第19話 山田組のファミレス会合3




 翌日、昼休憩であろう時間帯にこなっちゃんからLINEが入った。私は仕事が休みだったので、もうすぐ昼になるという時間にもそもそ起きて、ぼーっとしていたところだった。



『昨日は、はしゃいですみませんでした……』




ずっと3人でやり取りしていたから、個人チャットで連絡が来たのは初めてだった。記念するべき個人チャットでの一投目だったが、見ているこちらになんとも居た堪れないという気持ちを持たせるような文面だ。現在のこなっちゃんの思いがひしひしと伝わってくる、切実な文面だった。




彼女は「はしゃいですみませんでした」と言うが、あまりピンと来ない。確かに酒に酔ってはいたけれど、それは全員だ。こなっちゃんが、特にはしゃいでいたという事もない。まぁこなっちゃんが何を気にしているのか、私にも察しはついている。誠也くんの事を言っているのだろう。随分と喜んでいたからなぁ……。けれど、それだってこなっちゃんは、誠也くんにダル絡みもしていなかった。はしゃいで反省するような点は見つからない。

 そんなら事をもだもだと考えて返信出来ないうちに、こなっちゃんからまたメッセージが送られてくる。



『重守を困らせたんじゃないかと、反省しております。』

『何卒……』

『何卒、寛大な処置を……』



 こんな大袈裟な書き方をされたら、そうかもって気持ちになってきてしまうではないか。自分で自分を追い込むスタイルのこなっちゃんが哀れに思えてくる。私は、安心させてやらねばと急いで返信を打つ。



『誠也くん、別に困ってなかったと思うよ』

『こなっちゃん、とても気を利かせてくれてたじゃん!私は、ファンの鏡だ!って思ったよ』



そもそもの話、声をかけてきたのは誠也あっちくんなのだし、あの日こなっちゃんは「自慢したい!」と心中を叫びながら、SNSに目撃情報を流さないでいてくれた。

 ……正直、本人曰く売れない声優の誠也くんに目撃情報を追うようなファンが存在するのかは、不明と思ってしまうがね。しかし、こなっちゃんは、ファンとしてこれ以上ない自制心と気遣いを見せてくれた。私は同級生として鼻が高い。

 しかし、こなっちゃんは余程謙虚な人間らしい。私の返信に続く言葉は、やはり反省と謝罪だった。




『いや!お店で大きな声出して名前言っちゃったもん!』

『機会があったら、重守に藤原が謝っていたと伝えて欲しいです』




 今日は、書道教室の日だから、誠也くんにも会うし、このお願いはすぐに叶えられそうだ。私は、『伝えておくね』返信し、やりとりは終了した。





 この、こなっちゃんの伝言もそうだが、今日は話し合わなきゃいけない事が沢山ある。昨日のお礼や今後は勝手に出歯亀のような真似はやめて頂きたいってのは勿論だが、何よりもまず……———




「一緒に飲みましょうって、どうするの!?」




木曜日の21時頃、いつものファミレスで、いつものメンバーが顔を突き合わせる。私は、大袈裟に誠也くんを詰めていた。





「どうする!? ……とは?」




焦りと心配の滲んだ凄い剣幕を演出する私とは違い、特に思うところの無いらしい誠也くんは、質問に質問で返してくる。今日の議題の中でも急を要する、『ファンと飲みにいく問題』の最適解を見つけなければならないのは、私でも彩ちゃんでも、最近よく話題に上る陽人でもなく、誠也くんである。そんな私の熱意は、誠也くんには伝わらないのだ。

 誠也くんは取ってきたばかりのハーブティーの入ったカップをフーフーと冷ましていて、涼しい顔である。一人で熱くなっている事に恥ずかしさを覚えて、私は居住まいを正して、コホンと咳払いした。誠也くんが冷ましたお茶を飲むのを待ってから、尋ねた。



「本当に飲みに行く気なの?」

「誘ったの、俺だしね」



ケロッと答える誠也くんは、私の事すら見ていない。視線をカップに落として、またフーフーと息を吹きかけた。この態度には、流石の彩ちゃんも苦言を呈す。



「ガチなファンと飲みに行くのは良くないんじゃない?」

「ガチなファンの前にしょこたの同級生だよ」

「それでもあれは、ファンの反応だったよ?」

「彩さん大袈裟だよ」



いまいちピンと来ていない誠也くんは、彩ちゃんの有り難い助言にも首を捻るばかりだった。



「街中で声掛けられたの初めてだし、よく分かんない」

「いや、声掛けたのあんたやで?」

「ファンレターも貰った事あるけど、俺のファンなんて本当に存在したんだなっていうのが、正直な感想です」

「悲しい事を言うなよ」



彩ちゃんの似非関西弁まで出てくるし、目頭を押さえる仕草までさせる始末。それでも本人には何にも響いていないのだから、困ったものだ。ほっといてもいいのだろうか?暖簾に腕押しってこういう感じなのかな?と、関係ない事が頭に浮かんでは消える。



「ファンと繋がるって、言葉としては良くない響きだけど、それ以前に友達の友達と飲みに行くって話じゃん」

「それは、そうだけど」

「許される事ない?大丈夫に思える」



誠也くんは、呆れたように「大体、」と言葉を続ける。




「大体、そんな事言い出したら、俺はこの先新しい友達作れないじゃん。同業の人としかつるめないじゃん」

「いや、誠也くんは不人気声優なんだから、全然大丈夫だよ」

「ひどっ……!」



ゴクンと生唾を飲み込む誠也くんは、ドン引きで、辛辣な彩ちゃんを見た。




「ファンじゃない人としか友達になれないなら、誠也くんは友達五万と出来るよ」

「なんて事言うんですか!」



カラカラと笑う彩ちゃんに噛み付く誠也くんを宥める。



「せ、誠也くんて人気ないこと気にしてたんだ」

「してるよ!ご飯に直結する問題でしょうが!……あと、俺は不人気声優じゃないから。人気がない声優だから」

「同じじゃない」

「違います」




誠也くん曰く、不人気声優は嫌われてるみたいで嫌らしい。



「だぁぁ、話が逸れた」



苛立ちを振り払うように、眉根を寄せたまま誠也くんは頭を張った。そして私を見る。



「しょこた的にはどう思った?」

「え?」

「同級生に改めて会うのはマズいと思う?」



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