第6話 アウトオブ眼中
◇
「へッ!?」
私の隣に座っている彩ちゃんが、イラストみたいに口を歪めて、素っ頓狂な声を上げる。目の前の誠也くんもキョトンとしたように一瞬にして顔の力が抜けた。そのまま固まって、2回パチパチと瞬きをした。
いや、そうだよね。その反応になるよね。
「待って。意味が分からない」
彩ちゃんが受け入れられないという感じに頭を振る。
「えーと、まずしょう子ちゃんと再会しました。1、2週間後に彼女と別れました。そして、しょう子ちゃんに『会えないか?』と連絡してきました。」
「はい」
「そこで、一緒にライブにいく約束をしました。……で?」
「彼女と別れたので、初恋の人に連絡しました」
「いや、なんで!?」
彩ちゃんと誠也くんの声が重なって、店内に2人の「なんで!?」が響き渡る。やまびこのように頭の中にリフレインしているのは、幻聴だろうか? やけに虚しく感じる。
「流れ的にしょう子ちゃんと再会して、彼女と別れて、『会いたい』ってなったら、しょう子ちゃんを追いかけると思うじゃん! 初恋じゃなくて!」
「ねー」
「しょこたの初恋の人、痛すぎない?」
「それを言ってやるな」
私の隣で彩ちゃんが髪を振り乱すように首を振る。
「えー! 意味分かんないんだけど! なんでそこで、初恋が出てくるかなー」
「名誉の為に一応言うと、陽人もヤバいなって自覚はあるから、誰にもこなっちゃんの事は、相談出来ないらしい」
「それで、名誉回復はしないけどな」
「しょう子ちゃんは、なんて返事したの?」
「『恋バナ楽しいー!』って言った」
「阿呆がここにも……」
今度は彩ちゃんと誠也くんの2人して頭を抱える。そのままの状態で誠也くんが口を開いた。
「なんで、自分だって好きなのに良い返事するの?」
「えぇ!?いや、……いやいやいや好きとかじゃ」
私の返答に誠也くんが顔を上げた。
「いや好きでしょ」
少々、苛立ちを含んだ視線に見据えられて、私は萎縮した。堪えられなくて、目を逸らしてしまったけれど、誠也くんは追求の手を緩めなかった。
「まず、認めなよ。好きなんだよ、そいつの事」
「でも、」
「再会して、話してみて、やっぱり好きだなって思ったんだよ」
「えぇ……」
「そりゃ好きにもなるよ。しょこた、人生で一番好きだった人だって言ってたじゃん」
彩ちゃんは口を挟まず、頬杖つきながら、私の様子を窺っているようだった。
「好きになるのなんか、当たり前だ。だから大丈夫だよ。普通のことだ」
厳しい口調だけれど、「好きでいい」「普通だ」って言われて、自分でも分からないけれど、鼻の奥がツーンとした。私の意思に反して、目が潤んできてしまう。泣きたくないのに、涙が滲む。
“好きなの?私は、陽人が好きなのか?”
自問自答しても答えは出てこない。いや、答えは出したくないのかもしれない。ダサいもの、痛いのも、異常なのも嫌だ。そんな風に思われたくないし、自分の事をそんな風に思いたくないから。
じっと、静かに私を見ている誠也くんと未だ目が合わせられないまま、何か言わなきゃ言葉を捻り出す。
“好きか分からないけど、こんなに涙がでるのはね……”
「なんか、本当に私の事、眼中にないんだなぁって……」
そこまで言ったら、余計に涙が溢れてくる気がした。好きとかは、置いておいても陽人は少なからず特別な人で、その特別な人に全く相手にされていないという現実がどんどん私をセンチメンタルにした。
「それで辛い気持ちになるのはね、好きだからなんだって。ちゃんと認めないと、前に進めないよ」
先ほどより随分柔らかい声音で優しく話す、誠也くんをようやく見れた。誠也くんは、真剣な顔だった。それと同時にほんの少しだけ苦しそうだった。
「誠也くん、いつに無く熱いね。私はどちらかと言うと陽人くんに怒ってるんだけど。さすがに思わせぶりじゃない?」
彩ちゃんの言葉に少し前のめりになっていた誠也くんが姿勢を正した。それからえらく冷めた声音で「俺、そいつの事どうでもいいんで」と言って、ティーカップに手を掛ける。
「初恋野郎なんてどうでも良いけど、しょこたは友達だから、こんな事で泣いて欲しくない」
「あらー」
「なんか、私悲しくなってきた〜……」
「そうだ。ちゃんと泣け」
「誠也くん、さっきと言ってる事違うよ?」
「だって、ちゃんと泣いて、どうするか決めないとじゃないですか! それに、俺から見たら思わせぶりってほどでもないし。そいつの罪は、痛い奴って事だけ。問題は、しょこたが自分の気持ちに向き合わない事だよ。おい、しょこた」
「はいぃ……」
「こなっちゃんの出現で、心が学生時代に引きずられてるんだよ。だから、ビビって誤魔化そうとしてるんだと思う」
「うん……」
「ちゃんと向き合って。それで、しょこたの事を見もせん男は、忘れろ」
「うぅ……イケボォ……」
「……はっ倒すぞ」
「人が真剣に話をしてるのに……」と小声で愚痴っている。
本当だね。真剣に話してくれてるのに茶化すなんて、悪いよね。照れ臭くて、そんな態度をとってしまう私を許しておくれと思いながら、涙を拭った。
「ありがとう、誠也くん。……私、陽人が好きです。忘れられないんですぅ……」
「うん、うん」
せっかく拭いた涙は、またチロチロと出てきてしまったけれど、私は気にせず出るに任せた。誠也くんは、頑固親父みたいに腕組みをしながら目を瞑って深く深く頷いた。彩ちゃんは、未だメソメソする私の背中をさすってくれている。
「結局、私は陽人と同じ穴の狢だからぁ……気持ちが分かるからぁ……『じゃあ、もういいです』って見限る気にもならなくて……」
「うん、うん」
「……また中学の時みたいに、あいつの恋の相談にのるのかな……」
“それ、辛いなぁ……”
「のらなきゃ良いんだけど、恋バナ楽しいって言ったんでしょ?」
ぽそりと溢した弱気な声に誠也くんが追い討ちをかける。
「言いましたぁ……」
「茨の道ですなぁ」
彩ちゃんがさすっていた手を止めて、優しくポンポンと叩いた。
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