第18話 君は特別
好きな人に対して心を砕いたり、気遣いを見せる事を渋るってどうなの?と思ってしまう。好きな人に尽くさなくちゃいけないと言うつもりは毛頭ないけれど、最初っからその調子でどうするのだ。私の心中を察しているのか、陽人はこちらを気にしながら話を続ける。
「お、俺……お互い対等じゃないと、途中でダメになるって思っているところがあって……」
「うん」
「最初のうちは、誰でも良く見られたいからそういうのやれると思うんだよ。けど、だんだんそういう事に気が遣えなくなってくる」
「うん」
「俺はそもそも出来た人間じゃないし、だらしないしさ。格好つけて背伸びしてるし、そのうちメッキが剥がれてきて、立ち行かなくなるんだよ」
「うん。……つまり、ダメな部分を最初に晒しておきたい……と?」
「うん。勿論、ずっとそのくらい気を遣って、大事にするつもりで最初はやってるんだよ? でも、やっぱり段々と素の心の貧しさが出てくるんだよ」
「……今まで、それを理由にフラれてきたの?」
「うわ! ハッキリ言う!」
陽人は苦笑いを浮かべながら、「それだけじゃないよ」と言った。
「『変わった』って言われるのは案外心にくるものがあるよ」
「そうだね」
「結局最後まで出来ないなら、中途半端にやらない方がいいんだって分かった。貫き通せない嘘は吐くな的な」
「ペットは最後まで、責任持って飼いましょう的な?」
「うーん、そういう事かな」
電車が駅で止まって人が出入りする。陽人が人の流れを気にしながら相槌を打った。
「素の自分を出せる関係性が長続きのコツだよなと思う訳ですよ。先人達の言うように」
乗車口付近のスペースが閑散としてきたのを見て陽人がそちらを指差した。乗り換えの駅も近づいて来たし、そちらへ移動しようと言う事だろう。黙って移動すると、陽人も私の後ろに付いてきた。
「だから、男らしい優しさは大事だけど、俺の差し出せる物で勝負しないとなって言いたかったの。りんご農家の俺が桃農家に嫁ぎたい子に『うちは桃も作ってるんだよ』って嘘ついて嫁にもらうみたいにはしたくないのよ。最初からりんごで勝負したいの」
「ど、独特な例え話だな。でも、言いたい事は分かった」
「お互いがお互いの素を見せ合えるのは、対等な関係だと思う。だからその、エスコートとか荷物を持つとか、不健全な関係の築き方に思えちゃうんだ……よね」
誤魔化すように「はは……」と乾いた笑いをこぼした陽人に、私は極力小さく息を吐いた。なるほど、彼は案外臆病らしい。
「そっか。『対等な関係』ね」
別に陽人は、変な事は1つも言っていないけど、私は賛同しかねるなと思った。陽人のいう気遣い格好つけ、その他諸々プラマイ0スタイルの対等は、存在すると思えない。対等な関係って、意外と築くのは難しいのだ。
分かりやすく、私と陽人の関係も対等ではない。パワーバランス的には、陽人8:私2ぐらいだと思う。だって、最終的に私は陽人には逆らえないからだ。そんな事、陽人は気付いていないかもしれないけれど。
「陽人は、私達って対等だと思う?」
「は?」
「私と陽人は、対等ですか?」
「当たり前! 俺としょう子は、対等だよ。それこそ、俺の懐のちっせー所まで知られてるし、今更気負わない。俺もしょう子が何を言ったって、嫌いです、さよなら〜とはならない」
陽人は、ハッキリ言った。
けれど、彼はこの矛盾に気付いていないらしい。私がどうあれ、陽人には私達は『対等な関係』の自負があるのでしょう? 陽人の理想的な恋人との関係性が、対等であるなら、私達はなぜ結ばれないのだ。彼の求める答えはすぐ目の前にあるように見えるのに、なぜ私ではダメなのだ。
「私達は、対等で、友達じゃん」
「うん!……うん?」
「だから、『対等』は、友達なんじゃん」
「へ? ごめん、どういう意味?」
彼は、私の言わんとしている事が分からない様子だった。その顔には、困惑の色がありありと浮かんでいる。
「陽人にとって、対等だけじゃ『特別』にはならないんだよ。だって、私達は『対等なただの友達』だよ」
言ってて悲しくなるけれど仕方がない。この勘違い、今私が指摘してやらねば、この人こなっちゃんを落とせない。
「陽人の言う、素を出せる対等な関係は大事だよ。でもそれは陽人にとって最低ラインなんだと思う。好きな人、恋人ってなってくると対等だけじゃなくて、もう一個?もう一声?必要になってくると思うの」
「もう一個?」
「分かんないけど、相手のこと尊重したり、大事にしたり……違うな。相手のこと尊重したいって気持ちになる事とか?そこで最初の話に戻るわけよ、男らしい優しさ」
「おお、戻ってきた」
「もうこの際、男らしいとかどうでもいいよ。相手のこと喜ばせたい、労わりたい、大事にしたいって気持ちはないのかい?」
「無くないよ! 無くはないけど、プレッシャー感じる」
陽人の返答に今度は態とらしくため息を吐いた。彼は、今理論に夢中になっていて、絶対相手の顔を忘れている。
「陽人、一般的な恋愛観で考えるからプレッシャーなんだよ。冷静になりましょう」
「?」
「相手はこなっちゃんよ。こなっちゃんが重そうな荷物持ってたらどうするのよ」
「そりゃ持つでしょ!」
「そういう話してんの!! もう、ちゃんとしてよ」
「あ、そっか。いや、でも……素は見せたい……!」
「それだって、追い追い出来るようになるでしょう」
くしゃっと顔を歪めて、難しい顔をする陽人にいい加減面倒になってきた。私も陽人と酔っているから、気が大きくなっているのかも。やけに歯に衣着せぬ、容赦のない物言いが出る。
「大体前に飲んだ時だって、束縛は嫌とか言ってたくせに、もしこなっちゃんがヤキモチ焼きだったら、可愛いよねとか言ってたじゃない、気持ち悪い!」
「ちょっとー! 恥ずかしいから外で言わないでくれよー!」
「私が言いたかったのは、そういう事ー。だから、2人で出掛けて、目一杯甘やかしてやれって話がしたかったのにー……」
「ごめん〜……警戒したぁ……」
「はぁ〜、とにかく着地出来て良かった」
「お見事でした」
そんな事を言っている間に陽人の乗り換えの駅に着く。速度を落とす電車内で、陽がそれに気付いた。
「あ、もう着いちゃうな。今日はありがとう、しょう子」
「いいえ、とにかくデートに誘いなよ」
「はーい」
電車が止まる。陽人は乗車口へ歩き出そうとして、思い出したように振り返った。
「あと、ちゃんと特別だから」
「へ?」
私は、何の事を言われたのか分からず、間抜けな声が出た。私に向かって、指を差し、歩きながら続ける。
「対等で、特別な友達だから」
そうしてホームへ降りた彼を私は返事も出来ずに呆然と見送った。彼は、笑っていなかった。
プシュー……
そんな間抜けな音と共にドアが閉まって、陽人がようやく薄く笑いながら、ヒラヒラと手を振った。電車が走り出す。陽人はすぐに見えなくなった。
————ドッドッドッドッドッ……
心臓の音が大きく響いて、上手に息が吸えない。頭の中には、陽人の声が何度も何度も再生される。
「ちゃんと特別だから」
「対等で、特別な友達だから」
やっと息を吸って、言葉な意味を理解したら、心臓の音はもっと大きくなって、顔が物凄く熱くなる。口元が緩んで、目の前が滲んでいく。
“嬉しい……!”
陽人への執着を終わりにすると言っているのに、どうしても嬉しくなってしまう。私は、どうしようない女だ。そう思ったら、嬉しいのと情けないので、余計に涙が出てきた。
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