第16話 解散しましょう、そうしましょう



「え? というか、2人とも誠也くんのファンなの?」

「ファンだよ!」



こなっちゃんが力強く頷いた。




「元々、特撮はチェックしてるけど、今回は重守しげもりが出るから、欠かさず観てるもの!」

「へぇ……」

「そもそも重守は、私の好きな海外ドラマの吹き替えやってて、それキッカケで好きになったの」




そして陽人へ視線を向ける。



「さっき陽人に薦めたやつなんだけど」

「あ、【グラビティ】?」

「それー!」




そう言って2人はハイタッチする。なんなんだ、このテンション。




「しょう子、【グラビティ】観てる?」



こなっちゃんは、キラキラした目で私を振り返った。しかし、こちらも専門外……私は、期待に応えられない無力さを感じながらも正直に答えた。



「……観てない」

「だぁー!」



こなっちゃんが額をパチーンと掌で叩く。形の良い丸いおでこから、これまた良い音がした。大袈裟な仕草に意外だなと思った。こんな芝居がかったこなっちゃんは、学生時代には見た事がなかった。、



「重守がやってる役がめっちゃいいのよ!」



熱が入るこなっちゃんを呆けて見てしまう。私は完全に置いてけぼりだ。




「完全に酔いが覚める心地! 東京って凄い!」



目をギンギンにして力強く頷くこなっちゃんに陽人が声をかける。




「こなっちゃん! ピードルも店を出るって言ってたし、タイミング計ったら、レジ被るかもよ」

「え!? 流石に! それは! ご迷惑では!? でも、ちょっとでも近くにいたい」

「こなっちゃん、格好付けてる場合じゃないよ!」


“おぉ……陽人とこなっちゃんが盛り上がっている”



今日の食事会の目的としては、2人の距離が縮まるのは良い事で、作戦は成功なんだけれど……その作戦成功に、謀らずも一役かった誠也くんの方は、本当に大丈夫なんだろうか? 



“不安になるぜ、全く”



誠也くんを思えば、陽人とこなっちゃんの2人が良識ある、常識的なオタクであってくれと願う。非常識なオタクだと思っているわけではないが……どちらとも友人関係にある私は、要らぬ心配をしてしまうのだ。気遣い屋さんが悪い形で私自身にプレッシャーを与えている。

 そんな私の胸の内など、露ほども知らない幼馴染の2人は、今は一緒にレジを探している。




「レジ、何処?」

「あ! こういうお店って会計席じゃない?」

「えー!」

「ほら、ここに書いてあるよ。『お会計はお席で』って」

「そっか〜」



残念そうに項垂れるこなっちゃんだったが、すぐに気を取り直して、顔を上げた。



「しょう子、まだ何か頼みたいものある?」

「無い……かな」

「じゃあ、会計しちゃおうか」

「分かった。すみませーん! 会計お願いしますー!」



陽人が手を挙げて、店員さんを呼ぶ。どうやら2人は、レジでの偶然を装った挨拶を諦めて、店外でバッタリ鉢合うという、大きな賭けに出たらしかった。テキパキと店を出るって支度をしている。私としても、そろそろお開きにしたかったので、好都合。誠也くんの暴挙と予想外の誠也くん人気には、驚いたけれど結果として全ては丸く収まったと思われた。



“有難う、誠也くん彩ちゃん”



 店員さんがおつりを持ってくるのを待っている間に、誠也くん達も会計を済ませたらしい。帰り際、私達を見つけて手を振りながら店を出て行った。こなっちゃんも陽人もワタワタと手を振ってそれに応えると、「ざんねーん!」と揃って天を仰いだ。



「はぁ……でも、夢のようだ……」


こなっちゃんが幸せそうな吐息混じりに、そう呟いた。ここまで誠也くんにメロメロなこなっちゃんは、陽人的にどうなのだろうか?と思って、彼の方を見たけれど、こちらも誠也くんに夢中のようだった。

 店員さんがお釣りを持ってきてくれたので、じゃあ帰ろうと席を立ったタイミングで、LINEの通知音が鳴る。見れば、案の定彩ちゃんからだった。



『そっちは解散になりそう?』



彩ちゃんには、1人で2人の相手は疲れる的な事をトイレで愚痴ってしまったからな。きっと心配を掛けている。帰り支度の途中ではあったが、私は彩ちゃんへの返信を優先した。



『なるよ』



既読はすぐに付いて、彩ちゃんからもすぐに返信が来た。


『じゃあ、安心かしら?』

『今、コンビニにいる。何処かに移動しようか相談中』

『そっちが解散なら、私達も解散する』




この期に及んで、あの2人は私のサポートをしようと画策してくれているらしい。本当に有難い話だ。



『解散で大丈夫です』

『ありがとう!』


『おっけ』


『明日相談したい事ある。誠也くんも居るよね?』


『いるって言ってる』


『あい』



「しょう子ー?」



声を掛けられてハッとする。見れば、こなっちゃんも陽人も身支度を整え終えていた。LINEに夢中になってしまったが、待たせてしまっているらしかった。




「ごめん!」

「大丈夫ー。それより、連絡は平気? 急ぎだったら、俺達は外で待ってるから、連絡してくれていいよ」

「ううん、大丈夫! もう終わった」

「そう。良かった」



2人の後ろについて、店の外へ出る。周りをキョロキョロとして、こなっちゃんが残念そうな声をあげた。



「やっぱりもう帰っちゃったね、重守」



けれど、すぐにまた明るい声音で楽しそうに話し出す。



「でもまさか本物に会えるなんて……! しかも声掛けてもらえるなんて……!呟きたいけど、我慢しよー」

「え? 我慢するの?」

「え? うん」


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