第10話 漫談にはならない2
「誠也くんは、何食べるの?」
「牛丼」
「もう買った?」
「うん。駅にあるから、そこで買った」
「よく食べるの?」
「そうだね。楽だし」
「牛丼て、安くて美味いよね」
「美味いね。すごい事だよ」
「そうね、本当にすごいと思う」
「しょこたさ、」
「ん?」
「今週なんか面白い事あった?」
「面白い事か……ないよ」
「無いのかー。まぁ、先週聞いたばっかりだしね。そうしょっちゅう、面白い事ばかりないか」
「俺も無いしね」という誠也くんにソワソワする。
“話したい……でも、面白く話せる自信ない……”
ついさっき、私の身に起きた理不尽を面白おかしく話したい。災難な私で笑いを取りたい。これは私の拘りなのだが、可能なら何事も漫談にしたい。だが、今手元にあるカードは、弱すぎる。これでは、ただの愚痴になってしまう。しかし、このモヤモヤを抱えていたくはない……。
「もしもし? しょこた?」
「はい!」
「……なんか、話したい事あるの?」
誠也くんの言葉に私は思い切り動揺した。
「なんで!? なんで、そう思うの?」
「えー……分かんないけど、歯切れが悪いかなって」
誠也くんの圧倒的空気を読む力に感激してしまう。
“この子、話辛い私の空気を察して、話の導入までしてくれるの?優秀すぎる”
「んー……」
「何よ?話しちゃいなって。しょこたは隠し事も嘘も下手なんだからさ」
そう悪びれた様子もなく私をディスる誠也くんに悔しさを感じながらも、欲には抗えず、私はさっきあった出来事を全て吐いていた。
「うん。それは、ダルいね」
私の話に口をほとんど挟まず、最後まで聞いた後、誠也くんは開口一番にそう言った。
「え、ダルい?」
「あれ、しょこた的には大丈夫だった? じゃあ……ごめん」
「違う!私も多分同じ事感じてたから」
「はあ?」
「そっか……うん、ダルい。ダルいよね!」
舌の上で誠也くんの言った言葉を転がしてみると、ゆっくりと馴染んでくる感じがした。そして、一番私の気持ちに合ってるなと思った。
「良かったー! こんな事思っちゃう私ダメなのかなって思っちゃて」
「ダメじゃないよ」
「じゃあ、変なのかもって」
「変じゃない。……いや、初恋の初恋応援するって言い出す時点でちょっと変かな」
「そうかなぁ」
「そうだよ。でも、ダルいものはダルいから、しょこたは変だけど変じゃない」
共感してくれた事が嬉しい。そして胸のつっかえが取れて軽くなる気がした。言っちゃいけない、思っちゃいけないと堰き止めていた物が溢れ出てくるような心地だ。
全く、とんだ泣き虫ちゃんになったものだが、気を抜くと泣いてしまうかもと思った。そんな自分の太ももをグーで叩く。
「もうさ、相談とかは全然乗るつもりだったよ。けど、現場に私を巻き込まんでくれよ!って感じなんです」
「うん」
「大体さ、自分は初恋の相手に10年越しに入れ上げてるんだよ? 私の初恋が自分だって事も知ってて、私に対してこの仕打ち……。マジで非道だと思いません? 非情! 無情! 人間じゃない!」
「そうかそうか」
分かっている。これは自分で選んだ事なのだ。陽人に非は1つもない。それでも愚痴らずにはいられなかった。
こんな自業自得な私を誠也くんは、咎めたりしなかった。ずっと、「そうだね」って話を聞いてくれた。
胸につかえていた恨み、辛みを呪詛のように吐き出していく。スッキリした私は、ここでハッと正気に戻った。
「ごめん、誠也くん。ご飯……」
「うん。もう家に着いたから、食べながら話聞いててもいい?」
心揺れる優しい申し出だが、ここまで甘えるわけには行かない。良い関係はお互いへとの気遣いと尊敬の念からだ。
「ううん、電話を切るよ。こんな話を聞いてたら、ご飯が不味くなっちゃう」
「そうでもないけど。しょこた、スッキリした?」
「めちゃめちゃスッキリしました。ありがとう」
「分かった。じゃあ、今日は切るか。また来週、お教室で」
「はい!」
「おやすみ……ねぇ!」
「え?何?」
「食事会ってさ、いつに決まったの?」
「来週の水曜日」
「書道の前日か」
「そうなの。でも、彩ちゃんに面白い土産話になると思うの」
「ふーん。因みに店は?決まってんの?」
「決まってるね。南大門て韓国料理屋さん。なんて駅の近くだったかなぁ……」
うーん、考えていると、誠也くんが小さく息を吸う音が聞こえた。
「……行ってやろうか?」
少しの間の後、誠也くんは今までより小さい声で言った。何の事を言われたのかは、10まで言われなくても分かる。
「え!? ほん……」
この食事会が本当に億劫だった私は、「本当に!?」と言いかけて、言い切ってしまう前に何とか口を噤んだ。どんなに億劫であっても、気が進まなくても、誠也くんについて来てもらったり……なんてのは、間違っている。
「大丈夫よ。ありがとう」
だから、ハッキリ、ゆっくり喋った。すると不思議と心も奮い立つようだった。
誠也くんはさっきと同じトーンで「そうか」と返した。
「今度こそおやすみ」
「はい、おやすみ」
通話が切れる。何だか寂しく感じて、暗くなるスマフォの画面を暫く見つめていた。
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