第15話 ファンとの遭遇
彩ちゃんに支えられ、こなっちゃんに引っ張られ、ヨタヨタと立ち上がる。誠也くんは、私の顔を一瞥した後、にこやかに陽人へと視線を戻した。
「どうですか? 勿論、無理にではないんですけど」
「俺は嬉しいんですが、2人は……」
「あ……私は、埼玉から来ているので、そろそろ帰ら……——」
そこで不自然に止まったこなっちゃんを見ると、誠也くんを見て固まっていた。それから彼女は、震える声でこう尋ねた。
「す、……すみません……もしかして、せ、声優の、重守……誠也さんですか?」
「……!?」
誠也くんが目を見開く。陽人がバッとこなっちゃんを見て、すぐに誠也くんを見る。
ピーンと張り詰めたような緊張が私達5人の間に広がった。コンマ何秒か分からないが、沈黙の後、誠也くんが小さく呼吸を整えるのが分かった。
「えっと……はい」
その瞬間、今度はこなっちゃんが椅子をガタリと大きな音を鳴らして「ひぃぃぃぃ」と悲鳴にも近い声を喉から絞り出した。
「嘘……!」
泣き出すのではないか?と思う程、眉をハの字に下げるこなっちゃん。それに続いて、今度は向かいの席からガタッと大きな音がした。見れば、陽人が立ち上がっている。
「ら、ライダー
ジェスチャーや形相とは違い、極力小さな声で誠也くんに質問する。
「あ、はい。ご存知ですか」
誠也くんの返答に陽人が女の子みたいに両手で口元を隠した。
私の頭の中で、誠也くんが今期の特撮に出演している事と私がトイレに立っている間に、こなっちゃんと陽人が特撮の話で盛り上がっていたらしい事が繋がっていく。つまり、この2人は、完全に誠也くんの関わる作品のファンなのだ。
こういった展開を此方は誰も予想していなかったようで、私だけでなく、彩ちゃんも当の誠也くんも固まっている。
沈黙を破ったのは、こなっちゃんだった。
「あの……ファンです。お、応援してます」
震える声でこなっちゃんが言う。
「有難うございます!」
ニコッと笑う誠也くん。その笑顔にこなっちゃんが「きゃっ!」と小さい悲鳴を上げてたじろいだ。陽人が口をはくはくさせながら、隣の椅子を引く。
「よ、良かったら座って……」
「あの、僕達も向こうに自分の席があるので」
「あ! そうですよね! すみません、慌てまして」
汗汗、テレテレ……そんな様子の陽人は初めて見る。こなっちゃんの時とも違う姿に悔しさが込み上げてくる。
“くぅ……私には決して見せない顔!!”
しかし、隔週で毎回一緒にファミレスで夕飯を食べている誠也くんが突然、注目の的。この場の主役になった。私も彩ちゃんも全く気にしていなかったが、考えてみれば誠也くんは人気職、業界の人だった。だが、しかし……———
“これって、ちょっとマズいのでは?”
彩ちゃんと目配せする。誠也くん側から誘ったとは言え、なし崩しにファンと当人を飲ませてはいけない! ここは一旦解散させた方がいい。
「誠也くんも彩ちゃんもお誘い有り難いけど、こなっちゃんは明日も仕事だし、埼玉まで帰らなきゃいけないから、今日はこれで解散にしようか。ねぇ、陽人」
「あ、うん……」
「いや! 私は終電に乗れれば大丈夫なんで! タクシーで帰れるし!」
食い下がるこなっちゃん。目がガチである。
こなっちゃんの気持ちも分かる。私も大好きなアイドル【Jelly Jelly】の推しであるYUIちゃんが誘ってくれたら、意地でも行くもん。話聞きたいもん。野宿でも何でもする覚悟だもの!!
さぁ、なんて納めようかと考えていた時だった。
「それじゃあ、大変でしょう。今日は無理せず、日を改めましょうか」
誠也くんが営業スマイルを崩さぬまま提案する。
「え! いいんですか!?」
“え! いいんですか!?”
こなっちゃんと誠也くん、ついでに私の心の声も重なって、身を前に乗り出す。誠也くんは頷いて続ける。
「しょう子を通して、予定を合わせましょう」
「う、嬉しいです!」
こなっちゃんは、半泣きだ。
「しょこた、良いよね?」
「う、うん……?」
急に話を振られて、曖昧な返事しかできなかった。私がというより、誠也くんは良いのだろうか?単に引っ込みがつかなくなってるだけなんじゃないか?
そんな私の心配など他所に誠也くんはどんどん話を進めていく。
「今日はもう帰られるんですよね?」
「はい!」
「じゃあ、また後日」
「お邪魔しました〜」
誠也くんと彩ちゃんは、そう言って自分達の席へ戻って行った。全員が全員、2人の背中を見送っていたから、その場に沈黙が流れる。どのくらいそのままだったろうか? 数分かもしれないし、数十秒だったかもしれない。真相は分からないけれど、放心状態のまま、そこそこの時間が流れたように感じた。
沈黙を破ったのは、こなっちゃんだった。
「ねぇ、しょう子……隔週で重守に会ってるの?」
「うん……」
「くぅー!羨ましい!」
ギュッと目を瞑って、天を仰ぐこなっちゃんに驚く。推しを前にすると、彼女すごいオタクっぽい……。
「ていうか! しょう子! 特撮ってワードが出た時点で言ってよ!」
今度は陽人が興奮気味に両手の拳で、自身の太ももをトントン叩いてリズムを刻んでいる。
「いや〜……だって、私は特撮観てないから……」
「え!? 観てないの!?」
「友達が出てるのに!?」
“おお……なんだか居心地が悪い……”
どうやらこの場において、誠也くんのファンが2人で、非ファンが1人。私の方がマイノリティらしかった。
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