第13話 初恋と、初恋の初恋と、私の宴
食事会自体は、つつがなく進んでいた。特段気まずさもなく、当たり障りない会話をする。けど、あまりにも当たり障りない事を選んで話している事を思うと、全員が全員緊張していたのかもしれないなと思った。
途中、トイレに抜けた時だ。帰り際にトイレの前で彩ちゃんと遭遇した。
「しょう子ちゃん〜! 何食べたの?」
「サムギョプサルです」
「美味しいよね〜」
彩ちゃんは、お酒が入っていないのか、いつも通りのテンションで言った。
「彩ちゃん達は違うの?」
「チュクミを頂いておりますのよ」
「あぁ、なるほど……」
誠也くんは仕事柄……というか、彼のストイックにより、刺激物を極力避けているので、珍しいなと思った。でも、冷静に考えれば、韓国料理屋へ来て、刺激物を避けるなんてナンセンスだから、彼の行動は珍しくも何ともないんだろう。
「どう? 楽しい?」
彩ちゃんの質問に思わず苦笑いを浮かべてしまった。別に何か嫌な事があったわけではないが、こなっちゃんと陽人が並んでるのを見るのは、少し疲れる。また、今回の目的は陽人とこなっちゃんを後々くっつける為のサポート役も担っている。
“……まぁ、陽人にそんな事は頼まれていないのだけど……”
イチャイチャさせなきゃ!って気持ちとイチャイチャなんぞ見たくねぇ!って気持ちのせめぎ合いで、私の心はヘトヘトだった。
「なに、その顔。やっぱり、しんどい?」
「しんどいっていうか……疲れは感じるかな」
「好きな人が別の人といい感じになるの手伝うなんて、そんなの最悪の展開だもん。当然だよ」
「グゥの音も出ない……」
私は、ふにゃふにゃした陽人の顔を思い出して、ため息を吐く。
「陽人がこなっちゃんにデレっとしてるの見ると悲しくなるし」
「うんうん」
「でもこなっちゃん全然気付いてないから、フォロー回んなきゃとか思うとね……」
「そっかー」
「1人で回すの結構大変で……。自分の気持ちもコントロールしながら、脳みそ半分ふやけたみたいな陽人をフォローするのが……難しいね」
「なんか凄いミッション抱えんじゃん……」
彩ちゃんが如何にも嫌そうな顔をする。
「私って、仕事できるのよね〜」
冗談めかして言うと、彩ちゃんは笑ったけれど、すぐに私の肩を労るように摩った。
そのまま少しだけ雑談をしていると、彩ちゃんがぽそりと呟くように言った。
「てかさ、誠也くんて情に厚い子だったんだね」
その声に釣られるように顔を見れば、何処となく嬉しそうに見えたのだが、すぐに思い直したように眉を顰めてしまう。
「いや、お節介おばさんと言うべきか……」
「おばさん……」
復唱する私に頷いて、彩ちゃんは続ける。
「ちょっと過保護すぎるっていうか、引くほど重いって思うね」
呆れ顔の彩ちゃんに、「あぁ、これ本気のやつだ……」と焦る。このままでは、誠也くんのダメージがデカすぎる。だって、多分、誠也くんがここまでの暴挙に出たのは、彼に電話した時誠也くんの「行ってやろうか?」という申し出に私が食いついたからなのだ。その時すぐに、慌てて訂正もしたけれど、私の本心なんて誠也くんには、バレバレだったのだ。だから、側から見たら非常識とか悪趣味とか言われるだろうに、こんな所まで来てくれたんだろう。……というか、この調子だと彩ちゃんにもきちんと説明していないようだ。
“上手く立ち回って欲しい……”
こうして誠也くんが誤解されるのを聞くのは、辛い。
「彩ちゃん、それは私が誠也くんに今日が凄く嫌だって駄々をこねてたからだと思うよ……?」
「え! そうなの?」
「うん、誠也くんが『行ってやろうか?』て言ってくれた時に思わず食いついちゃったんだよね」
「そういう事……」
彩ちゃんは素直に驚いていたけれど、すぐに眉根を寄せて、また呆れ顔をした。
「そうだとしても、実際に行動に起こす奴はいないって! やっぱり激重なんだよ」
「そ、そっかぁ」
そう言われると、その様な気もしてくるから不思議だ。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかったしな……」
「普通は来ないよ。しょう子ちゃんが怒るのも当然だ。ここまで言っといて、一緒に来ちゃった私も同じく非常識だけど」
「でも……2人の顔見た時、安心したよ」
「……」
「びっくりして、それでテンパっちゃって、怒って言っちゃったけどね、本当は凄く……凄くホッとしたの……」
私のこぼした本音に彩ちゃんは、何も言わず、ギューっと抱きしめてきた。暫くされるがままになっていると、私を解放した彩ちゃんが嬉しそうに笑う。
「引き止めてごめんね。私もお手洗いに行ってくる」
「ううん、じゃあね」
彩ちゃんと別れてトイレから席へ戻る途中、誠也くんを見ると、誠也くんも私を見ていた。さっきは、強く責めすぎてしまったなと反省している。一応お互い謝って、仲直りとなっているけれど、その後一言も話していない。目が合ったこの瞬間、大事な気がした。
周りの人に不審がられない様にこっそりと両手で小さくハートを作る。それに気付いた誠也くんは、両肘をついてそこに顎を乗せて私を見ていたのを、顎を乗せていた両手をハートの形へと変えた。そしてコテンと小首を傾げる仕草をした。随分可愛らしい返事に思わず笑ってしまった。
“全く。涼しい顔して、ノリの良い子だ”
席へ戻ると、デレデレとふやけた顔をした陽人がこなっちゃんと談笑していた。全くもって分かりやすいというか……。しかし、当のこなっちゃんは、このふやけ顔に全然気付いていない様子なのが、何とも絶望的な状況を物語っている気がする。
楽しんでいるこの状況に割って入るのは偲びない。良心が痛むと共に私の防衛本能も「やめておけ!」と言っているが、突っ立っている訳にもいかない。仕方がないので嫌々席へと戻る。
「しょう子おかえり」
こなっちゃんに迎えられて笑顔を作る。
「ねぇ、お手洗いどうだった? 混んでた?」
「そんな事なかったよ」
「じゃあ、私も行ってこようかな。ちょっと失礼します」
そう言って、席を立ったこなっちゃんを見送って、視線を目の前のふやけた男へと移す。
「何話してたの?」
「特撮の話!」
「特撮〜?」
残念ながら専門外である。
「あとは、面白い海外ドラマを教えて貰った」
「お! それは興味ある」
「今、日本でもシーズン3まで放送されてるんだって」
「へぇ! タイトルは?」
「【グラビティ】だって。SFもの」
「……専門外だ……」
「俺、スーパーナチュラルとかトワイライト好きだったから、いけると思う!」
「それは、SFかな?」
絶対SFじゃない……。
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