をしていたけれど、こなっちゃんの用事は、なんなのだろうか? 果たしてこのまま話を直で振っていいものか、彼女が切り出すまで待つべきか……。

 チャイティーラテを舌の上で転がしながら顔色を窺うと、彼女と目が合った。取り敢えず笑いかけると、向こうからも笑みが返ってきた。





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