第14話 初恋と、初恋の初恋と、私の宴2



「でも、不思議系でしょ?」

「ザックリなんだからー。それ、SF好きな人の前で言ったら、殺されるからね」

「俺だって、分別はつくんですよ〜」



口を尖らせてそう言う陽人は、アルコールが入っているだけでは説明がつかない陽気さである。



“こなっちゃん効果か?”



猫にまたたび、陽人に小夏だなと思った。



「ちょっとお水飲んだら?」

「え〜?」



 これまで、陽人とは2回ほどお酒を飲んだけれど、ここまで酔っているのは見た事がなかった。へべれけとは言わないけれど、今までよりお酒が回っているのは確実だろう。心配になって、提案するけれど、陽人は嫌そうな返事だ。



「そんなに酔ってるように見える?」

「見えるよ」



ぽりぽりと頬を掻いて、少しきまり悪そうに私から目を逸らす。




「こなっちゃんの前で醜態晒さないでよー?前回は大丈夫だったの?」

「前回は、久しぶりに会うって時だし、気が張ってたらから……」

「今回も気合入れなさいよ」

「気合いは入ってるよ! けど、今回はちょっと気楽で、フワフワする」



そのままぽそりと「しょう子が一緒だからかな?」なんて言うこの人は、本当に腹が立つ。自分の顔に血が集まってくるのが分かる。カッと熱くなるのだ。赤面は、酒のせいと誤魔化せる事に救いを感じ、自分を落ち着かせようとする。



“あー、やだやだ”




 また何でもない一言に振り回されている。自分に言い聞かせるように、心の中で何度も『真に受けるな』と繰り返した。





“友人に甘えているだけで、他意は無い。そこには何の感情も乗っていないんだから”




それでも、また胸がジクジクと痛む。




「お水頼むからね?」



 頭を振って、ナイーブになる思考を追い出す。陽人は、口を尖らせて子供っぽく抗議する。



「水、飲むけど、酔っ払い扱いは嫌だなぁ」

「普段そんな事言わないじゃん! 完全に出来上がってるよ! すみませーん!」




店員さんに声を掛けて、お冷を頼むとこなっちゃんが帰ってきた。




「何か頼んだの?」

「うん。陽人のお冷」

「しょう子は、心配症だよね?」




こなっちゃんに同意を求める陽人を、こなっちゃんが笑う。その笑いにキョトンとする私と陽人。




「ふふふふ……。なんていうか、2人はもう親子? 姉弟?」

「えぇ!? そ、それはちょっと……」



何とも決まり悪そうにする陽人を見ると、哀れに思えてくる。今、こなっちゃんに陽人は頼りなさげで、可愛らしく写っている事だろう。身も蓋もない言い方をすれば、子供っぽく見えていると思われる。



「陽人は、甘え上手なんだねぇ。末っ子だっけ?」

「いや長男!!! でも、それよく言われる〜」




照れた様にニコニコし出した陽人につっこむ。




「こなっちゃんは、一個もあんたの事褒めてないからね!」

「え!?」

「褒めてる! 褒めてるよ!」




こなっちゃんは、相変わらず笑い声を上げながらフォローを入れる。




「甘えるのも才能だから」

「お待たせ〜。お冷ね〜」




その内お冷が運ばれてきたので、お礼を言って受け取り、陽人の前へと置く。




「ほら、来たよ。先ずは一杯どうぞ」

「んー」

「お水飲んでから、アルコール入れようよ」

「んー」

「陽人〜、お水飲まないとダメよ〜」




こなっちゃんの一言で、ようやくお冷を受け取り、渋々水を飲む陽人である。世話の焼ける事だ。




「トイレにも行ってね」

「はーい」



 釘を刺す様に言うと、お水をジョッキの半分くらいまで減らした陽人がご機嫌に返事をした。その時だ。




「すみません」



後方から声をかけられて振り返る。

 ……と、そこには彩ちゃんとその後ろに誠也くんが立っていた。驚きで心臓が跳ねて。喉がキュッと縮まった。




「彩ちゃん……」

「やっほー」




ドッドッドッドッ……

心臓が大きく脈打って、耳元で鼓動を刻んでいるようだ。そんな私に上機嫌で手を振る彩ちゃんの後ろから、誠也くんがヌッと前へと出てくる。




「すみません、突然。しょこ……しょう子さんの友人の重守しげもりです」



誠也くんはペコリと頭を下げる。陽人とこなっちゃんも「どうも」と会釈していた。私はそれどころじゃなかったけれど。




「ご挨拶がしたくて……。すみません」

「いいえ! こちらこそ、しょう子の学友でした。市川いちかわといいます」


陽人が言うと、こなっちゃんも続く。



「私も小中としょう子さんと同じで。藤原ふじわらと申します」

「ご丁寧に有難うございます」

「こちらこそ、挨拶が遅くなりまして」



“え? 何!?”




仕事の場のような堅い挨拶が目の前で繰り広げられて、こちらも大混乱である。




“誠也くんは、一体何がしたいの!?”




 突然の乱入。ビジネスライクなご挨拶。

 普段は、クールな印象の誠也くんがやけに人好きのする笑顔を貼り付けて、話を続ける。




「僕ら、もうそろそろ店を出ようかと相談しているんですが、これも何かの縁です。良かったら2件目、一緒に行きませんか?」

————ガターンッ



和やかなトーンでびっくりすぎる提案をする誠也くんに、私はとうとう椅子から転げ落ちた。




「ちょ! しょう子大丈夫!?」

「いや、なんで!!?」



こなっちゃんが私を助け起こそうと慌てて差し出してくれた手を無視して、誠也くんにツッコむ。



「しょう子ちゃん大丈夫?」



彩ちゃんもしゃがんで、私の身体を起こそうと背中に手を回す。

そんな女性陣の温かさに比べて、誠也くんときたら少々呆れたような顔をして私を見下ろす。




「……しょこた、思ったより酔ってる?」

「ちがわい!!!」

「しょう子大丈夫? お水飲む?」




 ……陽人の中でも私は酔っ払ってるせいで転んだ事になっているらしい。この2人、憎らしい!

 

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