第8話 似た者同士



 なんだか喉も渇いている気がするし……あ、飲んでから出てくれば良かった。勢いでかけてしまったけれど、何て言えば良いのか……なんて、電話をかけた事を後悔し始めた時、プツッと通話音が止まった。……と同時に私の喉も、ひゅっと縮まったような気がした。





「もしもし?」


機械を通した彼の声は、初めて聞いた。



「も、もしもし……?」

「どうしたー?」



緊張してどもったけれど、彼の間延びする話し方を聞いて肩の力が抜けるのを感じた。



「『どうしたー?』じゃなくて、こなっちゃん」

「あぁ!」



電話越しでも、どこか呑気に響く陽人の声に緊張の糸は、どんどん解けていく。第一声のどもりと、心臓の音が嘘みたいに平常へと思った。



「延期になってたご飯会が、昨日だったんだよ」

「ほう」

「その報告的な」

「なんだよ、それ! 浮かれてるじゃん!」

「えへへ、浮かれて……ますね」



じくじくと胸が痛い気がする。

 私も初恋の人との再会なんて浮かれていたし、彼を責める事は出来ないけれど、何故私がそれを聞いているんだ? 切なくなってくる。3月末は、まだ肌寒い。陽人の色ボケのせいか、夜風のせいか分からないけれど、やけに寒く感じた。



「何話したの?」


それでもこうして、自ら話を広げる愚行をしてしまうのだが。



「近況とか」

「そう。楽しかった?」

「うん」

「どう?約10年ぶりのこなっちゃんだよ。ときめいた?」


“聞きたくない聞きたくない。そんなん絶対聞きたくない”


……と思っているくせして、口先はペロペロと今日も快調に心にもない事を言葉にする。自分で自分を苦しめて自己嫌悪。悪い癖だと思う。



「ときめく?そりゃあ……贔屓目には見るよね」

「濁すねぇ。格好付けだなぁ」

「格好つけてるかな?」

「つけてるよ。この期に及んで、何その『何でもないよ〜』みたいなスタンスは」

「どういうこと?」

「普通、彼女と別れたからって、今更初恋の相手に連絡取ったりしないでしょ」

「……そう聞くと、ヤバさ増すね」

「ヤバい……うーん、陽人は、純情ボーイなんじゃない?」

「普通じゃないってディスっておいて、フォローか! しかもフォローすらも痛すぎる!」



電話の向こうで「ひいぃぃ!」と声を震わせる陽人に笑ってしまう。



「昔の事だって言っても、今更思い出して、しかも行動するって、そういう事なんじゃないの〜?」



 あえて「好き」って言葉は使わなかった。それは、私が言っていい事じゃないと思ったから。けれど、ハッキリ陽人の口から決定打を打たせたくて、挑発する様な事を言った。

 陽人は、やけに落ち着いた様子で話し始めた。



「本当に、ただ話したかっただけだよ。顔見て話したら、なんていうか……スッキリするかなって」

「スッキリ?」

「うーんと……」



彼は少し、悩む様に唸ってから、いつもより固い声でゆっくり話す。




「もう何年も前に好きだったってだけで、今も好きって訳じゃないんだ。卒業してからもずっと、想ってたわけじゃない。だけど、不完全燃焼ってのかな?気持ちを伝えないまま、進路が別で離れて、でも高校に入っても暫くは片想いしてて。ずっとこなっちゃんが心に引っ掛かってる感じがして、スッキリしないんだ」




 私は黙って聞いていた。だって、陽人の気持ち、痛いほど分かるんだもの。同じ事を私も感じて過ごしてきたから。




「俺も周りも成長して、変わっていってるのに、俺の中で引っ掛かったままのこなっちゃんは、ずっと中3の頃のままだよ。でもそれって、既にこなっちゃんですらないじゃん。……過去に囚われるてる気がする。分かんないけど」

「……でも、男の人にとって初恋は特別だって聞くし、初恋の人に夢を見てるのは、陽人だけじゃないんじゃない?」

「でも、俺はスッキリしたかったんだよ」



言い切ったその声には、先程までとは違う、清々しさがあった。




「真面目ね」

「真面目……とは違う……あ、今のは皮肉だった?」

「違うわ! 失礼過ぎ!」

「ごめん。だって俺、すごい恥ずかしい事を言ってる自覚はあるから。流石にしょう子も呆れたかなって」


「呆れない。私、陽人と同じ考え方するタイプだから」


「……。やっぱり、しょう子とは気が合うんだね」

「そうだね」




優越感と敗北感。信頼と苛立ち。全部が半々で、お腹の中でせめぎ合う。グラグラと何かが煮立つような気持ちの悪さ。そして、1月末に思っていた事と、全く同じ事を私はまた考えていた。



“この人の事は、もう終わりにしなきゃ”




「……それで、こなっちゃんと話せてスッキリしたの?」

「……んー……」



曖昧な擬音を発したあと、陽人は少し心許な気な弱々しい声を出した。



「しょう子だから、恥も捨てて話すんだけど、俺……こなっちゃんにちゃんと振られる事にした」

「……は?」




フリーズ。



「な、ななななんて?」

「逆に、猛アピールして振られてくる!」

「何を言ってらっしゃるの?あなた」

「結論! こなっちゃんの事、やっぱり好き」

「がっちゃーぅ!」


反射でパチンッと自分のおでこをぶっ叩く。チリチリと額が痛むが、そんなことはお構いなしに、陽人の話は進んでいく。



「でも、関わってない時間が長すぎて、改めて会って話した、今のこなっちゃんを好きなのか、中学の頃の幻に引き摺られてるのか、よく分かんない。だから、心新たに頑張って口説きに行ってくるよ」



頭の中は大混乱である。


“え、結局初恋に本気になったって事?”

“でも過去の幻かも知れなくて?”

“だから、口説き落とすの?……は?”


私の混乱なんて知ったこっちゃない陽人は、そのまま続ける。



「こなっちゃん、今フリーだって言ってたから、誰にも迷惑掛けないし」

「言ってる事、分かるようで分からないんだけど」

「大丈夫! 俺にはちゃんと分かってるから!」



朗らかに清々しく言い放った陽人に私は膝から崩れ落ちたい気持ちになった。つまり、彼は初恋を10年越しに追いかける事を決めたのだった。頭の中で、誠也くんの声がこだまする。




『こなっちゃんの出現で、心が学生時代に引きずられてるんだよ。だから、ビビって誤魔化そうとしてるんだと思う』



『ちゃんと向き合って』




“ちゃんと、向き合う……!”

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