第20話 山田組のファミレス会合4




「正直、」



いやに緊張した空気が漂っている。なんだコレは?と内心鼻で笑いそうになったが、気を持ち直して続ける。




「こなっちゃんは、自制心あるファンだと思う。誠也くんの事、大好きで応援してるってだけじゃなくて、誠也くんの健やかな幸せを願ってるタイプの……」

「そこまで行ってると、どっちみち気持ち悪いけど……良いオタクね」

「彩ちゃん今日は、虫の居所でも悪いのかい?」



 彩ちゃんは、私の問いに答える事はなく、無言で続きをどうぞと促す。




「陽人は……言うほど誠也くんに興味無いけど、こっちが思ってるよりは、誠也くんの事好きって感じで」

「それもまた、面倒くさそうね……」



さっきから彩ちゃんの相槌が本当に辛辣であるが、とにかく話を進める。



「けれど、良識派オタクのこなっちゃんがいるので、こなっちゃんに良い格好をしたい彼ですからね。陽人の方も特に問題はないかと」

「ふむ」




 誠也くんが少し考えるように腕を組み、右手を唇へと押し当てた。暫くした目線をこちらへ上げる。




「問題ないだろう」



そう断言する誠也くんに対して、彩ちゃんが今一度、待ったをかける。




「誠也くん、忘れているみたいだけど、しょう子ちゃんが良いよって言わなきゃ、会うって話にはならないんだよ?」

「え!」


ここで私の名前が飛び出した事に驚いた。何も考えず驚きの声を上げた私に、彩ちゃんは振り向いて眉をハの字にする。




「『え!』て……しょう子ちゃん! なんで他人事なの!」

「だって、誠也くんを守らなきゃと……そっちが優先事項だったもので……」

「やだ、良い子!」

「優しいなぁ、しょこたは」




ジトリと彩ちゃんへ視線を投げる誠也くんからは、「彩さんと違って」という無言の圧を感じた。彩ちゃんは、そんな誠也くんの圧にも全く臆する事なく、今までより1度2度冷ややかな視線を下ろす。



「それは、良ござんすけどね。しょう子ちゃんもいいの? また2人と会わなきゃいけなくなるよ?」




彩ちゃんに心配されて、「あぁ、そうか」とようやく考える。彩ちゃんが、こんなに誠也くんとあの2人が会う事に反対するのも、3人でいるのが辛いと、あの日愚痴をこぼした私を少なからず思ってくれての事だった。

 確かにあの2人がセットで居る時に会いたくないのは、事実だ。昨日の食事会も前半は胸がずっとジクジクと鈍く痛んでいた気がするし、お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。自分は何をしに来たのだ、何を見せられているんだ、と自暴自棄的な感情も湧いてきていた。まぁ、それも誠也くんと彩ちゃんの乱入により、すっかり吹き飛んでしまったけれど。

 1日経ってみて改めて思う。本当に2人が居てくれて良かった。私1人で、陽人達に会っていたら、今も凄く凹んでいるだろう事は、想像に難くない。だから、こそ彩ちゃんの問いに対して思うのは、誠也くんが居てくれるなら、もう一回、陽人とこなっちゃんに会うのも大丈夫だという事だ。



「私、誠也くんと一緒なら大丈夫」



自分の耳に返ってきた、自分の声は、自分で思うよりずっと力強くて自信に満ちていた。それを聞いていた、彩ちゃんと誠也くんが目を丸くする。




「あ。あと、遅くなって申し訳ないのですが……2人とも、昨日は来てくれてありがとう。心強かった」



「怒ってごめんね」と謝ると、彩ちゃんも誠也くんも2人で顔を見合わせて、照れたようにはにかんだ後、私へ笑顔を返してくれた。




「それなら、よかったぁ」




彩ちゃんが2人の気持ちを代表するように言う。私達の間にほわほわした穏やかな空気が流れて、しばらく「うふふ」「えへへ」とそれぞれ飲み物を啜っていたのだが、はたと思い出して、私は自分のスマフォを取り出した。こなっちゃんのトーク画面を開く。




「そうだ、誠也くん」

「はい」

「初恋の初恋たる、こなっちゃんから誠也くんへ謝罪が届いているよ」

「謝罪?」




誠也くんが首を傾げる。




「えーと、『重守を困らせたんじゃないかと、反省しております。何卒、寛大な処置を』と」

「え。全然困ってないよ」




驚いた表情のまま、誠也くんは逆に気まずそうに手持ち無沙汰だった左手で、自分の首を撫でていた。




「私もそう伝えたんだけど、店で大きな声で名前を言ってしまったから、とか言ってたよ」

「なんて気遣い屋さんなんだよ、初恋の初恋」

「藤原小夏さんですよ」

「こなっちゃんな。ちゃんと知ってるよ」

「実際、こなっちゃんは信用できるよ。誠也くんに会った事をSNSで自慢したい気持ちはあるけど、誠也くんが完全にプライベートだったから、SNSは差し控えるって言ってたし、本当に黙ってるみたいだし」

「すっごい自制心」



さっきまで散々斜に構えていた彩ちゃんも感心して、小さな拍手を送ってきた。



「しょこたの幼馴染達が信用出来る事は分かった」



仰々しく腕組んで頷くと、誠也くんはパッと表情を明るくしておどけて見せる。



「じゃ!いつ飲みに行こっか?」

「誠也くん、決断早〜」

「それなんだけど、2人が催促してくるまで、放置したら?」

「……なんで?」




明らかに納得の言っていない顔で、誠也くんが首を傾げる。




「なんでって……この飲み会、問題無さそうって言っても、誠也くん側にはリスクしか無いし、私だって1人じゃなければ平気とは言え、進んで2人セットの所に会いに行きたい訳じゃないし————……」


————……〜♪






 ここでタイミングよく、LINEの通知音が響いて気を取られた。テーブルの上に放置されたスマフォの画面に表示された通知は陽人からのもので、メッセージ自体も写っている。




『重守誠也くんが言ってた飲み会は、本気にしていてもいいですか?』




テーブル上に放置されているわけだから、そのメッセージは私だけでなく、向かいに座る誠也くんの視界にも刺さっていた。私の隣で、スマフォから一番遠い位置にいた彩ちゃんだけが、「どうしたのー?」と呑気な声を上げていた。



 ふー、と少し得意げに視線を高い位置へと上げながら、誠也くんはのんびりした声を出す。



「リクエストには、応えなきゃなー」




 反対に私は項垂れた。




「陽人は、空気の読めない子みたい……」





肩をぐるんぐるん回す誠也くんと、トホホ……な顔をして肩を落とす私に合点がいった彩ちゃんは苦笑する。このタイミングで、注文した私達の夕飯が、配膳ロボットにより運ばれて来た。





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